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2.その島は誰のものか・2

 沈痛な面持ちのグウィンに、唇へ少しの苦笑を浮かべつつ伊織(いおり)は口を開く。


「その様子だと、そちらも譲れないという意見で纏まったのかな」

「……はい。我ら魔術都市クロウコットも正式な手順で国からこの島を譲り受けておりますので。ただ、その国についてがややこしいことになっていまして……このまま説明に入っても宜しいでしょうか?」

「勿論、願ったり叶ったりだ」

「ありがとうございます。まず、貴殿が島を譲り受けた時にそれを有していた霜露(そうろ)の国は八百年前に滅びました。そして、新たな国が誕生したんです。そしてまた滅び、興ったのが露華(ろか)の国。現在まで続いている国家ですね。それでですね、……その興りと滅びの間で貴殿へこの島を譲渡したという書類を紛失し、継がれなかったことでここは百年前まで露華の国の領土とされておりまして、それを我が学園が交渉を重ねて譲渡を受け、今に至る——というのが現在までの流れとなります」


 少々申し訳なさそうなグウィンの話を聞いた伊織は、また深く溜息を吐いた。


 戦乱の最中に書類の紛失をしてしまうことはあるだろう、だがよりにもよって国土に関するものを失った上に口伝すらもしないとは一体何事だろうか。


 あの時伊織が会った国王はまともな人物であったのだが、その後継が悪かったのか、それとも側近の質が下がったのか、滅ぼした側の者たちの教養不足か。


 何れにせよ、伊織からすれば迷惑極まりないことだ。


 そして、グウィンは更に言葉を重ねる。こうなってしまった以上、双方に納得が行く結論を出すしかないのだ。


 彼の行為は魔術都市クロウコットを守るための行いであるので、そのことに伊織が不快感を示すことはない。


「いくら現在の国家から譲り受けたとはいえ、そもそもその露華の国が持っていなかった領土のこと。つまり、露華の国は他人の領土を我らに売り渡したということになり、その契約は無効となるのです。すでに貴殿という正当な持ち主がいるのですから。なので、我々は今露華の国に賠償金の請求を行っている——いえ、これはこちらの事情ですね、失礼」

「要するにこの島は俺のものって見解か。それで、まだ話には続きがあるのだろう?」

「お見通しでしたか。ええ、図々しい願いとは分かっておりますが、貴殿に願いたいことがあるのです。」


 そう言って場の空気を少しでも軽くしようとしたのだろう、肩を竦める仕草をしたグウィンは、しかしすぐさま真っ直ぐに伊織を見つめ、そして深く深く頭を下げた。


「今、この島には沢山の児童、生徒が魔術を学んでいます。貴殿からすれば己が不在の間に勝手に行われたこと、お怒りを受けるも覚悟の上……ですが、恥を忍んでお願い申し上げます。この島を、我々クロウコット一族にお譲り頂けないでしょうか。対価は如何様にも、必ずお支払い致します!」

「……」


 理事長兼学園長と名乗った男は、真摯に、必死に、伊織へ頭を下げる。彼がこの学園を大切に思っていることは痛いほどに伝わって来ているが、それでも伊織にもこの島を譲れない理由がある。


「幾ら積まれても、この島の権利書を譲渡したりしない」

「……」

「でも。そうだな、土地の年間使用料でも払ってくれればこのまま運営を続けて良いし、急に出て行けなんて言わないよ。あ、それと一箇所立ち入り禁止の場所を設けても貰うけど」

「……! はい、はい! 勿論です、お支払いも立ち入り禁止についても飲みましょう。それで学徒たちに学びの場を提供し続けることが出来るのならば」


 譲渡しない、と断言した時には唇を一文字にしたグウィンだが、その後に続いた言葉に頭を勢い良く上げ、力強い頷きを返す。


 彼にとってそれほど重大な、守るべき場所であるのだろう。


 伊織にとって後々立ち入り禁止に指定する場所さえ荒らされなければ、他の大部分をどのように扱おうとあまり気にすることではなかった。


 それに、平穏だが生き物の気配のなかった曙光の島に子供たちの元気な声が響くというのも悪くはない。


「それじゃ、契約内容を詰めようか。精霊に対する宣誓で良い?」

「はい、勿論です。まずは口頭で軽く、こちらからの要望を。現行の建物をそのまま使わせて頂きたいのと、この島への自由な出入りの許可を頂きたいのです。子供たちのご家族がいらっしゃることもありますし、学園の内部を一般公開する日もありますので」

