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呪いじゃなくて祝福です

作者: もよん

 


「どーして、毎回こうなるのよぉー」


 ティナが帰宅して、数時間は経った。しかし、ティナはいまだに花束を手に持ったまま、悲しげな声を漏らしている。

 仕事を求め、故郷より栄えているこの街にティナが越してきて3年。1人暮らしをし、花屋に勤め、仕事が板についてきた頃だ。知り合いも友人も増え、充実した日を過ごしている。しかし、21歳という年頃にも関わらず、生まれてこのかた、ティナの恋愛は上手くいったことがない。


「ま、今回も仕方ないわね」


 気持ちを切り替えると決めてからの、ティナの行動は早かった。持っていた花束をほどき、花瓶に活け、微調整をすると、満足気に頷いた。その時には、失恋の痛みは薄まり始めていた。



--------------


「ティナちゃん、おはよぉー! 昨日はどうだった? うまくいった?」


 ティナが働いている花屋の店主ヴィーノ。

 30歳過ぎになるはずだが、常に元気で明るい彼女は、年齢よりも若々しい。


「ヴィーノさんー、それがぁ………。告白しに行ったら、彼、ちょうど他の子に告白されてて。それで、その子と付き合うことになったみたいで、ハハハッ………。お花選ぶの付き合ってくださったのに、すみません………」


 気まずそうに言うティナに、思わずヴィーノも顔が引きつった。


「そ、そんなこともあるのねぇー………。彼も付き合ってる人いなかったし、今回はうまくいくと思ったのに」


「ですよね! でも、もう別の相手ができたなら仕方ないです。また良い人と出会えるように、気長にいます」 


 スッキリとした表情のティナに、ヴィーノは安堵しつつ、心の中で小首をかしげた。


(いくらなんでも、変に偶然が続きすぎてないかしら)


 ヴィーノから見て、ティナは年相応の可愛らしい子だ。サッパリとした性格で、付き合いやすい人柄。見た目も、常にキュッと上がった口角に、血色のいい頬が魅力的だ。


(ティナちゃんの年齢も合わせると、男性陣が放っておくはずないんだけど、変ねぇ)


 ヴィーノが知っているだけでも数回、ティナが恋した相手は、その時は誰とも付き合っていなくても、いつの間にか新しい恋人と結ばれているのだ。


「ティナちゃん………、もしかして呪われてたり………しない?」


「え? ど、どうしてですか?」 


「あなたに良い人ができそうになると、不自然なことが続いてる気がして………」


「たっ、確かに………。こんなこともあると思ってたんですけど………。やっぱりおかしすぎるかも??」 


「そうねぇー。ちょっと心配ね………。あ、気休めに、お祓い行ってみたら? この街にも数件だけど、まじない専門のお店あるんだし」


 まじない専門と言うのは、未来を占ったり、願い事を叶えるため祈ってくれたり、悪いものを払ってくれるなど、目に見えない事柄を請け負ってくれるお店だ。しかし、見えないものだからこそ、効果は不確かだ。本格的に祓うのならば、教会に行った方がいい。


「そうですねぇー、とりあえず、まじない店の方に1度行ってみようかな」


 そうこう話している間に、開店時間になった。



----------------


(昨日のあの話、何だったのかしら………)


 ティナは昨日、花屋の仕事が休みだったので、さっそくまじない店を訪れたのだ。まじない店の主曰く、『呪われてはいない』らしい。しかし、何かしらの力が働いているのは確かで、それは祝福に似ているそうだ。


(祝福ねぇー。でも、失恋する祝福なんて嬉しくないし………。やっぱり、単にデタラメ言われたのかなぁ)


