第21話 つまり全部呪いのせい(濡れ衣)
「副団長。私では、貴方の後を継ぐなんて無理です」
少女は幼い相貌を俯かせて言った。騎士団の服はまだ新品同然で、それを着る者もかなり初々しい。少女の訴えに壮年の男は振り向き、不安を吹き飛ばすように笑った。
「オレもお前さん位の年からやってんだ、いけるいける」
「ですが私は、宴会の腹芸やモノマネ芸をまだ習得していないので」
「そういうのは別のやつに押し付けていいぞ?」
前回の飲み会で年甲斐もなくバク転を披露した結果腰を痛めた副団長が、そこは真似しなくていいからと宥める。でも、と少女の懸念はまだまだ尽きなかった。
「初日から団長に、あんなことをしでかしてしまいましたし……」
「平気平気、アイツむしろ嬉しそうだったから」
「えっ、そういう趣味が?」
「そうじゃなくてな、いやそういうのもあるのかもしれんが……。アイツあれで結構寂しがり屋で、構われるのが好きなんだ。何なら敬語なしで話してやれよ、喜ぶから」
苦手な事は他の団員にさせればいい。団長には気安く接していい。自分のような若輩者が、そんな事をして許されるのだろうか。入団したばかりの少女は、いまだここの空気に慣れていなかった。
「元々副団長は、若いヤツに引き継ぐのが習わしなんだ。少しでもアイツの隣で長く支えてやれるようにな」
励ますように肩を叩かれる。傷や皺が深く刻まれた手は自分よりずっと逞しいのに、叩かれた肩は彼よりずっと貧弱で。悔しさに唇を噛んだのを見て、彼は満足そうに頷いた。
「なにより、お前さんからはかなりの気概を感じる。だからオレも、安心して任せられるんだぜ」
「……分かりました」
ぐっと口を結び、頷く。圧し掛かる期待が不安を塗り替え、前を向く芯と化す。今は弱くとも、いずれもっと強く、もっと立派になってみせる。あの守護竜の隣に、胸を張って並び立てるようになるくらいに。ジナは改めてそう決意した。
そして求婚された回数が十を越えた頃には、健気な想いは木っ端微塵になっていたのだった。
※※※
副団長の辞職は、騎士団内で大変な嵐を巻き起こした。ジナが一足先に兵舎を後にしたのもあり、イグジスが兵舎で久々に団員達と顔を合わせた時も、団長の解呪云々より、副団長の話題ばかり飛び交ったほどである。
「ジナのやつが急に辞表を提出してきたぞ、あんた何やらかしたんだ!?」
「王子の専属近衛騎士になる予定とか聞いてねえぞ!?」
「団長―、若い頃に滅茶苦茶可愛い嫁候補に浮気されて家出したってマジか?」
蜂の巣をつついたような騒ぎに、イグジスは頭を押さえる。ついでに、ファルファラとの会話内容を口止めし忘れていたことを後悔した。
騒ぎの中、がばりと若い団員に突然しがみ付かれる。二人が不在の間、空いた穴を一番塞ぐ羽目になっていた、タントンであった。
「おれが次の副団長なんて無理っすよおおおお!」
タントンは悲鳴を上げてイグジスに弱気な言葉を吐いてきた。賑やかすぎる皆の様子に懐かしさがこみ上げながらも、それを収める術は団長にも思いつかなかった。
「どうして急に副団長がやめちゃうんすか!?」
「ジナは……ルドルフ王子殿下と結婚するらしい」
「結婚!?」
黙っていてくれと言われたのを衝撃のあまりに忘れ、イグジスは更なる爆弾を投下した。どういう事だとその場にいた全員から詰め寄られるも、団長として語れる内容はあまりに少なかった。
「それしか知らんのだ。私は団長なのに詳しい話を聞かされていない。専属近衛騎士の話も初耳でな……。団長なのに……」
肩を落として落ち込む団長を前に、団員達は気まずそうに互いに目を合わせた。少しでも雰囲気を明るくしようと、各々で口を開きだす。
「いやまあ、しょうがねえって、俺らも碌に知らなかったし、な!」
「そうそう、このタイミングで結婚兼辞職報告とかみんなビビりますって」
「旅の同行中にも手柄を上げたって話だったのに、ここでかー。いや、近衛騎士兼王妃なら栄転なのかねー」
ふと会話内容が引っかかり、イグジスは顔を上げる。どういうことだと訊ねると、皆は王都に届いた噂話をそれぞれ明かしてくれた。
「確か、大物の奴隷商人を捕まえたんだろ」
「謀反を起こそうとした、とある村を鎮圧したとか」
