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第24話 副団長の淡くなくなった回想

 服や特徴的な顔立ちから、男の所属は容易く分かった。ラスヴァーンの守護竜とまで呼ばれる存在だと知った時は、彼と並び立つなんてとても無理ではないかと諦めたくなった。せめて少しでもあの騎士に近付きたくて、喋り方や振る舞いを真似て、髪を短く切った。死ぬ物狂いで努力して、今まで以上に働いて金を貯め、どうにか読み書きを学習し、身体を鍛え、士官した。


 黒竜騎士団への入団が決まった時は、涙が出る程嬉しかった。緊張で眠れなかった夜を越え、とうとう再会した時、胸がいっぱいで言葉に詰まってしまった。


 男は、あの頃より髪が伸びた以外は変わっていなかった。いや、幾人もの団員を堂々と従えるさまは、記憶に残っていた姿以上に、凛々しく映った。


「ジナ、と言ったな。ここへの入団を熱心に希望してくれたと聞く。男ばかりで不便な事もあるだろうが、皆気のいい奴らだ。これからよろしく頼む」


 期待している、と手を差し出される。ただの握手だと分かっていても、ジナは緊張した。


 自分の事を、覚えているだろうか。些細な出来事として、忘れられただろうか。だとしても、構わない。自分はあの日の会話を胸に、貴方を追いかけてここまで来たのだと、伝えたい。


 強く、手を握り返す。口を先に開いたのは、ジナではなく彼の方だった。


「ところで、君、私と結婚しないか」

「──はあ!?」


 あの時と同じことを言われ、一気に顔に熱が灯る。沸騰した頭は冷静な思考を吹っ飛ばし、ジナはつい渾身の力で右ストレートをかましていた。新人による突然の過激な応対に、さしものイグジスも反応が遅れた。ジナが我に返った時には、憧れだった男を地面にダイブさせた後であった。


 こうしてジナは、入団初日にして団長に勝った、期待の新人として名が馳せる事となる。


※※※


「今日も遅くまで鍛練をしているのだな」


 日が沈んでも一人で剣の素振りを繰り返しているジナにイグジスが話しかけてきたのは、入団して半年は経った頃だった。素振りを止めて、ジナは険しい眼差しで男を見る。


「……どうも」

「敬語や遠慮はいらない。次期副団長の話は私も耳に入れている。気軽に対等な同僚として接してくれればいい」


 はあ、と距離を取ったまま生返事で返す。気軽にと言われても。こんばんはクソナンパ野郎とでも挨拶すればいいのだろうか、と大変失礼な考えが胸中を燻る。


 入団してから今に至るまで食らった、日課の如き求婚。挙句それを通りすがりの女性にまで行っている騎士団長。最早かつての格好良い憧れの騎士像は、求婚癖の変人にまで格下げされていた。


「私はまだまだ弱い、ですから」


 憧れが砕けて粉微塵になっても、精進は続けていた。もうどうでもいい、と全てを投げ出したくなる気持ちはある。どうしてまだ頑張るんだ、と何度も自問自答を重ねては、浮かぶ答えに呆れるばかりだった。


 剣を構え直そうとして、手首を掴まれる。豆が潰れ、血が滲んだ手を確認してから、イグジスは強引に訓練用の剣を奪い取ってしまった。


「なっ、邪魔をしないでください!」

「根を詰めすぎるのはよくない。今の君に必要なのは、適切な休息と、より身体に合った武器だ」


 包帯と共に渡された細剣に、文句の言葉が溶け消える。一目見て分かる、新米の自分にはあまりに不釣り合いな、質のいい剣だった。


「長剣より、こちらの方が君もやりやすかろう」

「……どうして」

「訓練している時の動きを見れば、武器との相性は判別できるからな」

「そうじゃなくて、どうして私なんかに、こんないい武器を……次の副団長だから、ですか」


 イグジスは、きょとんとした表情を浮かべた。問われた意味が分からない、という風に。


「気兼ねする必要はない。他の団員達にも贈っているからな。これでも武器の選定には自信がある」


 ハンマーやクワ、ブーメランなどと、やけに個性的な武器を意気揚々と操る一部の団員達がいる理由に、ようやく得心がいった。なら、この贈り物も彼にとっては何ら特別なものではないのだ。束の間跳ねた心を、そっと鎮める。


