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4.開店準備・2

 雑貨屋リコリスの店内は、非常にシンプルだ。


 パッと見て、まず並べてある品数が非常に少いことに気がつくだろう。


 何せ店の壁に設置されている商品棚には、ある程度の隙間を開けて二段分の商品が並べられているに過ぎない。その分、別の手段で商品を見ることが出来るのだ。


 店に入ってすぐ、左手側に商品検索及び閲覧用の片手サイズのタブレットが十台、充電器に刺さって立ててある。


 そこから一台を手に取り、革手袋に包まれた指先で画面に触れたグウィンの目は、段々と丸く見開かれて行く。


「これは……かなりの品数ですね。手袋をしながら使えるのも良い。使い方が入ってすぐのところにある壁に貼ってありますし、何よりタブレット内でもガイドがあるから使いやすいです」


 スクロールをし、手を止め、また下から上に動かす。ジャンルや特定ワードでも検索が出来るようにしているため、さほど使い勝手は悪くないはずだ。


 商品の中から一つ気になるものを見つけたのだろう、水平になった画面の上にプラチナを主体に金をふんだんに使用した豪華なオルゴールのホログラムが投影される。


 それは二百年ほど前に伊織が制作したもの。収録されているのは当時気に入っていたしっとりとした柔らかな曲調のものが一曲。入れ替えは伊織にしか出来ない仕様だ。


「それが気になる?」

「とても美しかったので、非常に目を惹きました。……おや、成程。ここに触れると実物と同じ重さと手触りを体験出来る、と。凄い術式ですね」

「継続時間は三十秒ほどだから、じっくり見るには適さないけどね。ホログラムでよく見て、その後に実際持った時の体験をして貰うって感じかな」

「充分過ぎます。これがあれば商品を全て並べておく必要がない、画期的ですねえ」


 そう感心しながらグウィンが画面をタップしてからオルゴールのホログラムに触れると、それは確かに彼の手の中へ実物に近いものとして収まった。


 細部の装飾まで全て本物と同じ手触りと重みがあり、蓋を開けば曲も流れる。しかしそれも三十秒という制限の中でのこと。それが過ぎれば曲は消え、オルゴールもただのホログラムへと戻った。


 その体験も含めて気に入ったのだろうか、満足そうな顔でタブレットを操作し購入のボタンをタップしたグウィンが取り置き状態になっていると文字表示されているタブレットを持ってレジにやって来る。


「お買い上げどうも、決済方法はどうする? これが一覧な」


 レジ横、客側の壁に貼っておいた決済方法一覧を指で示すと、グウィンは迷いなくスマートフォンを取り出して画面操作をし、二次元バーコードを表示させた。


「決済はこれでお願いします」

「はあい。それじゃ、その画面をここに翳して……そう、ん。完了。それじゃ、これを持って行って」

「これは……?」


 決済完了後商品ではなく一枚のカードを差し出すと、グウィンは首を傾げた。


 そのカードには商品の写真と購入年月日、管理番号が記されており、これは商品を運ぶための箱のようなものでもある。


「自分の部屋に戻ってから、もしくは落ち着ける場所でこのカードに魔力を少し通すと、買った商品に変わるんだ。もしくはこの店から出て五時間経つと勝手にね。カードは残るけど、破棄しても大丈夫。入れ物としての機能は消えるから、再利用は出来ない」

「持ち帰りの際に嵩張らなくて良いですね。カードも手に収まるくらいですし、大量に購入しても運ぶのが楽だ」

「そうだろう。このカードは商品を入れてから、俺以外で最初に触れた人物にしか開けないようになっている。贈答品用のカードはまた別だが、安全性もバッチリ」


 そう言って得意そうに双眸を細める伊織に、グウィンは頷きながらもその意識はカードに向けられているようで、学園の長である彼もまた魔術の研究を好んでいるのだろうことが察せられた。


 きっとカードの仕組みについての仮説を頭の中で並べ立てているのだろう、勉強熱心で良いことだと思う。


 だがここで立ったまま熟考に入りそうになっているのは宜しくないだろう、伊織とて最初の客であるグウィンをもてなすことくらい出来るのだ。


 物質転移魔術で二人用の白い丸テーブルと客用の椅子を呼び出し、「まあ座ってよ、お茶くらい出すからさ」と声をかければはっとした様子のグウィンが少しだけ恥ずかしそうに咳払いをしてからそこへ腰を下ろす。


 伊織にとってはお茶の用意も魔術を用いてするものであるので、指先を軽く振るとひとりでにレジ奥の棚からティーセットと紅茶の茶葉が出て来て、お湯はティーポットに施された魔術が勝手に中を満たし、ティーカップも適温に温められる。


 蒸らし時間の管理も注ぎも全てティーセットが行ってくれるので、伊織たちはそれが完成するのを待つばかりだ。


「失礼しました、知らない魔術を見るとつい夢中になってしまいまして……悪い癖だとは自覚しているのですが、中々止められず」

「良いよいいよ、珍しかったんだろ? 俺も俺以外で使ってるやつ見ないしさ。さて、我が雑貨屋リコリスのお客様第一号である学園長、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます、イオリさん。……! 凄い、これほど良い香りを嗅いだことがありません」

「俺のとっておきだ。二百年に一度しか茶葉を収穫出来ない茶の木の紅茶でさ、あっさりと甘くて渋みも酸味もない、香りも爽やかに甘い極上の逸品。美味いから飲んでみてくれ」

「ええ……、……! 本当に美味しいです。はあ、今まで飲んでいた紅茶に戻れなくなったらどうしてくれるんですか」

「はは、この茶葉もうちで取り扱うから、気に入ったらご購入よろしく。ま、値段は相応にさせてもらうが」

「そうでしょうねえ……これだけの味ですから。イオリさん、入荷したら是非ご連絡を」

「お、そんなに気に入った? 勿論、即日連絡に取り置きもしておく」


 ティーセットが理想の淹れ方をしてくれた、珍しい上に極上の逸品である紅茶を楽しみながら、二人の会話は弾む。


「それにしても、店頭に並べている商品が少ないですから、生徒たちも最初は戸惑うかもしれませんね」

「そうかもね。まあ若い子ならすぐ慣れてくれるでしょう。それに、この店は大きく売上を稼ぎたいわけじゃないんだ。ちょっと気になったから立ち寄って、タブレットから商品を覗いて、それで満足して帰ってくれても良い」

「おや、そうなんですか?」

「見て貰ったから分かるだろうけど、扱っている商品は安いわけじゃないからな、学生だと手を出すのに躊躇う値段帯だ。けど、これでも安いものを中心に出しているんだよ」


 伊織のハンドメイド作品でもある商品たちは、その素材から自分で調達しているがためにある程度値段を抑えることが出来ている。


 その中でもまだ学生が買いやすいだろう値段のものや、少々赤字になるものまで置くようにしているのだ。


 最も、店の商品棚に並べてあるものは雑貨屋リコリスで扱っているものの中では比較的高価であり、見た目も良いものを選んでいるので、それに怖気付かずにタブレットまで手を伸ばして貰わなければならないというところはあるが。


「成程、学園としても有難いことです」


 納得したと頷くグウィンと、それからはお互いについての話だったり、学園についてだったり、二人は日が暮れるまで楽しく語り合った。


 開店は明日、そのスタートダッシュとしてグウィンという良い客に恵まれたのだから、きっとこの店は上手くいくことだろう。

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