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第22話 ギスギスなお茶会

 王宮のテラスからは、庭の風景が良く見える。庭師が丹精込めて世話をしている花壇には、幾重にも花が咲き綻び、甘い香りで空気を包んでいた。柔らかな日差しの下、ルドルフは美しい模様の描かれたティーカップを片手に微笑んだ。


「どうかな。ここの花で作らせた茶葉なんだ」


 向かい側の客人へ、感想を求める。そこには、硬い表情を浮かべて座るイグジスの姿があった。高級なカップを手に取り、ほんの僅か口に入れる。


「……匂いはいいですが、味は殆どしませんね」

「香りと色を楽しむものだからね。気に入らなかったのなら、残念だよ」


 正直な感想に、ルドルフは気を害した様子を見せず、お菓子もどうぞと丁重にもてなしてきた。それをやんわりと断り、視線を巡らす。控えのメイドは下がらせており、ここにいるのは自分達だけだ。ジナの姿は、見当たらなかった。


 王宮に突入したのはジナに会うためだった。兵舎を後にした以上、ルドルフ専属の近衛騎士になるのなら、そこにいるのだろうと踏んでのことだ。そうして目的の相手を発見する前にルドルフに出くわし、彼女は忙しいから、と面会を断られるついでに、こうしてお茶会に誘われたのだった。これはこれで、丁度良かった。彼にも確認したい事があったからだ。


「殿下と、私の副団長が結婚なされるという話を、耳に入れました」

「ああ、そうだよ。僕から求婚したんだ」


 ルドルフは正直に教えてくれた。私の求婚には一度も頷いてくれなかったのに、と落ち込みそうになってから、やり方が良くなかった気がするから仕方がない、とどうにか持ち直す。


「貴方達が、……そのような仲であったなど、全く存じ上げませんでした」

「そうだね。『そのような仲』になったことはないから」


 発言の意味を、イグジスは正しく汲み取った。つまりそれは、政略結婚を意味する。子孫を残すべき王族としては、当たり前だ。異論など口に挟めるはずもない。口をつぐんだイグジスに何を思ったか、ジナの夫となる男は姿勢をただすと、誠実そうな眼差しでこちらを見据えた。


「彼女は国の為、僕を騎士として護り、妻として支えるのを受け入れてくれた。僕も彼女の決意に応え、夫として大切にしたいと思っている。団長の君にも、どうか認めて欲しい」


 夫として大切にする。ああ、なら何も問題はないではないか。

 二人は互いを愛し合うよう努め、よき夫婦になるだろう。

 認めないわけがない。そうだろう。

 この場に及んで、自分は何を不満に思っている?


 わだかまる感情を抱えたまま、イグジスはところで、と口を開き直す。


「此度の旅で、私は何度も竜人を狙う輩に襲われました」

「報告は聞いているよ。災難だったね」

「ええ。まさか立ち寄る予定の村に、偶然薬を備えて待ち構えた連中がいるとは、予想もしていませんでしたので」


 最初から、おかしいと思ってはいたのだ。希少すぎてイグジス以外は碌に見つからない竜人を捕まえるために、丁度良く薬を入手していたなど、都合が良すぎる。


「ジナが杜撰な旅の計画を練り直してくれなければ、あの村には訪れなかったでしょう」

「……つまり、彼女に謀られた、と?」

「いいえ、私の信頼する副団長はそのような手段を取る女性ではありません」

「随分と彼女の事を理解しているんだね」

「いえ……まあ違うかもしれませんが……」

「自信があるのかないのか、どっちなんだい」


 断言しておきながら勢いをなくした団長に、王子はやんわりと突っ込みを入れてきた。兎に角、とイグジスは軽く咳をして誤魔化し、推測の続きを述べる。


「他に知るとすれば、彼女を旅の同行人として任命した者でしょう」


 ジナの役目が見張り役なら、旅の経路を事前に報告させ、道中も定期的に連絡を寄こすよう命じていても、おかしくはない。いち早く道中での活躍を耳に入れ、広める事も可能だ。


 イグジスは、茶会の主を睨みつける。温和な笑顔の奥を、見定めるべく。


「殿下と国王陛下、どちらの指示ですか?」

「父の指示だよ」


 あまりにもあっさりと、ルドルフは自白した。自分を襲うよう手引きしていたのが自国の王であったと明かされて、イグジスの眼差しが警戒を帯びたものになる。一方、ルドルフが浮かべ続ける微笑は、剣呑としてきた空気とは場違いの、柔らかなものであった。


「補足すると、ジナの噂を広めたのは僕だけれど、裏で積極的に君の情報を流したのは父だ。金になる竜人が少人数で旅をするなんてうまい話に釣られて、襲いたがる者が現れやすくするためにね。英雄を失う悲劇のストーリーを添えて、剥製や武具でも拵え、より長く国の象徴とすべきだ、というのが父の考えだったんだ」


 本人を前に、彼は剥製などと怖い計画をさらっと伝えてきた。実際ジナの助けがなければ、死後は武具コースまっしぐらの可能性が高かった。


 僕の考えは違うよ、と安心させるようにルドルフは続ける。


「大事なのは君をどうするかではなく、君に匹敵する別の切り札を用意できるかどうかだ。その点、ジナは丁度良かったんだ」


 歴代唯一の女性副団長であり、団長に負けず劣らずの武勇伝を持ち、部下や市民からの信頼も厚い。今回の旅での事件は、彼女の名誉を更に上げたことだろう。


 イグジスは腹の奥が冷えてゆくような心地を味わった。無意識に、ティーカップの持ち手を強く握りしめる。


「全ては彼女を、話題性のある妃として取り入れる為、ですか」

「ああ。父からは、爵位のない女性との婚姻は認められないって、猛反対を受けたよ。だからジナは側室として迎え入れて、後日身分の高い正妃を選ぶと提案したら、納得してくれたんだ」


 カップの取っ手に亀裂が走る。自分の手が怒りで震えているのを、イグジスは自覚してはいなかった。


「勿論、ジナも承知の上で受け入れてくれた。だから彼女の為、なんて口を挟むのはやめておいてくれ」


 イグジスの心中を見透かすような言葉に、溢れかけた感情が堰き止められる。目の前にいるのは、本当にあの地味なルドルフ王子なのか。先程から様々な感情を胸のうちに渦巻かせている自分とは全く違う。常に余裕を保ち、笑顔のポーカーフェイスを崩さないでいる。


「失礼ながら、殿下は……騙し合いがお得意で?」

「カードゲームは得意だよ。ああ、安心してくれ。ジナを大切に扱うと君に誓ったのは、本心からさ」


 楽しいお茶会の一幕、という風に爽やかな笑みを浮かべ、ルドルフは言った。


「僕は王として、君が騎士団長として今後も平和に暮らし続けられるよう努力するつもりだ。君の婚活も上手くいって、早く素敵なお嫁さんを無事見つけられるといいね」


 完璧な台詞に、付け入る隙はまるでなかった。用意していた反論の言葉は全て萎み、イグジスはただ、応援ありがとうございますと答えるのが精一杯であった。


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