「それに、君の人一倍努力する姿をよく目撃していたからな。何かの形で応援したいと思ったのだ」


 ズルい、と思った。しょっちゅう告白してはフラれる、情けない姿をいつも晒している癖に。こんな言葉一つで、自分を前に向かせてしまう。


 包帯と細剣を胸に抱え、ぐっと俯く。訓練用の剣より軽いそれは、振らずとも自分に合っていると察せられた。本当に見ていてくれたんだ、と嬉しくなる気持ちが抑えきれなくて。どうか夜の闇が、赤く染まる頬を隠してくれますように、と願った。


「あ、りがとう……」

「気にするな。どうしても礼がしたいなら、結婚でも」


 貰った細剣は、早速男の脳天に一撃を喰らわせた。


※※※


 残骸となった憧れの騎士像から別のものが芽生えてゆくのを、ジナは遅からず自覚した。何度も呆れてがっかりして、それなのにやっぱり目で追って、惹かれてしまう自分が悔しかった。


 もし求婚に頷けば、すぐにでも望みの立場を得られただろう。そしてそれに彼自身の本心がいまいち伴っていないのも、よく見ていた分察していた。それでは満足できない。立場だけでなく、心も対等でありたい。彼にも好きになって欲しい。


 その願いは、けれど大変困難であった。その気があるようなそぶりを見せれば、いや見せなくても、しょっちゅう求婚で返答されて、碌に話が進まなかった。ならば、と外堀を埋めるべく、積極的に仕事の手伝いをしてみたが、ただの便利な副団長止まりになっているように感じた。


 その上、他の誰にどれだけ熱心に口説かれても冷静に返せるのに、イグジスだと耳にタコができる程聞いた台詞にさえ恥ずかしくなってしまう。照れ隠しのあまり、こぶしで返答するのが癖になってしまっていた。せめて痛くないようにと、加減して殴るのが得意になった。我ながら、妙な方向に努力を重ねてしまった気がする。こんな態度で惚れてくれるのか。そんなわけがあるかと、自覚していても直せないのだから、悲しい性分だ。


 だから旅の同行を王から命じられ、王子からは結婚話を持ち掛けられた時には、最後のチャンスだと思った。二人きりなのだから、距離を埋めるのにはもってこいだ。そう目論見はしたものの、結局羞恥が勝って碌に好感度を稼げなかった気がする。


 イグジスの態度も、以前とは変化が──あったような、気のせいの、ような。飽きるほど求婚されたものだから、今更何を言われても、どうにも信用できなくなってしまった。これでは、もし仮に彼が本心から告白してくれても、素直に受け入れられそうにない。


 いい加減、待つのは疲れた。王都に着く前の会話で、やっぱり振り向いてもらえなかったな、と諦めて。ルドルフからの申し出を受け入れようと、決めた。打算目的なのは、百も承知だ。どうせこちらも彼を愛してはいない。互いにそれが分かっているからこそ、逆に楽だった。


 最後の思い出作り、という意味でも、旅に同行して良かった。二人きりで何度も気楽に食事をしたり、道行く女性に片っ端からナンパしまくるのを引き摺ったり、悪の女主人と奴隷のプレイを叩きこまれたり、素っ裸男にマントを巻き付ける羽目になったり──。


 ろくでもない思い出が多すぎる、とジナは頭を抱えた。やはり自分は男の趣味が悪いのでは、と無言で落ち込むのだった。




「ジナ様、さっきから悲しそうにしたり、たそがれたり、頭を抱えたりしてるわね。面白……、大丈夫かしら」

「あんなに百面相になるんだ。なんだか可愛いわねえ」

「クールな方だと思ってたのに、意外だわー。親近感湧いちゃう」


 影から見守っていたメイド達からの好感度が地味に上がっているのに、ジナは気付いていなかった。


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