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第17話 しあわせな思い出

 予想通り気絶した団長が椅子からずり落ちる前に、ジナは素早く抱き留めてやった。後はベッドでも借りて寝かせてやればいいだろう、と算段する。ナバナに部屋へ案内を頼もうとして、ふと違和感を覚える。


 抱きかかえた身体が、やけに冷たい。頬は血の気が失せて青白く、口から漏れる息は段々とか細くなっていくようだった。


「ナバナ、この薬、本当に大丈夫なのか?」

「おやおや。大丈夫なんて、アタシは一言も言ってないよ」


 ヒヒ、とナバナの口から人の悪そうな笑みが漏れる。魔女は急に容体が変わった男に驚くどころか、落ち着きはらったままだった。


「何しろ、魂を無理やり過去の記憶に縛り付けてやったからね。魂にここまで影響を与えられる魔術師は、そういないよ」

「御託はいい。このままだと、どうなるんだ」

「上手くいけば、そのうち勝手に起きるさね」

「上手くいかなければ?」

「魂が記憶に囚われたままになる。現実に帰れなくなるだろうねえ」

「な……っ」


 こともなげに言われ、ジナは束の間言葉を失った。魔女へ掴みかかりたくなるのを抑え、床へずり落ちかけたイグジスを抱えなおす。努めて冷静さを保とうとしつつ、ナバナを睨みつけた。


「こいつを起こす方法は? あるんだろう」

「水をぶっかける位じゃ起きやしないよ。まあ怒りなさんな、目覚めを促す手助けはできる」

「どうすればいい」

「チューだよチュー」

「はあ!?」


 ぎょっとした拍子に、つい手が緩む。支えを失い、哀れ図体のでかい身体は床に勢いよく激突した。ナバナの言う通り、その程度では起きる気配は全くなかった。


 ジナの反応を見て、ナバナは声を上げて笑い出す。先程までの影を感じさせるものではなく、明るく楽しそうな雰囲気を滲ませて。


「アンタ、可愛い反応するじゃないか! まあキッスが恥ずかしいってんなら、別の方法を試してやりな」

「は、恥ずかしくなんて……。別の方法?」

「そうさ。手を握ったり、膝枕してやったり、ハグしてやったりね」

「……べたべた触ればいいんだな」

「カーッ、ムードのない言い方をするもんじゃないよ!」


 生き生きした調子で言うと、ナバナは別の棚を漁り出す。中には薬瓶、ではなく酒瓶が所狭しと並んでいた。どっかと座り直して酒瓶をテーブルに幾つも並べると、ジナが呆気に取られている中、直接瓶に口を付けてぐびぐび飲みだした。いかにも怪しい凄腕魔女の正体は、俗っぽい酒好きおばあちゃんだったらしい。


「こっちから刺激を与えて、現実を認識させやすくしてやりゃいいのさ。あとは、声が届けば儲けものだ。なんなら、男が飛び起きたくなるようなアツアツの誘い文句を伝授してやるよ」

「いっ、いらない! いらないからな! 部屋でも貸してくれればそれでいい!」

「いいねえ、二人っきりになりたいってんなら邪魔はしないよ。ゆっくりしっぽりおやり」

「誰がするか!」


 ジナが大声で突っ込むと、やっぱりアンタ可愛いねえと、ナバナは酒瓶を片手にけらけらと笑った。


※※※


 妻の事は、百年以上経った今でも鮮明に憶えている。丁寧に結われた髪、鮮やかに塗られた紅色の口、自分にかけてくれた言葉一言一句、全てを。


「愛する妻へ、これを」


 綺麗な貴方と少しでも釣り合っていたいから、と妻はよく着飾っていた。そんな彼女なら喜んでくれるだろうと思った贈り物の指輪を前にして、想像より驚きを籠めた眼差しを向けられる。


「そんなに気を遣わなくていいのよ。高かったでしょう?」

「給料内の範疇だから、気にする必要はない。それに、妻と仲良くするのに贈り物は最適だと強く薦められた」

「仲良くするのに……、ふふ、そうね。でも本当にいいのよ。貴方が選んでくれたなら、それだけで嬉しいもの」


 なんと倹約家で謙虚な妻だろう、とイグジスは感動した。知人の薦めによる見合い結婚だったから、あまり知らない相手と上手くやっていけるか不安だったが、杞憂に終わりそうだ、と内心安堵する。互いに相手へ歩み寄ろうとする建設的な空気も、好ましく感じていた。なにより、彼女は浮気をする素振りがなかった。


 きっとこの女性は、自分だけを夫として見てくれる。自分だけを想ってくれる。だから、自分も彼女一人を愛する。二人だけで愛し合える。とても理想的な関係だと思えた。


 たおやかな指をそっと手に取り、贈ったばかりの指輪をはめてやる。丁度良いサイズのそれを、彼女は嬉しそうに眺めた。


「イグジス。私、とても幸せだわ」

「私も君の様な妻を得られて、人生最大の幸福を使い果たしたかと思っている」

「もう、大げさなひとね」


 妻は軽やかに笑う。夫の手に指を包まれ、心地よさそうに目を細めながら。


「ねえ。私、貴方の事好きよ」


 薄っすらと頬を染め、彼女はいつしかそう告げてくれるようになった。他の男達ではなく、自分だけに向けられているその想いが、嬉しかった。


「光栄の極みだ。これからも君に愛してもらえるよう、私もより一層精進し、君を愛し続けるとも」


 互いに微笑み合い、睦言を交わす。


 幸福だった。この時は、まだ。


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