表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/125

6.オープン日の昼の出来事・2

 雑貨屋リコリス本オープン日、最初の客としてやって来たエルヴィスに、伊織は次の言葉を向ける。


 何となく、この男とは気が合う予感がするので、会話を続けるという選択を取ったのだ。


「へえ、選択授業の方の。そりゃ凄い、学園長からこの学園の仕組みについても軽く聞いているけど、選択授業の方はかなりの知識と実力がなければ担当出来ないんだろう?」

「ああ、その通り。オレにはそれだけの実力も生徒たちを導く手腕もあると自負している」


 そう得意気に言うエルヴィスに、伊織は優しく微笑む。


 彼の言葉は自分を大きく見せるための虚言でも、身の丈に合わない傲慢でもない、事実なのだろうとその真っ直ぐな緑色の瞳が伝えて来た。


 実力に見合った自信を持っている者は良い。自分に対してきちんと客観視が出来ているが故に、無茶はしても無謀はしないのだ。


 そして、出来ると思ったことに対しては手間暇を惜しまない。


 錬金術という、発想と試行回数がものを言う学問を究めているのならば、それは尚のことだろう。


「立ち話もなんだし、お茶くらいは出すから飲んで行ってよ。今日は授業あるの?」

「あるが、午後最後のコマだから時間はある」

「それは良かった、こっちにおいで」


 店の奥、カウンターの横。昨日グウィンが座っていた席と丸テーブルを出したままにしていたので、そこへとエルヴィスに着席を進める。


 紅茶の用意をするのもティーセットなので、お茶請けを棚から呼び出したらもうすることはない。


 尚、桜黒はクッションの上で丸まったままなので、もしかしたらエルヴィスからはぬいぐるみや飾りのように思われているかもしれなかった。


 彼はグウィンの時に引き続き今回も会話に参加するつもりがないようなので、エルヴィスに紹介することもなく二人での会話を続ける。


「昨日学園長に軽く聞いたとはいえ、まだまだこの学園について知らなくてさ、教えてくれない? あ、俺のことは伊織って呼び捨てで良いよ」

「では、オレのこともエルヴィスで構わない。ふむ、勿論それは良いが、ここは店だろうに、商品購入は勧めないのか?」

「利益目的で開いた店じゃないからね。あ、商品は好きに見てくれて良いよ。これ、一覧。使い方はタブレット内のナビが教えてくれるから」


 もしやこの男、面倒見が良いのか。生徒たちにとっては頼れる、それも年齢が比較的近い教師というのは有難いだろう。伊織からしてもその懐に入り込みやすくて良い。


 返事をしながら浮遊魔術で引き寄せた一台のタブレットをエルヴィスの前に置くと、彼はそれに少々気を向けながらも先に伊織からの質問に答えることにしたのだろう、こちらへと視線を向けて先を促す。


「魔術学園クロウコットが七年制の学校ってことと、四年生からは各々授業を選択して組み立てて行くってのは聞いたんだけどさ。じゃあ三年生までは何をするの?」

「一般教養と必須科目の勉強が主だ。そこに錬金術や召喚術、魔術解析など専門分野の基礎授業が盛り込まれている。ここで様々なものを浅く学び、己の興味が引かれるものや適性があるものを見極めて四年生以降に繋げる。だから入学してから三年間が最も忙しいと言われているんだ。その分、教師や学園からの手助けも厚いがな」


 紅茶を片手に、エルヴィスから答えが返って来る。説明に慣れているような言い方である。


「へえ、それは確かに忙しそう。じゃあ、その忙しさを乗り越えた四年生からは?」

「三年生までに必須科目の単位が取れなかった者はそれの授業も受けねばならないが、全て取った者は自由に受ける授業を選択することとなる。必須科目から更に枝分かれする授業を取っても良いし、例えば錬金術の授業も薬学に関わるもの、物質生成に関わるもの、物質変換に関わるものと様々なあるんだが、それを全て選択し錬金術漬けにすることも可能だ」

