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第12話 団長の恋愛観

 竜人の生活様式は、人間とは少々異なる。話によると、竜人は似たような力の特徴を持つ者達がそれぞれ集落を形成しているらしい。そして集落ごとに独自の掟や使命があり、皆それを順守して生活するのだという。


「アタシの集落はね、子孫繁栄が使命だったのよ」

「子孫繁栄」


 直球過ぎる使命であった。そもそも竜人にとっての結婚は、恋愛や同じ身分同士の政略的なものより、長年共同生活を行うパートナーとしての意味合いが強いらしい。イグジスがやけにナンパを行う理由も、一緒にいられそうな女性であればオーケーだからなのだろう。ボーダーラインが低すぎる男である。


「アイツが産まれた時から、アタシ達って婚約者だったのよ。たった二十歳差で年が近かったからね」


 二十歳差って結構でかくないか、とジナは反論しかけたのを我慢した。長生きの竜人からすれば誤差なのだろう。たった十数年で大人になる少女が許容範囲になるのも分かる気がする。分かりたくなかったが。


「お互い、婚約に異論はなかったわ。アイツの事、それなりにタイプだったしね。イグジスの方も、掟には従うべきだーって、長老達と似たようなことを、小さい頃からよく言ってたわ。だからって、子作り計画とか、新婚生活の予定表とかを大真面目に提出してきた時は驚いちゃったけど」

「……想像はできる、できるが」


 そういう所まで子供の頃から変わらないのか、とジナは呆れた。話を聞く限り、昔は彼も婚約者と結婚する気満々だったようだ。ならば何故、という疑問に、ファルファラはえへっと愛らしい笑顔を見せた。


「結婚前に、三百才年上の相手とお付き合いしてるのがバレちゃったの」


 ファルファラは、若い頃から気が多い女であった。浮気発覚直後は、長老達もいい顔はしなかった。けれどどちらとも別れる気がなかった彼女は、こう提案したのである。ならいっそ、両方と結婚すればいいじゃない、と。


 最初こそ唖然とした長老達も、議論の結果その方が子孫も増えそうだしアリなのではと賛成してくれた。こうして若い世代の提案により、新たな掟が生まれようとしていた──のだが。


「意外にも、イグジスが反対したのよね。長年連れ添う相手なら、互いに唯一であるべきだ、って」


 当時のイグジスは、断固として重婚に反対した。揉めに揉めてヒートアップした結果、とうとう集落の外で自分だけの嫁を探す、と出て行ったのだという。


 ちなみにファルファラが浮気相手と結婚して、集落は一旦落ち着いた。しかしその後、他の竜人とも結婚を薦められるようになり、年上の夫が死んだ後、更にそれはエスカレートした。生憎他の男は皆いまいちグッとこなかったのもあり、好きでも無い相手と結婚なんてお断り、と集落から逃げ出したのだった。そうして今は、人間の夫達に囲まれ新たな結婚生活をエンジョイしているそうだ。


 二人は正反対なのに、結婚相手を探して集落を飛び出した点は共通している。案外根っこは似ているのかもしれないな、とイグジスが聞いたら全力で否定しそうな事をジナは思った。


「それにしても、浮気が駄目で家出なんて、昔から倫理観の強い男だったんだな」

「ふふっ、あの掟に従順だったボウヤが、新しい掟にわざわざ反抗したのよ。もっと感情的な理由だったんじゃないかしら」

「……お前に、自分だけを見ていてほしかったんじゃないか」


 少し間を空けて、ジナは慎重に推測を述べる。彼は普段多数の女に声をかける癖に、結婚後に浮気はせず、妻一筋が当然、といった男だから。


 あーやっぱりねー、とファルファラは軽い調子で同意した。


「理性の塊に見えて、アイツ、かなり情が強いのよねー。そこがいいんだけど、アタシにはちょっと重かったわ」


 たった一人と、互いに愛し愛されたかったからか。それとも、実は彼女を本気で好きだったからこそ、浮気を余計に許容できなかったのか。ファルファラを毛嫌いしているのは、その出来事に起因しているのだろう。


 ファルファラは、手の上に顎を乗せて視線を往来へ移す。人の波の向こうを見つめるように目を細め、軽くため息をついた。


「でも久々に会ったら、あーんなに気軽に愛の約束をしようとしてるんだもの。あの情熱はどこに行っちゃったのかしら?」


※※※


 一方イグジスは、酒場で飲み物を片手に、残された夫達と時間を潰していた。そして夫達の共通の話題と言えば、愛しの妻である。要するに、結構きつい時間を過ごしていた。恋愛観の違いは、時として険しい断絶を生み出すものである。