 昨日から、ついついティナはこのことについて考えてしまうのだった。

 花屋に着き、いつも通り仕事をこなし、夕方の時刻に差し掛かった頃。


「お店落ち着いてきたし、お隣に届け物してきてもいいかしら?」


「はい、大丈夫です」 


 それじゃあと、ヴィーノが手に封筒を持って、店を出ようとした時


「あっ、もし、私にお客さんが訪ねてきたら、お店の奥のテーブルに案内して、お待ちしてもらって」


「分かりました。行ってらっしゃーい」


 ヴィーノが店を出て数分後、店先で影が揺れたので、ティナはそちらへ顔を向けた。


「いらっしゃいませ!」


 店先には若い男が立っていた。

 ジャケットの裾が長い、スリーピーススーツに、ピカピカの革靴。


(お付きの人は………いなさそう? ってことは、貴族の方ではないわね。でも、それに近いくらい立派な身なりだわ)


 少し珍しいタイプのお客さんだと思いながら、ティナは男の要望を聞こうと、近くに移動した。


「こんにちは。どのような花をお探しですか?」


「………」


「どなたかへのプレゼントですか?」


「………」


 何も答えない男。

 男の容姿は整っていた。少し厳しそうな顔つきだが、凛々しい眉と目。引き締められた口元。街なかにいれば見惚れるほどの男だろう。だが、いまのティナにとっては、無表情の綺麗な顔は、恐怖を高める要素でしかなかった。

 男は何も答えないけれど、恐ろしいほど食い入るように、ティナを凝視している。

 これは近くの店に逃げ込んだほうがいいかと、ティナが足に力を入れたとき。


「いた。運命の人」


 男がはっきりとそう言った。


「結婚は? いつにする?」


 先程と変わらず、なんの感情も読み取れない表情で、とんでもないことを言う男に、ティナは男が危険人物であると確信した。  

 自分を守らなければと、ティナの足は自然と後ずさっていた。


「どうした?」

「ちょっ、ちょっと!! 近寄らないでください!!」

「? なぜだ? なん」

「こっちに来ないで!!」


 ジリジリと男とティナが、互いの距離を測っていたとき


「な、なに!? 声が聞こえだけど、何があった………の?」


 ヴィーノが走り込みながら、店に帰ってきた。

 しかし、ティナと男の姿を見ると徐々に声が小さくなった。ヴィーノは、男とティナの顔を見比べ、胸元で拳を握り、震えているティナの肩に手を置いた。


「ティナちゃん、店の奥に行こっか。アルトさんはここで待っててくださいね」


 ヴィーノはティナを店の奥の椅子に座らせて、一旦店を閉めてくると言い、離れたが、すぐ戻ってきた。そして、ティナの話を聞き、慰めた。


「怖かったわね。彼が………話してた私のお客さんなの。彼の家が植物研究をしてて、生花栽培を生業にしてる実家と昔から繋がりがあるの。協力して、新しく作った花もあって。今日は実際にお店の花を見てもらいながら、新しい花の構想を練ろうと思ってたんだけど………。うーん………、ちょっと彼の様子も見てくるわ。ティナちゃん、待っててもらえる?」


「はい」


 ヴィーノが帰ってきて、話を聞いてくれたおかげで、ティナの恐怖心はほとんど収まっていった。

 店先から、ヴィーノと男の話し声が聞こえてくる。流石に遠くて、内容まではティナには聞き取れなかった。数分後、ヴィーノがティナのところに戻ってきた。


「ティナちゃん、さっきの彼………アルトさんって言うんだけど、彼が弁明したいんですって。どうする? 私は彼の説明を聞いて、何となく理解したんだけど。でも、信じ難いことだから………」


「? よく分からないですが、ヴィーノさんも一緒にいてくださるなら、話を聞いても………大丈夫です」


 そして、丸テーブルを挟んで3人で席についた。アルトは席についてからも、ティナを先程のように凝視している。


「アルトさん、そんなにじーっと見られると、気分良くないと思いますよ」

「ヴィーノさん、愛する者同士は見つめ合うものなのでは?」 


「ティナちゃんが必死に目を逸らしてるでしょう? まだ、愛する者同士と名乗るのには、早すぎです。さ、まずは見つめるんじゃなくて、説明することに集中してください!」


 ヴィーノに窘められ、渋々といった様子でアルトは了承した。


「私はアルト・プランテ。この間、20歳になった。家は代々、植物研究を生業にしていて、私も植物研究者だ。我が家は代々、自分の運命の相手が分かる様になっていて、私の相手は君だ」