「それってエルヴィスの実体験っぽい」

「……。ごほん。だが、誰もが自ら最善の選択を出来るわけではない。故に選択指導担当がいるし、それでも迷ってしまうという生徒には予め学園側で大まかな授業を組んであるのでそこから選択するという手もある」


 図星だったのだろう、少々黙り込み、その間に紅茶を三口飲んで、今度は咳払いをして話を切り替えた。


 微かに笑いが込み上げるが、それを目敏く見つけた彼が無言で抗議するので、伊織も敢えてそれにはこれ以上触れずにおく。


「成程、どんなのがあるの?」

「魔術研究科、実践魔術科、錬金術科、魔術言語科、薬学科、普通科。魔術研究科は広く魔術の研究をしたい者向け、実践魔術科は探索者や公的機関のうち実践魔術を伴う場への就職を目指す者向け、錬金術科から薬学科まではそれぞれの分野に特化して学びたい者向け、普通科は一般企業への就職希望者向けだ」

「そこから更に興味がある授業を取捨選択して、部活動もして……と。中々にハードだな」

「魔術師は体力がなければならないからな、この程度でへこたれる生徒は我が校にいない。というか、淘汰されて行く。まず三年生まで授業の多さと難しさで脱落し他の学校へ編入して行く者が出て、次に四年生から五年生で難易度の上がった授業についていけず去る者が現れる。だがそこを超えた者は最後まで齧り付いて来る」


 成程、と伊織は頷いた。魔術学園クロウコットはその門を幅広く、それこそ十五歳以上であれば年齢問わずに受け入れているが、難関試験を突破しそこに入れたからといって驕るなということだろう。


 学園が求めるのは、根性のある者。軽い気持ちで入っては後悔するのはその者だということだ。この教育方針には伊織も賛同を示す。


 魔術は軽い気持ちで学ぶものではない、凶器となり得るものなのだから。それさえ分からぬ者は、この島へ足を踏み入れる権利もないのだ。


「だが勉強漬けではないぞ。学校行事も多くあるし、休みも長い。まあ、休みについてはその間自己研鑽に努めろということではあるが」

「学生生活もたっぷり楽しめるってことか。ますます気に入ったなあ、この学園」

「はは、それは何より」


 それからもエルヴィスから学校行事についてや生徒たちの進路先の統計、授業についての話だったり部活動についてだったり。または生徒たちが元気過ぎるという愚痴だったりを聞いているうちに、たちまち時間は過ぎていった。


「——ああ、もう日が暮れたのか。この季節は太陽が落ちるのも早い、楽しい時間はあっという間だな」

「そう思ってくれたなら何よりだ。最後に紅茶のお代わりはどう?」

「……いや、止めておこう。きっと夜まで居座ってしまうようになる。ほとんど初対面でこれほど話が弾んだ相手は中々いないから、つい夢中になってしまった」


 それでも名残惜しそうにティーカップの底へ残った僅かな紅茶を見つめて呟いたエルヴィスだったが、大きな溜息を一つ吐いた後にそれを一息で飲み干す。


「残念、夕食も食べていきなよって言おうと思ったのに」

「そうしたいところだが、今夜は既に夕食を頼んでいるんだ。新入生の入学に向けて、教師にはやることが山積みなもので」

「ふうん、それじゃあ夕食はサンドウィッチってところかな」

「名推理だ」


 椅子から立ち上がったエルヴィスに続いて伊織も腰を上げ、二人揃って店の出入口へと向かう。一人は帰宅のため、一人は見送りのためだ。


「用事は済んだが、また来る理由が出来た。話に夢中になって商品を碌に見れていないから、次に訪れる時はそちらに集中するとしよう」

「どうかな、また俺とのお喋りに夢中になると思うよ」

「大した自信だ。だが、否定は出来ない。……さて、そろそろ本格的に戻らねばな。それでは、友よ」

「ああ、またね、友よ」


 そんな臭い挨拶をして、伊織は去って行くエルヴィスの背中を見送る。


 暫くしてその背が視界から消えると、店の扉はぱたん、と閉じられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