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第27話 決闘、もとい告白

 踊り場は、剣戟のダンスの独断場となっていた。


 ヒールの蹴りを避けると同時に、槍を突きだす。それはドレスの布地だけを捉え、裂け目が広がる。反撃に迫る細剣から身を捩り、お返しに大きく薙ぐ。それは容易く回避され、代わりに背後に置かれていた高級そうな壺を粉々に破壊した。


 ジナの剣捌きが鋭さと素早さに特化したものなら、イグジスの槍はリーチの長さを活かした力強いものであった。互いの動きや癖は把握しきっていており、決闘は中々終わりを迎えようとはしなかった。一歩間違えれば、命取り。けれど本気で挑まなければ、すぐさま天秤が傾く。


 細剣が顔のすぐ横を掠め、長い黒髪が数本宙を舞う。回避を最小限に抑え、イグジスは近距離からの刺突を狙った。槍の刃が滑らかな肌を裂き、赤い飛沫が宙を飛ぶ。チッと舌打ちをしたジナが、距離を取って頬を拭った。動きやすくなるように破ったとはいえ、慣れない服はやはり動きづらいのだろう。以前と比べて動作が鈍っていた。


「どうした、ジナ。速度が落ちているぞ。やはり君には騎士の衣装が似合う」

「……ふん。雑談をする暇があったら、戦いに集中したらどうだ」

「謙遜するな。君が勇ましく悪人共を切り捨てる雄姿に敵う姿などあるまい。かくいう私も惚れ惚れしていて」

「精神攻撃は卑怯だろ!?」


 苛立たしげな細剣の突きが会話を防ぐ。イグジスは隙を見ては、こうしてジナを褒めまくっていた。彼からすれば、求婚の一環として本心をそのまま伝えているだけなのだが、彼女からすれば大変効果があった。どんな褒め言葉にも、ジナは律儀に照れた。決闘中に赤く染まる顔を隠す余裕がある筈もなく、彼女は居た堪れない表情を強めてゆく。動揺は剣先にも伝わり、均衡していた形勢が徐々に傾く。


 とはいえ、イグジスも照れている彼女をがっつり観察するのにかなり意識を割いていたので、槍捌きが若干雑になっていたのだが。


「くそっ、本気の勝負でもこんな、いつもの口説き文句を言うな!」

「甘いぞジナ。いつもの私とは一味違う。確実に君を落とすべく、この日の為に君への賛美と求婚の言葉を百種類以上考案している。今こそ全てを伝える時だ」

「やめろお!」


 顔を真っ赤にして、ジナはやけくその如く細剣を振り払った。その中心を目掛けて、槍に体重をかけ渾身の刺突を喰らわせる。狙い通りにぴしりと細い剣に亀裂が走り、ジナの表情が強張った。


 生まれた大きな隙を狙い、イグジスは彼女の利き手を力任せに掴み、細剣を持ち主の指から強引に引きはがす。気を抜く暇もなく飛んできた蹴りを辛うじて躱し、次いで襲ってきたこぶしをもう一方の手で捕らえた。手放した槍が床に転がろうと、構わない。ようやく捕まえた相手に勝る存在など、何もないのだから。


「ジナ、あの剣だけをよすがとする必要はない。君が気に入るものを、結婚指輪も含めて大量に贈ってみせる」


 自分が贈った剣をずっと使い続けてくれていたのは、嬉しかった。だからと言って、これさえ残っていればいいのだという風に、連れ歩くだけで満足されるようでは困る。


 いいや、イグジスがそれでは、満足できない。彼女の全てが欲しいのだから。


「側室ほど贅沢な生活は送れないだろうが、貯蓄ならある。例え騎士団を首になり、重罪判決が下されたとしても、脱獄して別国で高収入の安定した職を見つけてみせる。一生金には困らない暮らしを約束しよう」

「金目当ての結婚みたいに言うな! 大体、お前は浮気しない女なら誰でもいいんじゃないのか!?」

「……そうだな。以前の私ならその意見に同意していただろう」


 自分だけを見つめてくれそうな女性であれば、それでいい。求婚を乱発していたのは、呪いの影響だけではない事位、自覚していた。唯一の相手と、夫婦として愛し合うよう努めれば、それで自分の理想の結婚生活は完成すると、信じていた。


 でもそれは結局、誰にも想いを寄せていないのと同じだ。尊重や誠意だけでは、元妻の示してくれた想いと到底釣り合いはしなかった。自らを内から燃やし尽くそうとするこの激情が、模範的な理性で鎮められはしないように。


「最早結婚したいのは君だけになってしまった。つまり他の女性よりも、君だけを特別愛しているらしい」

「う……っ、嘘をつくな!」

「生憎これが正直な今の想いだ。実を言うと、身勝手すぎる願望なあまり私も大変困っている。世界の全てを敵に回してでもたった一人を得たいなど、平穏な結婚生活からかけ離れているからな」

