第11話 ガールズデート
「荷物は俺が持とう、マイキュートハニー」
「疲れたら薬を用意していますからね」
「オレがいつでも喜んでおぶってあげよう」
「いや僕が!」
「みんなありがとー! アタシもいつでも背負ってあげる! それともお姫様抱っこの方がいい?」
「両方で!」
「…………はあ」
元婚約者が夫達を抱え上げてはしゃいでいるのをしり目に、イグジスは何度目か数え忘れたため息をついた。
あれからイグジスは旅の途中だからとすぐさま去ろうとしたが、すぐの別れを惜しんだ彼女は、同行する形で夫達と一緒についてきたのだ。次の街に着くまで位ならと思っていたが、ことあるごとに夫婦たちのいちゃいちゃ光景を間近で見せつけられていた。
薬漬けの奴隷にされたのだから、人間への警戒心が高まり夫達と不仲になるのでは、とイグジスは若干懸念を抱いていたのだが、持ち前の楽観的で前向きな性格も相まって、彼女は何事もなかったようにけろりとしていた。いい事ではあるのだが、もっと防犯意識を高めた方がというか、正直眼前でいちゃつかれ過ぎて堪えるというか、イグジスは複雑な思いを抱いていた。
「……私も君を背負った方がいいか、マイハニー候補ジナ」
「変な呼び名を真似するな、自分で歩ける」
同じく疲れたような顔を浮かべて、ジナはばっさり断った。
※※※
ようやく次の街に着き、休憩がてらここで一泊する事となった。後は翌日まで別行動でもしようとイグジスは目論んでいたが、今回の標的は彼ではなかった。
「ねーえ、ジナちゃん、一緒に街をぶらつきましょ!」
「やめろ! ジナに手を出すな!」
彼女の腕に自分のそれを絡めてきたファルファラに、大声で待ったをかける。無論、それで行動を止める彼女ではなかった。
「なによーう、たまには女の子同士で遊んだっていいじゃない」
「うちの副団長をお前の毒牙で染めるな! 悪女になってしまう!」
今までの道中でも、実は彼女達が二人きりにならないように気を付けていたのである。ここで遊びに行かせては、全てが水の泡だ。
「少し前に女主人プレイをさせた男が危惧する事か?」
深刻な素振りで止めてきたイグジスを、ジナは呆れたような目で見返してくる。夫婦達のいちゃつきが視界に映るのに比べたら、一緒に出歩く位は大した事がないと甘く考えているのだろう。だが、もしもこのまま見送ってしまえば、ジナが男を大量に引き連れて戻ってくるとか、王都の騎士団員達を自分の下僕にしていくのでは。ただでさえ彼女は襲われた村でも男達を子分にしていたし、告白もされていたのだ。素質は十分にある。
何としても止めたくて、反対側の空いた手を掴んだ。驚いた様子の彼女へ、ぐっと真剣な表情で顔を近付ける。
「頼むジナ、行かないでくれ。君が騎士団で逆ハーレムを築くなんて耐えられない」
「誰がするか。大体、私が誰と出かけようがお前には関係ないだろう」
「いいやある、大いにあるとも。私は──」
ぷつん、と言葉が途切れた。はてと内心疑問を抱いてから、落ち着かなげに視線を彷徨わせている彼女を前にして、何を言うべきだったか遅れて思い出す。
「そう、私は君の上司だからな。君が悪の道に進むのを止める義務がある。そんな軽い女と行く位なら、私と新婚生活に向けて買い物でもしないか」
拳が顔へめり込んだ。綺麗な一撃を食らった拍子に、手を離す。ふんとジナは鼻を鳴らすと、自分からファルファラへ腕を絡ませ直した。
「私でよければ、喜んでエスコートしよう」
「ま、待ってくれ……」
顔を押さえつつ声を絞り出すも、完全に無視された。遠ざかってゆく二人の後姿を、残った男達はただ見送る。
「うーん、仲良きことは美しきかなだね」
「偶にはハニーも、同性同士で盛り上がりたいのだろう」
