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第20話 その告白は想定外

 賑やかになった空気が一旦落ち着き、ナバナは薬の効果を確かめるべく検分を行い、最後にふっと煙を吹き消すように息を吐いた。


「よしよし、アタシの薬のお陰で大方良くなったみたいだね」


 検分を終え、ナバナは満足そうに頷く。解呪成功の祝いに、とテーブルにはお茶が置かれている。あの解呪薬とは異なる刺激臭と真っ赤な色の液体に手を付けぬまま、イグジスは頭を下げた。


「感謝する。これで私もとうとう夢の新婚生活を迎えられるというものだ」

「気が早いねえ。まだ完全には解けちゃいないよ。まあ、この分なら遅くても数年以内には消えるさ」


 青く濁った色をした自家製薬酒を一杯飲み干してから、ナバナはそう断言してくれた。イグジスに向けて、皺の刻まれた親指をぐっと立てる。


「いいかい、大事なのはノリと勢いとパッションさ。嫁を捕まえたけりゃ、一生手放すんじゃないよ。タイミングを逃さず押しまくりな!」

「なんと含蓄のある言葉……!」

「どこがだ」


 感銘を受けているイグジスへ、しっかり者の副団長が静かに突っ込んだ。


※※※


 王都へ近くなればなるほど、舗装されて道も整ってゆく。歩道の感触に、イグジスは郷愁を誘われていた。懐かしき城門を前に歩みを止め、感慨深そうに呟く。


「ようやく王都か……。土産に妻を連れて帰れなかったのは残念だ」

「安心しろ、団員の誰も期待していない。ナンパ癖がマシになったのには、喜んでくれるかもだな」

「そうだろうか。なら、記念に結婚しよう」

「前言撤回だ。何も変わってないな、これは」


 そっけなく言うと、ジナはすたすた歩きだす。距離が離れないよう、小走りで後を追った。


 ナバナの家を出てから、女性に声をかける頻度はかなり落ちた。今までのやり方は良くなかったと、ようやく反省したが故だ。そう決めた割に、ジナに対してはつい以前通りに求婚してしまうのは、すっかり染みついた癖のようなものだろうか。


 いやいや、それもいい加減自重すべきだ、と思い直す。より成功率の高い婚活を行うため、王都に帰ったら恋愛小説でも読み漁ってみるべきかと計画を立てた。


「呪いが完全に解けたら、今度こそ愛妻探しの旅に出てもいいかもしれんな。次の時も、是非君には同行してもらいたいものだ」

「頼もしい副団長が隣にいると助かるから、か?」

「その通りだ」


 イグジスは強く頷いてから、今更ながら自分の言葉に疑問が湧いた。今回の旅では不覚を取ったが、本来自分は一人でも十分強い。彼女を同行させる必要はあるのだろうか、と。


 ない、気がする。なら次は一人旅にするべきだ。納得しかけて、違和感を覚える。形にならない思考の靄を振り払おうとしていると、前を歩いていたジナの足が止まった。王都を間近にして、彼女はゆっくりと振り返る。


「団長。お前に、伝えるべき事がある」

「新妻の席は空いているぞ」

「黙って聞け。まあ、少し言い辛い事なんだが……」


 ジナは軽く頬をかき、視線を彷徨わせる。口にするのを迷うような素振りに、落ちる沈黙。


 これはもしや、愛の告白では?


 数秒前の会話内容をすっかり忘れ、イグジスはそんな事を思った。なら無論、すべきはひとつだ。両手を広げて前に出す。


「存分に胸のうちを明かすといい。喜んで受け止めてみせるとも。さあ!」


 それでようやく踏ん切りがついたのだろう。心なしか若干頬を赤く染めて、ジナは薄く微笑んだ。


「実は──ルドルフ王子殿下と結婚するんだ」


 想定外の爆弾発言に、両手を広げたポーズのままイグジスは固まった。反応がなくなった団長を放置して先に進んだ彼女が豆粒になってからようやく我に返り、ダッシュで後姿を追いかける。


「待て、初耳だぞ!」

「今話したからな。なるべく騒ぎは避けたいから、実際に公表されるまでは黙っていてくれ」

「騎士団はどうする!?」

「辞職することになるな」


 両立は無理だろと言われ、確かにそうだなと頷きかけ、問題はそこではないと慌てて首を横に振る。いきなりの展開に、イグジスは思考が全然まとまらなかった。どうにか距離をつめながら、しかし、だが、と反論の言葉をひねり出す。


「副団長でいるより、王族と結婚する方がいいのか!?」

「金持ちで身分も高い相手との縁談だ。人生勝ち組だな」

「だが、あの王子は君の好みではあるまい! 戦闘力が低そうだぞ!?」

「幼い頃から剣術の鍛練を続けているから、実はそこそこ強いらしい」

「だとしても、君は彼を愛してはいないだろう!」


 イグジスが言い募った末に、ようやくジナの足が止まった。無防備そうな手首を掴もうとして、振り向かれる。目が合い、その視線の鋭さに、伸ばしかけた手が凍り付いた。


 あとほんの数歩。その距離を決して許さず、ジナは嘲るように笑った。


「お前が私の、何を知っているって言うんだ?」


 突き放すような言葉に、足が縫い留められる。彼女はもう、振り返ることも、足を止める事もなかった。


 手放すなという魔女の言葉が、今になって脳裏で虚しく響く。中途半端に指を伸ばしたまま、イグジスは日が暮れるまで、ただ呆然と立ちすくんでいた。


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