「はい?」


 いきなり、見合いの定型文のようなセリフからの、ファンタジー発言をするアルトに、自然とティナの眉が潜められていた。


「その昔、私の先祖が妖精を助けた。そのお礼に、我が家に生まれた者は、運命の相手が分かる様に祝福をくれたのだ」


 ティナは信じられないものをみるように、アルトを見た。しかし、アルトの顔色は何も変わらず、堂々としたものだ。驚いた気持ちの共感を求め、ティナは勢いよくヴィーノを見た。


「………この街に昔から住んでいなければ、驚くわよねぇー。私もアルトさんのお父さんから、なんとなく聞いていたけれど。まさか相手がティナちゃんだったなんて」


 ヴィーノの説明によると、この街には妖精がいたという伝説が残っているそうだ。そして、とても珍しいが、今も妖精による影響の名残がちらほら、あるらしい。


「そ、それじゃあ、もし、それが本当だとすると、私の恋が今まで叶わなかったのは………」

「私と結ばれるんだから、私以外と結ばれる訳がないだろ」

「私の好きになった相手に、いきなり別の良い人が現れるのって………」

「私以外と結ばれないための、連動的な動きだろうか………。それより、なぜ私以外に恋をしてるんだ! いや、私に出会ったんだから、もう本当の恋心が分かっただろう?」


 恋心ではなく、恋がうまくいかなかった要因が分かり、ティナの怒りが高まった。


「あなたに感じてるのは怒りだけです!! まったく、ときめいてないんですよ、あなたに!! 幼馴染のサムに、年上で憧れたアランさん、常連のダンさん………。いままで、恋をしてもタイミングが悪いと諦めてきたけど………。そうじゃなかったなんて………。こんなの呪いじゃないですか!!」


「呪いじゃない、祝福だ! どちらにしても、私以外と結ばれないんだから、過去のそんな奴ら忘れてしまえ」


「いやぁーーーー!!! こんな偉そうで、無愛想な人いやーーー!!」


 ティナの不満が爆発したところで、ヴィーノが2人の間に入り、その日はお開きになった。





---------------


「ティナ、来たぞ」


「お帰りくださーい」


 あれから、毎日のようにアルトは花屋を訪れるようになった。


「あら、アルトさん、今日もいらっしゃい。すぐ行きますから、奥で待っててください」


「こんにちは、ヴィーノさん。分かりました。ティナ、今日はアルトさんと花について話すから、待っててくれ。家まで送るから」


「結構ですー。時間になったらお店閉めて帰るので、送ってもらわなくて平気です」


「またそんなこと言って」


「またそんなこと言わしてるんですよ、アルトさんが。毎日お店に来るのも、家まで送るって申し出も断ってるじゃないですか。諦めてください」


「無理だな。君が私の運命の人だから」

 

「………どうぞ、早く店の奥に行ってください」


 アルトもティナも、やれやれ本当に仕方ないなと言わんばかりの顔である。

 こうして2人の関係は全く進んでいなかった。



--------------


(今日もティナに断られたな………)


 屋敷に帰ったアルトは、今日も少し落ち込んでいた。


「お帰りなさいませ、アルト様。お父様がお戻りになっておりますよ」


 執事がアルトの上着を預かりながら、そう教えてくれたので、アルトは早速、父の書斎を訪ねた。


「父さん、失礼します」


 書斎の書き物机で、本を読んでいたアルトの父が視線を上げた。


「やぁ、ただいま。留守をありがとう、アルト」

「いえ、べつに。それより」

「今回の発表会の資料だろ? それなら、そこの鞄に入っているから、好きに見て良いぞ」

「いえ、そうじゃないんです」


 いつもであれば、真っ先に植物発表会について聞いてくる筈のアルト。父は何かあったと、察しを付けた。2人は向かい合う形でソファに座り、父はアルトの話を聞いた。


「そうか、そうか。まずは、運命の相手と出会えたんだ。おめでとう、アルト。それで、その子とうまく行ってないって?」


「はい。私はすぐに彼女………ティナを見て、運命の人だと分かり、それを本人に伝えたのですが。どうもあまり、彼女に好かれていないようなんです。運命の人なのに、惹かれないなんて、そんなことあるんですか?」