「ここは黙って待つのも甲斐性ですよ、イグジスさん」
夫達から優しく宥められる。とどめに、オットーがぽんと肩に手を置いた。
「安心しろ。彼女がハニーの新たなダーリンになっても、俺達は喜んで受け入れる」
「安心できるか!!」
みすみす二人を見送ったのを、心底後悔するイグジスであった。
※※※
ジナが往来を出歩く時は、大抵食料調達や武器、道具の購入、手入れが目的である。もしくは、団長と同行時だと求婚のストッパー役となるためだ。
団員に誘われれば飲みに行く位の付き合いの良さはあるから、仕事一筋とまではいかないのだが、一般的な女性と比べれば可愛げに欠ける。本人が一番そう自覚しているものだから、正直団長の元婚約者との散策なんて、毒牙にかかるどころか、向こうからうんざりして去っていくだろう、とまで推測していた。
そんな予想に反して、ファルファラは機嫌良くジナへ絡み続けていた。
「アタシ、あの噂の素敵な副団長さんに興味があったのよね。こーんなに可愛い子だったなんて!」
「そうか? お前の方がずっと可愛いし、スタイルもいいし、魅力的じゃないか」
やけに自分を気に入っている様子に首を傾げつつ、ジナは正直な意見を述べる。するとファルファラは、胸を打たれたようにきゅっと両手で抑えて頬を赤く染めた。
「んもうっ、クールで厳しそうなのに、ストレートに褒めてくるんだから、ドキッとしちゃうわ! ジナちゃんってモテるでしょ! 競い合っていた同僚とか、可愛がっていた後輩とかから、突然告白されたりしてそう!」
なんで知ってるんだ、と言い返しそうになるのをジナは喉元で我慢した。一応、彼女の指摘した経験はなくもなかった。
「特別なことはしてないさ。アイツの真似をしているだけだしな」
「アイツ?」
「……イグジスの真似、だ。アイツは、ナンパ癖を除けば団員達に慕われているし、参考になるんだよ」
努めてぶっきらぼうに答える。いつも団長とばかり呼んでいたから、口に出すと慣れない響きだ。旅の中でもつい、落ち着かなさに苛まれて呼ばないようにしていた。
そっぽを向いた顔を見て、ファルファラは両頬に手を当ててきゃあと愛らしい声を上げた。まるで恋する乙女である。
「あんなにかっこよかったのに、こんなに可愛い所もあるなんて反則! アイツには勿体ないわ。アタシのお嫁さんにならない?」
「悪いな。私一筋になってくれないと、物足りないんだ」
結婚相手としては論外とは言ったものの、彼女のひらひらと飛び交う言葉は軽快で、接していて楽だった。イグジスの警告も虚しく、早々にジナはファルファラへ好意を抱きつつあった。
「あーあ、時間があったら、もーっと一緒に色々楽しく遊べるのに!」
「こっちこそ、普段は男ばかりに囲まれているから、こうして気安く過ごせるなんて思いもしなかったよ。あの男がお前をあそこまで避けたがるのが、少し意外なくらいだ」
「うーん、アタシはそこまでアイツの事嫌いじゃないんだけどねー」
「へえ」
ただの返答にしてはぶっきらぼう過ぎたかと、ジナは後悔する。ファルファラにとってはむしろ好印象だったらしく、更に目を輝かせだした。腕を引いて近くの木箱に腰かけるよう促され、ねえねえと密着された。豊満な胸が服越しに遠慮なく腕に押し付けられる。誘惑に弱い男であればころっと落ちそうなサービスであった。
「アイツの過去、興味ある? あるわよね?」
「ない」
「アイツの恥ずかしいエピソードとか、やけに初々しかった頃の黒歴史とかは?」
「……お前は興味を引くのが上手いな」
そう誘われれば、つい頷いてしまう。帰ったら他の団員達にも教えてやろう、と本人の知らぬところで黒歴史が拡散されようとしていた。