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魔女のお菓子を召し上がれ  作者: 此岸
第一章 旅立つとき
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『Ⅱ』お菓子の魔女

 お菓子の魔女の家に泊まった翌日。わたしはもぞもぞとなにかが胸元で動く感覚で意識が浮上した。まだ開ききらない目を擦りながら起き上がると、なにか⋯⋯いつの間にか腕の中に潜り込んでいたらしいソフィがころころと転げ落ちた。


「わあっ、と⋯⋯! おはよう、ソフィ」

「ワンッ!」


 ベッドからも落ちそうになったソフィをキャッチすれば、小さな足をバタバタさせながら大きく鳴いた。膝に乗せて頭からしっぽまで手を滑らせると、ソフィは昨日のように眠りはしなかったが伏せの体勢になって口で息をし始めた。⋯⋯やっぱり、わたしの手はかなり気に入られているらしい。

 わたしはそんなソフィを抱き上げながらベットから降りてブーツを履き、部屋を出て下の階へと向かった。


 あの後お菓子の魔女は、住居スペースだという二階にわたしを連れていってホットミルクを飲ませてくれた。そしてそのまま夜ご飯を一緒に食べ、自分のベットで寝るように言ってわたしが眠りにつくまで側にいてくれた。⋯⋯それがなんだかお母さんみたいだと思ったのは、内緒にしておこう。


「あら、おはよう。もう起きたのね」


 階段を降り切った先の扉を開くと、昨日も聞いた幼い声で挨拶をされる。それが聞こえた方を見ると、たくさんのケーキが並んだショーケースの前に立っている魔女がいた。彼女はゆったりとした動作でこちらに来ると、わたしの頬に触れてじっと見つめてきた。


「あ、あの⋯⋯?」

「⋯⋯よかった、どこにも不調はないようね」


 そう言って微笑むと、彼女はショーケースの向かい側にある棚へと向かっていって手招きをした。腕の中のソフィを降ろしてそちらに行ってみると、その棚には可愛らしいラッピングをされたパウンドケーキやマドレーヌ、スコーンなどのお菓子が所狭しと並んでいた。


「わあ⋯⋯」

「今日はいつもより少し忙しいから、ここにあるものから一つ選んで食べて。朝ごはんにはちょうどいいと思うから」

「え、でも、わたし」

「ああ、昨日貴女が言っていたお礼のことなら気にしないで。少し仕込みを手伝ってくれればいいわ⋯⋯そういえば、まだ貴女の名前を聞いていなかったわね。よかったら教えてくれないかしら」


 わたしの前に出て放たれた彼女の問いに、一瞬だけ言葉に詰まる。しかしすぐに決心して、おそるおそる口を開いた。


「あ、アリス、です。あの、昨日は本当にありがとうございました!」


 勢いに任せて頭を下げると、彼女は少しの間を置いて小さく息を吐いた。それに肩を跳ねさせつつゆっくり顔をあげると、彼女は呆れたように笑っていた。


「大げさな子ね⋯⋯まあいいわ。改めて仲良くしましょうね、アリス」

「は、はい」

「それじゃあ、早速どれにするか決めましょう」


 怒っていなかったことに安堵しながら、わたしは促されるままに再び棚の方に視線を向ける。選べと言われても、全部気になってしまってなかなか決めることができない。近くに寄ってしゃがんで見ていると、右からソフィが近づいてきて真似をするように二本脚で立ち上がって棚の上を見始めた。その視線の先には、レーズンの入った少し大きいカップケーキがあった。

 なんとなくそれを手にとってみれば、天井に吊るされたランタンの光がレーズンに反射してキラキラと輝いた。


「⋯⋯⋯⋯」


 それがきれいで少し見とれていると、背後で様子を見守ってくれていたお菓子の魔女がわたしに近づいてきて見下ろしてきた。


「あら、やっぱり貴女はソフィに似てるわね」

「え⋯⋯?」

「そのカップケーキはソフィの好物なのよ。それさえあげればすぐに機嫌を直すの」


 その時のことを思い出しているのか、彼女はくすくすと笑いながら隣に来てしゃがんだ。そして自分の膝に足を乗せたソフィを撫でながら、わたしの取ったカップケーキの隣にあるマフィンを手にした。


「もしもそれが好みではなかったら、こっちの胡桃のマフィンを食べて。子供の人気が高いからこれも食べやすいはずよ⋯⋯アレルギーはないわよね?」

「あ、あれ⋯⋯?」

「隣国のピィニマリという国で見つかった体の反応よ。何か特定のものを食べたりした時に、喉が痛くなったり肌が痒くなることはある?」

「えっと、大丈夫、です。たぶん」


 よく分からないままそう答えると、お菓子の魔女は少し悩む素振りを見せた後で「少し待っていて」と言いながらレーズンのカップケーキを取り上げて胡桃のカップケーキと一緒に棚に戻した。そして立ち上がってわたしがいる場所の反対へと歩いていくと、二階に続いているらせん階段への扉を通り過ぎてショーケースの向こう側に消えてしまった。

 慌ててわたしも立ち上がって彼女の歩いていった方に視線を向けると、お店の入り口ともらせん階段の扉とも違うデザインの扉が閉じていくのが見えた。魔女さん、は、あそこに入っていったのかな。⋯⋯未だに呼び方をどうすればいいのか分からない。