 疑うような顔つきで、アルトは父に尋ねた。


「そりゃあるよ。父さんも母さんと出会ってすぐ、運命の人だと分かったが、恋を確信したのは数度デートしたあとだ」


「すぐ惹かれ合わなかったんですか!? 私なんて、ティナをひと目見た瞬間から、心臓が痛いほど高鳴って、目が離せなくなったのにっ! 彼女の方もそうだと思って、すぐ結婚の日取りを決めようとして………。そうか、じゃあ、ティナは本当に私のように想ってはいないのか………」


 感情の起伏が分かりづらいアルトが、今は目に見えて落ち込んでいる。珍しい光景に、悪いなと思いながら、父は笑いが抑えられなかった。


「ハハッ! そうか、そうか。お前は植物研究をしている時くらい、情熱的にティナさんを愛してるようだな。何より、何より」


「父さん………、面白がらないでください。はぁ………、どうせ惹かれ合う運命(さだめ)なのだから、私のように直ぐに恋に落ちればいいのに」


 アルトが恨みがましい瞳を父に向けながら、ため息を吐く。


「それは………、とても欲張りだな。私達は運命の相手が分かる。それだけで、とても恵まれすぎてると思わないか? 自分が最も愛し、愛してもらえる相手が分かるんだから、振り向いてもらう努力くらいしなさい。運命の相手だからと誠意なく、胡座をかいていると、結ばれるものも結ばれないよ」


「え?」


「何代か前にね、運命の相手なのだから、勝手に上手く行くだろうと考えた先祖がいた。特段好きでもないのに、運命の人だからと彼は嫌がる彼女を、嫁がせた。傲慢な彼を、彼女は結婚後も許さなかった。にも関わらず、結婚してから彼の方は、彼女に酷く惹かれていった。悔やんで後悔して、謝罪と愛を伝えても、関係が良好になるまでに10年近い年月がかかったとか」


「そんな………」


「だから私は、例え運命の相手だとしても、誠意を欠くと、結ばれない、心が通じ合わない未来もある気がするんだ」


「それは、嫌です………」


「私もだ。でも、お前はちゃんと自分の恋心を自覚している。あとは、相手への伝え方次第だと思うよ」


「はい………」


 自信なさげにアルトは答えた。

 表情が乏しく、言葉足らずのアルトがティナに思いを伝えるのは、少々難しいだろうと父は察していた。


「だから、1つ試してもらいたいことがある。けれど約束してくれ。お前の気持ちを素直に言葉にすること。いつも以上に丁寧に。言わなくても分かるだろうなんて、慢心は捨てるんだ。いいね?」


「はい。やってみます! 教えてください」




-----------


「やぁ、ティナ」

「あれ? アルトさん、今日は早くないですか?」


 ティナは首を傾げた。いつもであれば、ティナを家に送ると言って店が閉まる夕方近くに来るのが常であった。しかし今日はまだ、昼前である。


「今日は………、ティナを誘いに来たんだ。デート………と、呼べるかは分からないけれど」


「さそ………デート………?」


 運命の人や、結婚などと、初対面で言っておきながら、その後アルトが起こした行動といえば、ティナを家に送ると申し出るだけであった。しかも、ティナが断るのでそれも、ほんの数回しか達せられることはなかった。