「団長が簀巻きにされかけてたのを救出したって噂も聞いたな。あれ、もしかして違うのか?」
「いや、違わない。違わないんだが……」
噂に尾ひれがつくのはよくある話なので、スケールが大きくなっている内容は置いておくとして。どれもイグニスについては殆ど触れられておらず、彼女一人の大活躍によるものだと言わんばかりの内容であった。それに、噂が広まるのが早過ぎる。
イグジスの胸中を、不穏な暗雲が覆ってゆく。それらをかき消そうとするように、大きくため息をついた。
「ともあれ、騎士団に碌な説明もなしとは、突然過ぎる。辞職は一ヶ月以上前から申告するべきと、皆で届け出を返却しに行こう」
「いいんすかそれ!? 結婚相手は王族っすよ!?」
「本人が受け入れているのに、騎士団総出で結婚に口出しすんのもなんか違うっていうかさあ……個人でなら兎も角」
「俺らも同行っていうのが、そもそも、なあ……。邪魔になりそうじゃんね?」
あれだけ騒いでいた割に、反対意見には消極的であった。やけに意味ありげな視線を交わし合っている団員達をよそに、イグジスは一人で辞表返却に燃え、強くこぶしを握り締める。
「この婚姻をジナが望んでいるとは思え……いや、分からんが……、彼女も副団長として熱心に職務に当たっていた……ように見えていたし……」
イグジスは、段々自信がなくなってきた。本当にそうだっただろうか。元妻への記憶を都合よく歪めたように、ジナに対しても、もしかしたら。不安を誤魔化すべく、なんとか口を開き直す。
「そう、それに確か、以前騎士に助けられたと言っていた。だから、そう簡単に辞めたいとは思わん、筈だ!」
「え、それって確か団長の事っすよね?」
タントンの言葉に、イグジスはぽかんと大きく口を開けて固まった。遅れて、青ざめた団員達がタントンを殴りにかかる。
「バカ、何バラしてんだ! ジナに埋められるぞ!?」
「えっちょっうわっなんでいてっ、まさか団長知らなかったんすか!?」
もみくちゃにされるタントンをよそに、知らん、と抑揚のない声でイグジスは呟いた。顔から、じわじわと血の気が失せてゆく。
自分が彼女を助けた。いつの話だ。いつ?
記憶を掘り起こそうとしても、やけにぼやけて上手く思い出せない。これはもしや、呪いのせいでは。イグジスはそう思い至った。記憶がぼやけるのも、ナバナの言及した症状に当てはまる筈だ。つまり急にジナが結婚することになったのも呪いのせいでは、とまで考えたが、それは流石に濡れ衣というものである。
呪いのせいで忘れたのなら、百歩譲って仕方がないとして。何故彼らがそれを知っているのか。そこを指摘すると、またもや皆で意味ありげな視線を交わし合い始めた。
「いや、まあ……偶に一緒に飲んで、色々聞いたりしてたし……」
「日頃の愚痴とか、ほら、酒が入ったりして盛り上がると色々話すよなーっていうかさ」
「あ、悪口だけじゃないっすよ! むしろ」
「お前はもう黙ってろ! そこまでバラしたらジナに殺されるだろうが!」
哀れタントンは、口封じに袋叩きにされた。
イグジスは全く知らなかった。ジナと彼らが、そこまで仲が良かったことも。自分には伏せていた内容を、彼らには明かしていた事を。そもそも自分は、彼女を知ろうとしていただろうか。いつも口を開けば求婚ばかりで、踏み込もうとした事なんて、一度も。いや、上司であろうと、プライベートに土足で踏み入るのは避けるべきだ。
理屈では分かっている。理性も頷いている。
ならば、どうして心は否と叫び続けているのか。
「私が、今一度話し合ってくる」
タントンをべしべし叩く手を止め、団員達がこちらを見つめてくる。複数の眼差しに応えるべく、力強く頷いた。
「君達の言い分は分かった。如何に同僚達に慕われているか伝えれば、彼女も自分の立場を改めて考え直し、ついでに私の求婚に頷くに違いない」
元気を取り戻した団長は、自信満々に宣告した。意気揚々とした背中を半ば呆然と見送ってから、集まった団員達はひそひそと意見を交わし合う。
「どう思うよ?」
「駄目だろ。あんないつものノリで求婚じゃあ、落ちたい相手も落ちたくなくなるって」
「しかも理由がオレらの為とか……やっぱ下手に口出しすべきじゃなかったか」
敗戦濃厚の気配に、あーあ、と団員達はため息をつくのだった。