「イグジスくん、顔色が悪いね。オレがリラックスできる曲を歌ってあげよう」

「いや、結構だ。店の中で騒ぎ過ぎては迷惑だからな」


 夫のひとりであるシンクはかなり優しく気遣ってくれる男なのだが、すぐ歌いたがるのが欠点だった。しかも音痴だった。


「それにしても、君達はよくもまあ互いに揉め事一つ起こさずいられるものだな」

「これも一つの愛のかたちですよ」

「むやみやたらに相手を増やしていくのがか?」

「エンジェルがオレ達を愛する気持ちは、嘘偽りない真実だよ。一番大切なのはそこじゃないか!」


 全くもって理解が出来ん、と吐き捨てた。まだ昼だからと頼んだジュースを数口飲んでから、背筋をまっすぐに伸ばし直す。


「公正、誠実に対応し、慈愛と労わりをもって唯一の相手と大切に想い合う。それが理想的な夫婦の在り方だろう」


 それを聴いた男達は、互いに顔を見合わせた。暫し沈黙してから、我慢できなくなったのかぽつぽつ口を開きだす。


「それも間違ってはいないだろうけどね」

「道徳的というか、模範的すぎるというか……」

「ここまでくると、じじ臭いのでは」


 正しい事を言っているのに、何故そんな反応をされなければならないのか。ちょっぴり落ち込んだイグジスを見て、彼らは優しくフォローの言葉を付け加えた。


「まあ、世間一般的に見れば、キミの恋愛観は理想的さ。理想的すぎるというか、単調な牧歌というか、うん、悪くはないよ」

「そうですよ、運命の相手を見つけるため旅をするなんて、ロマンチックです!」

「いや、たしか呪いを解くためだろう。それが解決に繋がるかは別として、その行動力は称賛に値するぞ」


 なんと優しい言葉の雨だ、とイグジスは感動した。いつもの慣れ過ぎた団員達であれば、ここまで労わってはくれない。彼女の夫達でなければ是非騎士団に迎え入れたい位だった。


 そう言えば、と夫のひとり──ルックが声を上げる。


「解呪薬なら、手持ちにあったような」

「本当か!?」


 皆の中で一番幼く見えるのに、一番力持ちで荷物が多い男は、ごそごそと中を探り始めた。ややあって、よいしょと大きめの瓶をテーブルの上に置く。それは、大変濁った泥水の色をしていた。つまり、とてもまずそうだった。


「昔珍品系のバザーで、たたき売……目玉商品として扱われていたのを購入したんですよ」

「……これは、いつ入手したんだ」

「ええと、子供の頃だったから十年以上前ですね」

「消費期限が切れているのでは?」


 解呪ができる人間自体が限られているのに、便利そうな薬が売られていて、しかもかなり古い。偽物では。本物だとしても、古すぎて最早毒薬に変貌しているのでは。そもそもなんでそんな物を子供時代に買って大事に保存しているのか。収集癖が過ぎる。


 無難に断るべきか、博打に出るべきか。怪しい薬に頼るより、ドミノの師匠に頼る方が解決する可能性が高いし、安全である。やはりここは断ろうと決めた頃には、ルックが店員にジョッキを借りていた。止める間もなく、彼は瓶の中身を全て移し替えてしまった。


「はい、どうぞ!」


 善意に満ちた笑顔で、おぞましい色の液体入りジョッキを差し出される。優しそうに見えて、押しが強い男であった。


「イグジスくん、無理はしない方がいいよ」

「ルックもやめておけ。もしこれで元婚約者である同族に悪影響があれば、マイハニーが悲しむかもしれん」


 流石にヤバそうだと感じたのか、夫二人も加勢に入ってくれる。劣勢となったルックは、うーんと悩む素振りはみせるものの、折れる気配はなかった。


「でも、ふぁーちゃんはいつも平気そうですし」

「今何と?」

「ふぁーちゃんは、僕が昔買ったお菓子とかを喜んで食べてくれるんです。竜人は身体が丈夫だから余裕だって」

「妻に危険物を食べさせるのはどうかと思うぞ」


 可愛らしい愛称に、ついイグジスは声を上げた。確かに竜人は人間より頑丈だが、限界もあるのでは。愛の力は消費期限すら乗り越えるのか。そんな馬鹿な事があるか、と意見を猶更却下したくなったのは、イグジスだけであった。


「マイスイートハニーが普段から平気だったのなら、彼も大丈夫そうだな」

「まあ、そうだね。数多くの逸話を持った守護竜と歌われ、鍛錬を重ねた丈夫な騎士団長ともなれば、カノジョより耐性も高そうだ」


 味方がいなくなり、一気に旗色が悪くなる。とうとう意を決し、イグジスは泥色の液体がたっぷり注がれたジョッキを手に取った。黒竜騎士団の名に懸けて、一般市民に負けるわけにはいかないという気持ちが勝ったためである。


「私に何かあったら、ジナに全てを託すと伝えてくれ」


 最後に遺言を残し、イグジスは薬を喉へ流し込んだ。


 そして、即気絶した。


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