「我が家に来てほしいんだ」


「無理です」


 ティナはいつも通り………、いつも以上の早さで断った。今日はこれまでと違う様子のアルトに、一瞬ドキリとしたティナだが、アルトのその発言で心の中が一気に冷めた。

 初日の運命や結婚と言った、色んな段階をすっ飛ばしすぎる発言が、ティナには信じられなかった。


「なぜだ………」


「どうして、あなたの家に行くのは了承すると思ったんですか。アルトさんは突拍子がなさすぎます。いきなり結婚とか、親と顔合わせとか。私の気持ちなんて全然どうでもいい」


「ま、待ってくれ! 確かに家に招きたいと言ったが、両親と顔合わせしたいからじゃないんだ。その………、私の家にある温室を案内したいんだ」


「温室?」


「ティナも花が好きだから。私が育てている花を見てもらいたくて。どうだろうか?」


 ティナの様子を伺うアルト。その瞳はとても不安そうだ。いつも分かりにくいアルトの感情が、その時は、ティナにも分かった気がした。


「まぁ、それなら………良いです」


 迷いつつ、ティナはアルトに答えた。しかし、どこかこっ恥ずかしく、アルトから目をそらしていた。


「そうか! 今日、店が閉まってから迎えに来てもいいだろうか?」


「え、えぇ」


 「それじゃあ、また迎えに来る」と、アルトが店を去った後も、ティナはしばらく、自身の右腕を左手で抱くようにおさえたまま、地面を見つめていた。

 ティナが了承した時のアルトの声色は、弾むように嬉しそうだった。その声だけで、ティナは赤面してしまった。だからティナには、アルトの方を向く勇気がなかった。そちら向いて、アルトの顔を見れば、ティナの心の中の変化に気づいてしまいそうだったから。



------------


「アルトさん、いらっしゃーい」


「こんにちは、ヴィーノさん」


「ティナちゃん、いま帰る支度してるから、もうすぐ来ると思うわ」

「分かりました」

「ついに、デートに誘えて良かったわねぇー。2人がなかなか進展しないから、やきもきしてたのよ」


 茶目っ気を含み笑うヴィーノに、アルトは苦笑いで返した。


「デート………みたいになればいいんですけど」

「頑張ってね! あ、ティナちゃんお疲れ様」

「お疲れ様です。アルトさん、お待たせしました」

「お疲れさま、ティナ。それじゃあ、行こうか」

「はい。ヴィーノさんお先に失礼します」


「また明日ねー!」



----------


 その後ティナは、大通りの端に停めてあったアルトの家の馬車に驚き、門からして立派な住宅が建て並んでいる地域に入ったときに汗が止まらず、アルトの家に着き、馬車から降りたあと家を下から見上げたとき、あまりの大きさに帰りたくなった。


(家が大きすぎて、端から端まで見えないわ………。あと、噂には聞いてたけど、家に噴水って作れるのね………)


 アルトの身なりからして、良い暮らしをしていると思っていたが、想像以上で、ティナは場違いな気がして居心地が良くなかった。


「ティナ、温室なんだが家の裏手にあって、少し歩くんだ。すまない」


「い、いいんです。馬車にお家に噴水に。もう驚かせてもらったから、それくらい何ともありません」


「そうか? それじゃあ、こっちだ。庭も我が家の自慢なんだ。そっちも少し案内しながら、温室に向かおう」


 夕暮れ時、日はもうだいぶ落ちかけていた。

 足元が暗くなり危ないと思ったのか、アルトは自然とティナの手を引いていた。

 あまりにも自然に手を握られたティナは、数秒後に手を握られていることを自覚し、アルトを意識して恥ずかしくなった。しかし、当の本人のアルトはまるで気にしていないようだ。嬉しそうに、今咲いている花、咲きそうな花たちの説明をしている。


(私ばかり、意識して………嫌になる。しかも、本人は庭の説明に夢中で………。これ、私の手を握ってることすら忘れてそうね)


