(前編)
「よーく見ていてね」
この男性は手品師だ。
今日は幼稚園に来ている。
これから手品をするのだ。
小さな子どもたちはみんな、テーブルの上を、じっと見つめている。
これから何をするんだろう。
テーブルの上には、三つのコップがあった。プラスチックでできた黄色いコップだ。どのコップも口を下にして置いてある。
そんな三つのコップが横一列に並んでいた。その隣には、スポンジでできた赤いボールもある。
「このボールを、このコップに『かくれんぼ』させるよ」
男性はコップの一つを持つと、赤いボールにかぶせる。
「今ボールがあるのは、このコップの中だ」
コップの底を指でたたいて、子どもたちに強調する。
「よーく見ていてね」
そう言うと男性は、三つのコップを動かし始めた。テーブルの上をすべらせていく。
まずは右のコップを真ん中に。次は左のコップを一番右に。
最初はゆっくりと動かしていたのに、どんどんとスピードを上げていく。
子どもたちはがんばって目で追いかけた。
どのコップの中に、赤いボールはあるのか。
男性がようやく手を止める。
子どもたちの多くがホッとした。
どのコップの中に、赤いボールはあるのか。
ほとんどの視線が、真ん中のコップに集まっている。
「さあて、答え合わせだ」
男性がテーブルの上で、右のコップをうしろに倒した。
コップの中にボールはない。
次に左のコップだ。ここにもボールはない。
最後に真ん中のコップを開けると、そこにあった。赤いボールだ。
「当てることができた子はおめでとう」
男性が笑顔で拍手をする。
当然という顔をしながらも、どこか照れくさそうな子どもたち。
一方で、当てることができなかった子どもたちは、「次は当てよう」と考えていた。
「もう一回やって」
子どもたちからの声に、男性は「いいよ」とうなずく。
「ただし、これが最後の一回だ」
子どもたちは緊張する。
これが最後だ。次はない。
だったら、絶対に当てないと。