探偵は訳あり犯人とどう向き合うのか問題
謎。
それはミステリの中核であり、ファンタジー的話型で言えば、竜や魔王のような打ち倒されるべき敵です。
その存在は、作中世界に不安と混乱をもたらします。
難事件を解く探偵は、その敵を倒すいわば英雄に相当します。
事件解決という偉業によって、世界に秩序と平安を復活させる役割を持つのです。
京極夏彦の『京極堂シリーズ』は基本この構造ですよね。
訳の分からない事件が起きる。
皆が不安になるという雰囲気を怪異・妖怪の顕現と捉える。
そして謎を解くことを「憑き物落とし」として、皆の不安を払拭する。
問題解決。
個人の感想個人の感想。
でもまあ、そりゃ読者は探偵に好感を持ちますわな。
謎を解くことは、読者に強いカタルシスを与えます。いわば英雄が、竜とか魔王とか強い敵を倒すようなものですから、「英雄かっけー」となりますわな。
作者も探偵にいろんな個性を与えて人気を出して、作品を買ってもらおうとしますわな。
当然の流れです。
で、探偵の魅力を出すための個性です。
容姿、性格(性格より先に容姿を持ってきた自分よ)、年齢性別、社会的立場、人間関係などなど様々な要素がありますが、ほとんどはミステリに限らずとも設定が要求されるものです。
その中でも、個人的にミステリ独自のキャラ要素と考えているのが「事件、およびその関係者にどう向き合っているのか」。
つまり、捜査って関係者のプライバシーとかめっちゃ探るじゃないですか。
各人のつらい過去だのトラウマだのを掘り返した挙句に、全然事件に関係なくて、いや関係があったとしても、人の心に土足で踏み込んで気まずい思いをしそうじゃないですか。
あるいは、同情したくなる訳ありの犯人。どう考えてもお前の方が悪いやろという被害者。
そんな時、探偵は何を思いどう行動するのか。そこに読者は推せるかどうかを見るわけです。
え、私だけですか?
そんな探偵の心情をあれこれ考えます。
・サバイバル
クローズドサークルで連続殺人が起こっている真っ最中など。
次の殺人が起こるかもしれないので、関係者の気持ちに忖度している場合ではない状態。前回の「殺人事件巻き込まれ体質」の探偵がこうなりがち。
警察という第三者に丸投げできず、次の殺人を防ぐという動機があるので、なりふり構わず関係者のプライバシーを暴いても仕方がない流れです。
ただ基本的に一時的なものであり、犯人が特定できて皆の安全が確保されてからは、別の心情に移行します。
・法よりも自分の良心
訳ありの犯人、例えば復讐とか、殺さなければ自分が破滅させられていたとか、同情したくなる犯人っていますよね。そういう時に、犯人を見逃すタイプの探偵。
どう見逃すかとしては、誰か分からない外部犯の仕業ということにする、亡くなった人の犯行にするといった技を使用します。
エルキュール・ポアロとか金田一耕助とか、昔の名探偵にこのタイプが多い気がします。
ただ、見逃す見逃さないの線引きはどこなのかとか、法よりも個人の主観を優先することの危うさがあります。
だからか最近の作品ではあまり見ないような。
個人的にすげぇぇ……と思ったのが、ジョン・ディクスン・カーの創った探偵、予審判事アンリ・バンコラン。
悪い奴(犯人とは限らない)絶対許さないマンなのですが、『絞首台の謎』『髑髏城』などは、犯人とかトリックとか以上にバンコランの所業が非常にアレでした。
それは現役の司法の人間がやったらあかんやつやろ! 司法の人間でなくてもあかんけど!
興味のある方はお読みください(宣伝)。
・法に従います
自分の気持ちより遵法精神を優先するタイプ。
普通、刑事とか司法の人間はこれ。
バンコランどうかしてるわ〜。
個人の判断で、人を許す許さないという裁きを与えるべきではない。また、裁判を受けて罪を償うことが、ある種その人の救いである。そういう考えかと思われます。
訳あり犯人に対して同情がないわけではない。しかしそんな葛藤を、遵法精神で律して逮捕するストイックさ。
推せる。
・他にモチベーションがある
読んで字のごとく、何か強い動機があって探偵行為をしているタイプ。
シャーロック・ホームズは自分の優れた知性をフル活用できる謎を求めていますし、麻耶雄嵩の生んだ銘探偵(銘で合ってます)メルカトル鮎は報酬や名声が大事な人です。
魅力的な謎、金、名声はモチベとしてはメジャーです。特に謎。
他には有栖川有栖『火村英生シリーズ』の探偵である火村英生。
彼は「人を殺したいと思ったことがある」と何度か言っており、どういう心情かははっきり言いませんが(多分明かされることはない)殺人犯を狩らずにはいられません。
また笠井潔の『矢吹駆シリーズ』では、自らの現象学的哲学の実証として、本質直観を駆使して推理します。すいません自分が何言ってるか分かりません。
要するに自分の哲学のために謎を解くのであって、他人様には興味がありません。
このタイプの探偵たちは、遵法精神や事件関係者への共感の有無は様々です。
被害者にも犯人の事情にも、全く同情しない人もいます(麻耶雄嵩の作品に多い気がする。実際多くない?)し、同情はするが、それを超えるモチベによって犯人を告発したりしなかったりする人もいます。
この辺は探偵の性格とモチベと事件の真相次第。
・むしろ推理したくない
推理はできるがやりたくないタイプ。だいたい気が弱い。
古野まほろ『天帝シリーズ』の古野まほろ(作者と主人公の名前が同じやつ)、北山猛邦『名探偵音野順の事件簿シリーズ』の音野順など。
気が弱くないけど、中禅寺秋彦(京極夏彦『京極堂シリーズ』)もこのカテゴリかと。
関係者のプライバシーを暴くことや、自分の指摘によって、犯人や周囲の人生を変えてしまうことが嫌というのが主な理由です。真実ほど人を傷つけるものはない。
素人探偵なので、謎を解く義務もありません。
他の理由としては、皆の前で推理を披露するのは恥ずかしいなど。
ていうか、世間の名探偵は関係者一同を集めて推理を滔々と語れるのすごいよな。間違ってたらどうしようとか思わないんやろか。
探偵たるもの、推理力の次に強心臓たることが求められるのですね。
そんな推理したくない勢には、お節介で外交的な友人がつきものです。
この謎が解けるのは君だけだなどと説得する。
関係者に「この人は名探偵で、過去にも難事件を解決したことが」とアピールして推理せざるを得ない状況に持っていく。
そもそも、こういう役目のキャラがいないと話が始まらない。
外堀を埋められた探偵は、押し切られて嫌々謎を解く。以下繰り返し。
俺は目立たずひっそりとスローライフしたいのに周りが放っておいてくれなくて仕方ないからちょっとスキルを使ったら、あれ? 俺なんかやっちゃいました?
そういう構造が見えなくもない。
ちなみに私の現在のイチ推し探偵は小林泰三『密室・殺人』の四里川陣先生です。マイナーだなぁ。
傍若無人で、語り手である助手を振り回す変人探偵かと思いきや、めっちゃいい人! あるモチベーションのために探偵するタイプの方ですが、人の悪意を軽やかに受け流し、あるいは朗らかな口調を崩さず反撃する。かっけぇ。
私の推し情報とか需要ないけど、やっぱ探偵は魅力的であるに越したことはないと思います。
現場からは以上でした。