 いつも無表情に話すアルトとは違う、初めて見るその表情はティナの心臓に酷く悪かった。


「さぁ、ここだ。入ってくれ」


 普通の民家よりも大きそうな半透明の建物。

 温室に入ると、温度調節されてるのか、中は外よりも暖かかった。


「すぐ、明かりをつけるな」


 パチッと音がしたあと、温室に明かりが灯った。今までぼんやりとした黒い塊にしか見えなかったものが、鮮明にティナの目に映った。


「すごい………」


まるで森を閉じ込めたかのように、緑に溢れた空間が広がっていた。


「こんな大きな木まで、育ててるんですね」


「一応、鉢に入ってる観葉植物たちなんだが、育ててる内にここまで大きくなってな。まだ大きくなるのか実験中だったりするんだ。他にも、あれとあれは、本来色が違うんだが、どうしてかあの色が生まれて観察中だし、あの花はここよりさらに南の国でしか咲かない花なんだが、いま試行錯誤しながら育てていて、やっと蕾がついたんだ!」


 先程の庭以上の熱量で饒舌に喋るアルトに思わず、ティナは本当に彼なのかと呆気にとられた。


「はっ………! すまない、喋りすぎだな………。もっと奥に行こう。花はそっちの方に多く置いてあるから」


 恥ずかしそうにアルトは口元を覆った。

 2人で温室の奥へと歩みを進める最中、先程とは違い沈黙があった。

 互いに意識し過ぎで、気まずい空気感が漂う中、アルトが意を決したように、ティナに質問した。


「ティ、ティナはどんな花が好きなんだ?」


「私は………、ピンク色の花が特に好きなんです。優しい色で、愛おしさが表れてる気がして。人にあげる時も、その気持ちが伝わりやすい気がしてついつい、選ぶことが多いんですよね」


 ティナが以前の告白で選んだ数本の花。メインの花はピンク色だった。恋を伝えるには、ベタかもしれないが、ピンクが良く似合っているとティナは思っていた。何よりピンクは穏やかで優しい気持ちにしてくれて、ティナのドギマギとする恋心を癒やしてくれた。

 

「そう………なのか」


 ティナの話を聞いたアルトは、複雑な気持ちになった。ティナの過去の恋心に触れた気がしたからだ。どういった気持ちで、どの花をティナは相手に選んだのか。

 そう思うとアルトは心臓が締め付けられるような息苦しさを覚えた。

 その時、並ぶ花たちが見え、アルトは気をそちらへ、逸らすことができた。


「わぁ、本当にたくさん」

 

「あぁ、まだ芽が出たばかりのやつもあるが、ここの辺りはきれいに咲いてるだろう?」


 足元に、棚に置かれた鉢たち。大きさも種類もバラバラの花がそこにあった。


「こんなに沢山の花………、ふふっ、うちの花屋より種類多いですね。植物園みたい」


 ここが個人の自宅であることを、思わず忘れそうにな光景にティナは笑ってしまった。


「ティナが………、笑ってくれた………」


 そう言われて、ティナはハッと両頬を手で抑えた。


「そ、そりゃあ、私だって笑いますよ! そんな珍しくもなんともありませんから、まじまじと見ないでください!!」


 アルトに、なんの気ない表情を指摘されたことに恥ずかしさが募り、ティナは照れ隠しに必死になった。


「すまない。でも、可愛い………、あと嬉しい………」


「かわっ!? うれっ!?」


 ほうっと、熱い息を吐くようにアルトからそう言われたティナは、のたうち回りたい衝動を必死で抑えた。

 温室に着いてから自然と離れていた2人の手は、今度はしっかりアルトに握られた。

 ティナに見せつけるかのように、胸の高さほど、視界に入る位置まであげられる。


「ティナ、こっちに来てくれ。

 ピンクの花ならこのあたりが見頃だから」


 ティナの手はアルトの胸元に引き寄せられ、必然的に互いの距離も近くなった。

 アルトが言ったようにそこには何種類もの花があった。中には見たこともない花もあり、思わずまじまじとティナは見入った。


「ガーベラにバラ…………。でも、うちのバラは白に近いピンクだから、ここまでハッキリとしたピンクは初めて見ました。わぁ、カラー! 白しか見たことなかった! ピンクもあったんですね! 初めて知った。すごく綺麗………」