「過激すぎるだろ!?」

「自分でも驚いているのだが、君だけがどうしても欲しいのだから、仕方ない」


 イグジスは開き直って本音を明かした。永遠に失う前に気付けたのだから、今回は及第点だろう。


「他の男に奪われる位なら攫いたい。君の全てを暴けるのが、私だけでありたい。君が私を歩く野菜程度にしか見ていないのなら、これから愛してもらえるよう全力を尽くす。私の全てを君に捧げる。だからどうか、君の全てを貰い受ける権利を、私だけにくれないか」

「────っ」


 膝蹴りをかますべく持ち上がりかけていた足の動きは、今や止まっていた。艶やかに塗られた口紅以上に顔を染め上げ、ジナははくはくと酸素不足の如く口を震わせた。羞恥のせいか、見上げる眼差しは潤んでいて、何かを切望するような、それでいて必死に耐えているような表情を浮かべていた。


 近距離からそんな顔を見せつけられ、百種類以上の求婚台詞はこの時全て爆散した。数秒の沈黙の後イグジスはようやく我に返り、空っぽの頭を稼働させ直した。


「つまりだな、私と交際を前提に結婚を……、いや、婚姻届けにサインの方が……それとも指輪の進呈が先か? 給料十年分が妥当なのだったか」


 こんな肝心な所で日和るなと、遠巻きに見守っていた面々の心中が一致団結する。この瞬間、王宮のメイド達の間で、黒竜騎士団長の株は暴落した。


 ジナはすうっと目を細めた。抵抗を続けていた指先から力を抜き、頬に赤みを残したまま、至近距離まで顔を寄せてくる。


「私の負けだ」


 頬に、唇をぐっと押し付けられる。鼻孔を擽る甘い香りに、柔らかな感触。戻ろうとしていた冷静な思考は、またもや爆破された。


「ジナ、口付けならばより情熱的な唇への──」


 膝蹴りが腹へクリーンヒットした。手加減抜きの威力に、身体が崩れ折れる。ハニートラップとは卑怯では、と先程自分も卑怯と罵られたのを棚に上げて呻く。男の急所を狙わないでくれただけ、温情と言えなくもなかった。


 柔らかな絨毯に指が触れた感触で、一気に思考が冷める。今度こそ、絶対に離したくなかったというのに。唇をぎりりと噛み締め、イグジスはなおも立ち上がろうとした。


「まだだ……、まだ、私は戦えるぞ……!」

「だろうな。でも、もう十分だろ。勝敗はついたんだから」


 自由となった両手を軽くひねり、ジナは床へ投げ出された身体を見下ろす。頭上から、軽く笑う気配がした。藻掻く指をすり抜け、腕を伸ばしてきたのは、彼女の方だった。胸倉を掴まれ、顔を引き寄せられる。


「なあ、イグジス。私は子供の頃よりずっと強くなったぞ。今じゃすっかり書類仕事もこなせるし、背も伸びたし、色気もまあ、ついた方だ」


 だから、と。吐息の触れそうな距離で、視線が絡み合った。


「お前を腑抜けにする位、いい女になったと認めてくれるなら──私と、結婚してくれ」


 勇ましく燃える赤い瞳に、路地裏での光景が唐突に蘇る。幼いながらも、心の奥まで掴み取ろうとする眼差し。力強く掴み直してきた指先。おぼろげな記憶が、ようやく現在と交錯する。


 顔を真っ赤にしながらも、かつてと変わらない真っ直ぐな眼差しに、暫し見惚れて。我に返ってようやく、イグジスはゆっくりと口を動かした。


「よ、……喜んで……?」

「どうしてそこで疑問形なんだ、はっきり言え!」

「喜んでその申し出を受けさせて貰う!」

「遅い!」


 眼前で一喝され、申し訳なさに苛まれる。日頃から求婚ばかりしていたし、いざ実際される側になってみると、頭から色んな言葉が吹っ飛んでしまったのだ。


 こういう時はどうすべきなのだろうか。

 否、そうではなく。

 今自分は、どうしたいのか。


 思うがままに、すぐ傍に迫っていた身体を引き寄せてみた。大した抵抗もなく、すっぽりと抱え込む。宥めるように、ぽんぽんと背中を叩いた。


「色々とすまなかった。非難は甘んじて受けよう。さあ、存分に罵倒するといい」

「っ、この鈍感、馬鹿、ナンパ男! ズルいんだよお前は!」

「恋をすると馬鹿になるらしいぞ。その罵倒は光栄だな」

「……違う」


 胸の中で、彼女が俯いた感触がした。胸元を掴んでいた華奢な手に、更に力が入る。目の前の男を引き寄せるように、掴み返してきて。


「お前なんかに、心底惚れ続けている私の方が、ずっとばかだ……」


 囁くような声音の告白が、身体の芯まで浸潤した。イグジスは再三冷静な思考を放棄し、ただ望むままに、ようやく手中に収めた花嫁を軋むほど強く抱きしめたのだった。


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