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第1話 腕良し顔良し中身良し

 若い女が、薄暗い道を駆けて行く。幾つもの夜盗の足音が、哀れな獲物を捕らえるべく後ろから迫ってくる。追いつかれぬよう只管足を動かしながらも、女は乱れた息で自分へ悪態をついた。


 王都行きの比較的整備された街道だからと、馬車代や宿屋代をケチったのが判断の誤りだった。その結果、不慣れな旅路で想定以上に歩みが遅れてしまったのだ。しかも女は魔術師がよく着用しているローブに身を包み、魔術道具や魔導書を鞄にぎっしり詰め込んでいた。貴重な魔術師らしき女が日暮れに一人で歩く光景など、夜盗連中には極上の獲物だったに違いない。


 日頃の運動不足や極度の緊張もあって、女はあっけなく周囲を男達に囲まれてしまった。彼女にできるのは、へたり込んで弱者として命乞いをするだけだった。


「お、お願いです、どうか殺さないで……っ」


 震えた声で命乞いを紡ぐ姿に、男達の僅かに残った警戒が下卑た笑みへと変わってゆく。目の前の女に、自分たちを害するような力がないと察したのだ。にやりと唇を釣り上げた男が、ナイフをこれ見よがしに振りながら前に出る。


「いいぜ、大人しくしてりゃ命だけは──」


 言葉の続きを断ち切ったのは、一本の槍だった。銀色の光を反射するそれが、呑気に足を踏み出していた男の腕を掠めて地面へ刺さる。突然の出来事で生じた隙に場の中央へ躍り出たのは、騎士服を着た長身の男だった。


 襲われた女を背中で庇うように現れた乱入者は、駆け参じた速度を殺さぬままに槍を抜き、虫でも払うような軽さで反応に遅れた夜盗二名を薙ぎ払う。素人目からでも分かる、熟達した腕前だった。


「総員かかれ!」


 それを合図に、気配を隠していた者達の姿が浮き彫りになる。乱入者達の胸元に刻まれた刺繍を見て、男達の顔色が一人残らず青ざめた。


「黒竜騎士団だ!」

「敵うわけねえ、逃げっぐああ!?」


 駆け出そうとした夜盗は、あっけなく槍の柄で地面に打ち据えられた。残った連中も、包囲していた別の団員達により取り押さえられてゆく。鮮やかに事態が終息していくさまに、襲われた女はただ呆気に取られていた。足に力が入らぬまま、おどおどと周囲へ視線を巡らす。


 槍を持った男へ、一人の団員が近付いてゆく。他の者よりやや細身で赤髪の団員が、予想よりも高いハキハキとした声を上げる。


「団長。全員捕縛完了だ。こちらの損害はない」

「そうか。ご苦労だった、副団長」


 短髪なのと、皆と同じ服装だったので勘違いしたが、どうやら副隊長は女らしかった。緊張が解けぬままに観察を続けていると、団長と呼ばれた男が振り返った。


 淡い月の光に照らされた相貌に、息を飲む。腰よりも長く伸びた、夜よりも色濃く艶めいた髪。精悍な顔立ちに鮮やかな金色の瞳。その相貌はあまりに整っていて、いっそ異形めいてさえいた。


 女の怯えを察したのか、男は槍をしまうと地面へ片膝をつく。震え続けている手を掬い上げる動作は、労わりに満ちていた。


「救助が遅れてすまない。王都までは私達が必ず君を守り通すから、どうか安心してくれ」


 真摯に優しく語り掛けてくる様は、物語に登場する頼もしい騎士そのものであった。頬を赤らめて女がこくこくと頷くと、騎士はふっと表情を綻ばせる。頬の赤みが更に濃くなってゆくのを自覚していると、麗しき騎士は眩いばかりの笑みを浮かべた。


「ところで、私と結婚してはくれないか」

「は?」


 突然求婚してきた男の頭部を後ろから副団長がスパーンと叩き、女の火照っていた頬の温度は急降下した。


※※※


 温かな日の光の下で、小鳥たちが陽気にさえずっている。平和な光景から窓一枚隔てた執務室で、男は仕事に励んでいた。


 東の大国ラスヴァーンで最も有名な黒竜騎士団を束ねる彼の名は、イグジス・ラングトン。希少な竜人でもある彼は、長年に渡り国を守り続けてきた。誠実で真面目な性格に、端正な容姿、卓越した槍の使い手でもある。


 名実ともに品行方正な騎士団長は、真剣な表情で口を開いた。


「ジナ副団長。私がフラれた回数を覚えているか」

「食事の数より多いのに覚えていられるか、色ボケ団長」


 執務机を挟んで、書類を片手に副団長のジナが返答した。 


 ラスヴァーンの守護竜とさえ讃えられる彼の、最大の特徴。それは、女を見るや即求婚する悪癖であった。欠点が致命的すぎる上司を前に、ジナは呆れた様子で続けた。


「見境がなさすぎて、いい加減不審者として通報されても知らないぞ」

「見境なくはない。ご老体の女性は対象外だ」

「幼女はアリなのか」

「勿論だとも」

「この変態が」


 上司に対して容赦のない物言いをするこの女性を、イグジスは高く評価していた。自分が苦手な書類仕事の大半をそつなくこなしてくれており、剣の腕前も優れている。二十代にして副団長の座についた、優秀な人材であった。男のように短く切られた赤い髪と、同じ色を秘めた瞳も、凛とした佇まいの彼女に似合っている。


「無論君もアリだ。どうだろう結婚を」

「いいから黙ってこれに目を通せ!」


 手に持っていた書類を頭に叩きつけられた。ふんと背を向けられ、またフラれたと落ち込みながらも紙束を手に取る。それは先日の盗賊共による襲撃についての詳細だった。


「王都に近い場所で狼藉を働かれるとはな。どう見る、副団長」

「一番可能性が高いのは、あの噂の影響じゃないか」

「ルドルフ王子殿下の即位式が近いという話か」


 王が高齢なのは事実であるし、世代交代の時期ともなれば、世情が不安定になりがちだ。そこを狙って、あの手この手で儲けようという連中もまた、出没しやすい。今回の夜盗も、その一部だろう。


「街道の警備をより厳重に手配しよう。民の安全が最優先だ。世情の把握も兼ねて、都市内部の見回りも強化するべきだな」

「……女に対してもずっとそのままの方が、ウケもいいだろうに」

「ん、何か言ったか?」

「見た目も中身も実力も伴っているのに、ナンパ癖が全てを帳消しにしていると言ったんだ」

「恋愛において積極性は大事だぞ。先日読んだ流行の恋愛小説にもそう書いてあった」


 イグジスは大真面目に返答してから、書類を読み進める。後半は、あの襲撃後無事王都へ辿り着いた、魔術師の女性についての記載であった。


 名はドミノ・キャンベル。解呪を専門とする魔術師で、王宮直属の研究所への就職が決まっていた。そしてイグジスが保管していた物品を研究所に差し出せという指示書が最後に挟まれており、真剣な表情のままで顔を上げた。


「こんなに早い再会だとは、もしや運命の出会いか」

「団長、悪い事は言わないからその口説き文句はやめておけ」

「何故だ?」

「当たり前だ!」


 フラれる理由をさっぱり分かっていない団長に、突っ込みがキツい副団長。最早日常と化した、のどかな風景であった。


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