 ティナは今まで見たことのない花に興奮して、花たちに見とれた。

 

「本当、綺麗に咲いてくれた。いつか、この花たちもこの国の人達に手に取ってもらいたい………。その時は、ティナのように綺麗だと思って欲しいな」


 話すアルトをティナが見上げた時、アルトは自然と笑っていた。ティナは先程、アルトに笑顔を見つめられて、必死に照れ隠しをした。だが今は、その時のことなどすっかり忘れたように、自身がアルトの笑顔に見惚れていた。

 ティナはアルトの顔を綺麗だと思っていた。同時に冷たい印象も受けていたのだが、今の表情にはその面影はない。ただ、花や植物を見つめる彼の、瞳、口、眉、頬。全てが喜びを表していた。そしてその顔に酷くティナは惹きつけられた。


 ティナは花をお客さんに手渡す時、いつも思っていた。自宅に飾られるであろう花には『心の安らぎになれますように』。プレゼントであろう花には『嬉しいと、喜んでもらえますように』。

 ティナが願いを込めるのと同様に、アルトも願いを込めて植物を育てていることを知り、ティナはアルトに親近感を感じた。

 アルトが『綺麗だと思ってほしい』そう願って育てている花たちだからだろうか。ティナには特別、綺麗に見えた。そして、その時アルトの心に触れられた気がしたティナは、更に彼を知りたいと思った。


「ティナ? ………、確かに、無言で見られてると照れるな」


 アルトにそう言われて、慌ててティナはアルトから顔をそらした。


「照れるけれど、私もティナの顔を見つめられるのだから、見てもらってても良かったんだが。そうだ、ティナ。君に花を送らせてくれ」

 

「え?」


「ティナはピンク色が好きだから、ピンク色の花だな。そう………だな。これがいい。ティナ、ナデシコは好きか? なんだか、ティナに似合う気がして。これで良ければ切ろうと思うんだが、どうだ………どうしたんだ!?」


 アルトが選んだのは、スプレー咲きの一重のピンク色のナデシコだった。バラやガーベラ、菊などに比べると小ぶりな花。それでも上に向かって咲くその花が、ティナは好きだった。

 以前告白しようとした時、ティナはアルトと同じ花を選んだ。ティナは自身が送られたかった花を、無意識に選んでいたのかもしれない。偶然だろうけれど、その偶然がどうしようもなく嬉しくてたまらず、ティナの瞳が潤んだ。


「あぁ、ごめんなさい………。嬉しくて。私その花好きなんです。その花がいいです!」


 アルトはすぐ、花を切り取るとティナへと手渡した。


「ありがとうございます。ふふっ、嬉しい。花を貰うことなんてなかったから」


 貰った花をそっと持ち、ティナは笑った。

 アルトはティナの瞳が潤んだ理由が浮かび、心が痛かった。


「ティナ………、きっと、私がいなければ、君は沢山の花を受け取っていたんだろうな。巻き込んでしまって、すまない。だが、これからは、私がティナに喜んでもらえる花を送るから。だから、けっ………んは、急ぎすぎてるから………。これからは、君に花を贈る唯一の男は私だけだと、許してくれ」


「唯一?」


「そう、君の唯一に私はなりたい」


「なんだか、今日のアルトさん、熱が高いですね。最初に会ったときは、運命の人ぽい奴見つけたから結婚しなくちゃな。みたいな感じで、全然、私に恋なんて気持ちないって思」


「そ、そんなことはないんだ! 私はティナに会ったときから、心臓は痛いほど高鳴っていたし、これからずっと君の隣にいれるんだと嬉しかった!! これが恋だと、好きなんだと、ティナに会うまで恋をしたことがなかった私は今まで知らなかったんだ。こんなに、息苦しくなるほど気持ちが溢れるのが恋なんて。初めて知ったんだ。私は初めて親愛ではない好きを知ったんだ………。勝手にティナも私と同じ気持ちだと思い込んで、暴走してしまってすまなかった」