「良いよ。俺からの要望は、さっきも言ったけど立ち入り禁止に指定した場所へ入らないこと。俺の住居はあのまま使うこと。土地の年間使用料を払うこと。ま、この年間使用料については少額で充分だから安心して。設備投資やら何やらでお金、かかるでしょ」

「それは……、ええ、お気遣いありがとうございます」

「この土地に建っている建物の賃料とか税があるならそれもか、それらは全て学園が受け取って良い。更に建物を増やしたり、減らしたり、お祭りごととかそういったものにも制限を設けないよ。要するに、先に告げたこと以外は今まで通りで良いってこと」

「そ、それは……あまりにも学園に対して都合が良過ぎませんか?」

「いーのいーの。これで合意で良い? 良いなら契約書作るけど」

「ええ……はい、その条件でお願いします。本当に、何とお礼を言ったら良いか」


 そう言って言葉に詰まるグウィンに、良い学園長だなと思う。それだけこの学園と、生徒たちのことを思っているのだろう。


 これから伊織と魔術都市クロウコットの間で結ぶ契約、精霊に対する宣誓とは、その名の通り精霊に対して絶対遵守の宣誓をし、破ればその魂ごと霊子として精霊へと取り込まれるという、非常に強い契約だ。


 その代わり契約書は精霊の力で護られることとなり、書き換えも破棄も出来ない代物となる。


「この内容なら地の精霊への宣誓にしようか。んー……、こう。で、こうして、と。はい、確認して」

「精霊を喚ぶ印も描けるのですか……。はい、確認しました。こちらの内容で問題ありません」


 地の精霊に向けて呼びかけるための印を魔力を纏った指先で描き、紙に押し付けることで定着させる。


 それからグウィンへと差し出すと、彼はしっかりと内容を確認し、問題がないと頷いてから懐より万年筆を取り出した。


 しかしペン先が紙に触れてもインクが出ることはなく、代わりに滑った跡は淡く銀に輝いて彼の名を示す。契約に用いる、己の魔力をインクとする万年筆だろう。


 伊織も同じように手元へ黒く艶やかなガラスで出来たガラスペンを呼び出すと、己の名を書き記した。


 ガラスペンの先が紙面から離れた次の瞬間、契約書に書かれた文字が光を放ち、やがて収束すると一枚であった紙が二枚に増えていた。


 否、そのどちらもが写しであり、原本は精霊——この場合、地の精霊の元にある。


「契約書完了。あ、そうだ。俺もこの島でお店って開ける?」

「ええ、それは勿論。どんな店を開く予定なんですか?」


 手元のペンと契約書の写しを家に転移魔術で送った伊織が、紅茶に再び口をつけた後に言う。


「雑貨屋みたいな感じ。本から様々な素材、食品に魔道具、呪具。何でも取り扱うよ」

「……成程。でしたら、学園の購買部はいかがでしょう? うちの購買部はあくまで最低限の筆記用具、山ほどの教科書類や参考書と食品類を安く扱っているだけでして。生徒たちからもっと色々なものを置いて欲しいと長らく要望が出ていましてね」

「ふうん、確かにそれなら俺の出す店と競合しないかもな。筆記用具を安く買いたい、教科書や参考書が欲しい、食べ物を買うってんならそっちに行って、それ以外のものが欲しければ俺の店。うん、中々良いかも」


 学園都市の発展具合から見て街中に店を出しても良いが、そうなると土地の確保が必要となる。


 内部は魔術で拡張するつもりではあるが、要らぬ恨みを買わぬように周辺の店舗との商品の兼ね合いを考えたりしなければならないと思えば、来客が学生ばかりとなるものの悪い話ではなかった。


 それならば伊織の家の一階を店舗に改築して、二階に住めば良い。土地のあれそれも考える必要なく、売上に対しての税を納めれば済む話だ。


「その話、受けさせて貰うよ。俺の家残ってるし、そこの一階を店舗にするからさ」

「分かりました。では、学園側からそちらへの道も敷いておきます。必要資格をお持ちかの確認も後々させて頂きますので。ところで、お店の名前は?」

「うーん、そうだな……雑貨屋リコリス。どうぞご贔屓に、学園長」


 紅茶が半分ほどまで減ったカップを手に持ったまま、目を少しだけ細めて伊織は微笑んだ。

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