作者は何がなんでもクローズドサークルを成立させる
クローズドサークル。
それは、なろう小説における悪役令嬢婚約破棄ざまぁ、あるいは追放主人公実はチートざまぁもう遅い(長い)に匹敵する、なんならそれらを凌駕する、一大テンプレです。もう聞いた瞬間に滾ります。発明者天才。
とりあえず、クローズドサークル(字数が多いので、以下閉鎖空間)が何かと言いますと。
・限られた数の登場人物が
・特定の場所にいて
・その場所から誰も出入りできず(できても制約がある)
・その場所で事件が起こる
・だから犯人は限られた登場人物の中にいる
こんな感じかな?
作品の中には「実は出入りできて閉鎖空間じゃなかった」「閉鎖空間内に他に人がいた」など、この要素を満たさないものもあります。事件発生時点での作中人物と読者の認識が閉鎖空間だと、だいたいこのジャンルかなと。
……うん、今ウィキを見てきたけど、そっち見た方が早いわ。
どういう場所が閉鎖空間になるか。
まず基本として、人里離れた場所です(もちろん例外あり)。孤島。山の中。砂漠のど真ん中。
たいてい登場人物が10人内外いるので、富豪のお屋敷など大きい住宅が多いです。自宅パターンと別荘パターンがあります。
別荘なら島や山中にあるのは自然ですが、隠居した金持ちは人里離れた場所でも自宅を構えがち。同居の仲の悪い家族や遺産目当ての親族が集まって、動機に事欠かないのも便利。
ペンションなどの、大きくない宿泊施設も好まれます。これも設定上無理なく色々な立場の人が集まり、自然に囲まれた場所にあって、いざという時に周囲に助けを求められる人家がないのもいい感じ。
列車、飛行機、客船などの多くの客が乗る乗り物も、閉鎖空間になります。
移動中に人間が出入りすることが考えにくく、外の風景が変わるので、腕のいい作者なら風光明媚な情景描写で読者を楽しませてくれます。
ちなみにクリスティの名作『オリエント急行の殺人』は、列車内で事件が起こるものの、事件中は吹雪で立ち往生しているので移動しません。意外。
人里離れているなら、キャンプ場などの半ば屋外も捨てがたいですが、後述する悪天候との相性が悪いからか、あまり見かけません。普通に遭難するやん。
孤立するなら、ちゃんとした建物で電気ガス水道食料に困らない方が、推理に集中できるのでおすすめ。
壁・床・天井がしっかり存在する方が、建物内の皆の位置関係や動線が管理できて、作者も読者も助かります。
後は……色々。刑務所(鳥飼否宇『死と砂時計』)。研究所(森博嗣『すべてがFになる』)。籠城中の城(わりと人の出入りがあるけど。米澤穂信『黒牢城』)。
などなど、枚挙にいとまがありません。
次に、いろんな事情から、閉鎖空間では事件が起こっても警察が来ないというパターンがあります。ですからその場に居合わせた探偵役の人物が、謎を解く必要が出てくるのです。
そらもう事件って高確率で殺人事件やし、犯人が分からないと落ち着かへんし、次の被害者は自分かもしれへんもんな。
そのような、事件の舞台が孤立する事情を挙げてみます。
・自然災害
まずは悪天候2選。場所が孤島なら台風か嵐。山の中や平原なら吹雪や大雪。この2種類が悪天候の双璧でしょう。悪天候と人里離れた場所とのコンボで、警察はなかなか現場に辿り着けません。
だからその間に、当事者で犯人当てとこうか、という流れになりがち。規模にもよりますが、屋内にいれば安全なことが多い。
孤島の嵐なら、まず船や飛行機は行き来できません。
島の建物が他になければ、犯人が屋敷の外に潜んでいる可能性も低くなります。長時間風雨にさらされたら、そいつの命に関わるぞ。家の中にいなさい。
まあ普通、探偵が推理を披露する前後に天候は回復するんですが。
風雪が止んだ状態でも、まっさらな新雪やぬかるみとなった地面に足跡がないと、侵入者なしとして閉鎖空間が成立するなど使い勝手が良いです。
その他自然災害として、山火事で家の周囲が燃えている。火山が噴火している。水害で高台にある屋敷以外は水没している、など。割と本気で命を守る行動を取らないとやばいことが多め。
推理してる場合か。
・移動手段が絶たれる
前項の自然災害との親和性が高い要素です。
風雨大雪が通り過ぎても、土砂崩れで道路が使えない。大雪で除雪しないと通れない。川の増水で橋が流された。地震でやっぱり橋が崩落した。
人為的要素として、乗り物に細工される系。船と岸とを繋ぐ舫綱をほどかれて船がなくなった。船のエンジンを壊された。車のタイヤを全部パンクさせられた。車のガソリンタンクに異物を入れられて動かない。車を爆破された。橋を爆破された。
列挙してると犯人マジで怖いけど、閉鎖空間作りたさにここまでやる作者も怖いな。
これも、探偵が推理を披露するあたりで、道路が復旧したり救助のヘリが来たりするので大丈夫。
・外部との連絡手段が絶たれる
昔は、自然災害で電話線が切れるパターンも多かった。犯人が屋内の電話線を切るのも王道。無線機があればそれも壊す。
今は携帯があるのですが、圏外に家がある(代わりに電話があるけど当然線を切られる)。携帯の通信抑止装置をフル利用(今調べたら、使用には免許が必要らしい)、携帯登場以前に時代設定をする、皆の携帯を奪うなど、作者も犯人も、ありとあらゆる手段を使ってきます。
・その他
個人的に印象的だったもの。
今村昌弘の小説『屍人荘の殺人』において、○○○(ネタバレにつき自粛)という画期的な理由で、山荘が閉鎖空間化しました。しかも○○○はトリックにも関わっているので高評価。
忘れちゃいけない、閉鎖空間でのデスゲーム。そら警察来んわな。賞金が出るタイプなら、参加者も通報せんわな。
参加者同士で殺人と犯人当てをやらされるタイプ(チュンソフト『ダンガンロンパ』、矢野龍王『極限推理コロシアム』など)、リアル死亡ありの人狼ゲームや脱出ゲームなどをやらされるタイプがあります。
後者はホラーやサスペンスとの境界線が曖昧なので、作品を挙げにくいです。
川上亮『人狼ゲーム』シリーズや土橋真二郎『演じられたタイムトラベル』、好きなんですけどあれらはサスペンスですかそうですか。
核兵器。はい。核です。
核シェルター見学中にミサイル飛来を警告するサイレンが鳴る。急いでシェルターに逃げ込む見学者たち。そしてシェルター内で事件が(三津田信三『シェルター 終末の殺人』)。
って、外部犯は有り得まへんな! 閉め切った核シェルターやもんな! 外は多分放射能やで! オチがう〜んってなるんでお勧めはしませんが。
あと、少なくとももう一作、核兵器が使われた直後の防護室内で殺人事件が起こる小説がありますが、作品名を言うとネタバレで許されない感じです。出版社によるあらすじやレビューで書かれてないので……残念。
もうここまで来ると、作者怖いを通り越して、その閉鎖空間への飽くなき執念と開拓精神に頭が下がります。
もう作者たちはそのままで、自分らしく生きていったらいいと思うの。
長々と書いてしまいました。基本的に、これらの要素が複数合わさって、閉鎖空間は構築されます。
クローズドサークル。素敵ですね。
登場人物と舞台が限られているので、読者が理解しやすい。
警察が介入できない場合、当事者が捜査・推理を行う物語的合理性がある。
まあちょっとした巨大な問題点もあるんですが……。それは次話で。