 ティナはそっとアルトの頬に触れた。


「………、やっぱり。アルトさん、緊張するほど表情がなくなるみたい」


「そう………なのか? 昔から表情が薄いと言われてたから、それが私の普通の顔だと思っていた」


「緊張すると、特に表情がかたくなってる気がします。もしかして毎日、緊張しながら私を家に送るって言ってくれてたんですか?」


「そっ………そうだ………。結婚をティナに断わられて、先ずは家に送る仲になろうとした。でも、ティナとなかなか距離が縮められなくて、父に素直になって、温室に誘うようアドバイスを貰ったんだ」


「アルトさんが、温室ではリラックスできるってお父さん、知ってらっしゃったんですね。今日、自然体のアルトさんを知ることができて良かった」


「ティナ!!」


「じゃなかったら、私の中でアルトさんいつまでたっても、いけ好かない、毎日話しかけてくる迷惑な人でしたもん」


「………父がいなければその未来だったろうことが、容易に想像できてしまって傷つくから、そう言わないでくれ」


「ふふっ! 今まで確かに恋をしてきましたけど、実るのは私だって初めてなんです。だからどうも気持ちが浮ついちゃって」


「………実るのか?」


 つまりそれは、ティナがアルトの気持ちを受け入れてくれるということだろうかと、アルトの頭の中がその可能性でいっぱいになる。


「え? 実らないんですか?」


「そんなことない! 絶対実らせる、咲かせる!!」


 ティナの答え聞いて、可能性が間違ってないと分かったアルトは食い気味に力強く答えた。そのテンポの良さに、ティナは笑った。


「アルトさんは、花を育てるのが上手だからきっと咲かせますね」


「あぁ、絶対とびきり素晴らしい花を咲かせる」


「それは、それは、とても楽しみです。絶対綺麗だろうから、私も見たくなりました」


 ティナはアルトの右肩に寄りかかり、先程アルトから貰ったナデシコを見つめ、これからを馳せた。


--------


「こんにちは、アルトさん。今日もティナちゃんのお迎えいらっしゃい。ふふっ、付き合っても変わらずマメねぇ~」


「こんにちは、ヴィーノさん。ティナ、お疲れさま」


「あれ、アルトさん。今日は少し早いですね」


「そうなんだ。前から、新しい色を作りたかった花の蕾ができて、上手く行きそうなんだ。切りがよかったからあがってきた」


 自然とアルトはティナの手を握りながら答えた。


「ふふっ、良かったですね。とても嬉しそう」


 アルトの様子を見て、ティナまで嬉しくなり笑った。


「え? 嬉しそう? え?」

 

 ヴィーノがアルトの顔を見ながら、どのあたりが? と、ティナに不思議そうな顔をする。


「やっぱり、そう見えますよね」


 慣れているのかアルトは先程の無表情ではなく、今度はヴィーノでも分かる苦笑いを浮かべた。


「付き合うようになってから、アルトさんの顔の変化が分かるようになったんです」


「他の人にも変わらず無表情に見えてるみたいなんですが、ティナは違うみたいで」


「へぇー、そうだったの。でも、良かったわー。2人の距離近くなったけど、アルトさん相変わらず無表情に見えたから。アルトさんは表情が変わるほど、ティナちゃんはそれが分かるほど、お互いのことが好きなのね」


「「えっ!?」」


 いや、まぁと、恥ずかしがる表情まで似ている2人はヴィーノにはとてもお似合いに見えた。


(これは、結婚秒読みね。今から、ブーケ作るのが楽しみだわぁ)


 幸せそうな初々しい2人に、ヴィーノの顔が思わずにまにましてしまい、言わずにはいれなかった。



「おめでとう、2人とも!!!」




ー完ー



 

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