 しばらくそわそわしながら待っていると、やがてお菓子の魔女が小さな袋を空中に浮かせながら戻ってきた。


「おまたせ。急にいなくなったりしてごめんなさい」

「い、いえ! あの、それは⋯⋯?」


 わたしが未だにふわふわと浮いている袋を指さすと、彼女はちらりとそちらを見て微笑んだ。


「これは今作ってきたお菓子よ。分かっていないアレルギーが出たら大変だもの、卵も小麦粉も使わないお菓子のレシピを見つけるのは苦労したわ」


 彼女がそう言いながら指を振ると、お菓子が入っているという袋がわたしの方に飛んできた。両手を前に出して受け止めると、お菓子の魔女は「開けてみて」と言って頭を傾ける。

 言われた通りにリボンをほどいて中を見ると、そこには何の変哲もない小さめのマフィンが四個入っていた。


「最果ての島国にある『コメコ』というものを使ったマフィンよ。それなら確実に安全なはず⋯⋯初めて作ったから、不味かったら残してちょうだいね」


 頬に手を当てて不安そうにする彼女の様子は少しだけ見た目通りの幼さを感じて、なんだか少しほっとしてしまう。そんなことを考えつつ、わたしはマフィンを一つ掴んで一口食べてみる。


「⋯⋯! すごい、とても美味しいです!」


 少し噛んだだけでやさしい甘さが口いっぱいに広がって、ふわふわとした食感も相まって胸の中が暖かくなるような感じがして幸せな気分に浸りながら夢中で食べる。すると目の前の彼女は驚いたような顔をしたかと思えば、吹き出してそのまま笑い始めた。


「ふふ、あはははは! 本当に、貴女って面白い子。まるでおやつをもらった飼い犬みたいな喜び方ね⋯⋯こんなに笑ったのは二十年ぶりよ」


 そう言って笑い続ける彼女の足元で、先ほどから姿の見えなかったソフィが楽しそうに走り回る。その様子につられてわたしも笑うが、ふと違和感を覚えた。


「⋯⋯⋯⋯二十年、前?」


 おかしい、見た目からしてわたしより年下のはずなのに、どうしてそんなに昔のことを知っているようなことを言うんだ?


 わたしが思わず呟いた言葉の意図を察したのか、お菓子の魔女は目元の涙を拭いながら口を開いた。


「あら、聞いたことないのかしら。人助けをしている魔女は修行期間を満了してから人里に下りるから、最低でも百歳を超えているのよ。私は⋯⋯長く生きすぎて数えるのはやめてしまったけれど、六百は超えていたはずね」


 なんでもないように言われた事実に驚いて、危うくマフィンを落としてしまいそうになった。⋯⋯村の大人たちが魔女に対して敬語なのって、もしかして高位種族という以前に、彼女たちが年上だからだったの?


「⋯⋯本当に知らなかったみたいね。ずっと敬語だから分かっているのかと思っていたのだけれど」

「う、え、えっと」

「ま、今はそんなことどうでもいいわね。朝ごはんもこれで済んだことだし、少し私の仕事を手伝ってくれるかしら」


 そう言って彼女は歩き出し、ソフィも先導するように走り始め先ほど彼女が入った扉に向かっていった。わたしはマフィンを口の中に入れて袋をポケットにしまい、まだ頭が混乱しているままその後ろをついていった。


 ____


「次は、そうね⋯⋯そこの棚からイチゴジャムの瓶を取ってくれる?」

「は、はい!」


 指示を受けたわたしは踏み台に登って棚の扉を開け、中からジャムの瓶を取り出して床に下りる。すると、手に持っていた瓶は宙に浮かび始めてそのままお菓子の魔女の元へ飛んでいった。


 彼女がわたしに課した仕事は、キッチンでお菓子作りをする彼女が望んだ物を棚から取り出すという仕事とは言えない小さな作業だった。気を使ったりしてくれたのかもしれないが、わたしとしてはお礼をするためにもっと働かせてほしいと思っている。

 その意志を伝えるため、わたしは魔法で様々な作業を同時進行しているお菓子の魔女に話しかけた。


「あ、あの、魔女さ」

「ミルクでいいわ。魔女さんとか魔女様って呼ばれるのは苦手なの」

「え、あ⋯⋯」


 しかし、本題の前にそんなことを言われてしまい口をつぐんでしまった。⋯⋯いくら本人からの頼みでも、魔女には敬語を使いなさいって大人たちに言われているし、そもそも名前で呼ぶってお友達同士になってからすることな気がするし⋯⋯。

 頭の中で言い訳を繰り返しながら目をそらしていると、「まあいいわ」という声が聞こえてきた。


「名前なんて呼ばなくても、呼ばれていることくらい分かるもの」

「っ、ごめんなさい⋯⋯」

「⋯⋯。伝え方が悪かったわね」


 彼女はそう言って振り返ると、きらきらと光の反射する金色の瞳で見つめてくる。彼女の言いたいことが分からずに首をかしげると、困ったような笑みを浮かべて口を開いた。


「私が言いたいのは、無理はしなくていいってことよ」


 それだけ口にすると、彼女は高さが天井まである大きなオーブンの方に歩いていってしまった。わたしはただその後ろ姿を見送ることしかできず、申し訳なく思いながら棚の横に置いてある小さな椅子に座って思考を巡らせる。

 多分、彼女はまた気を使ってくれたんだと思う。まだ彼女に慣れていなくてうまく話せないわたしの言葉を、彼女は毎回待ってくれた。⋯⋯こんなに優しくしてくれているのに、どうしてまだ彼女を信じられないんだろう。他のみんなは、優しくされたらちゃんと信じていたのに。


「あら、なんだか暗い顔をしているわね。何かあった?」


 自己嫌悪に陥っていると、いつの間にかわたしの目の前まで来ていたお菓子の魔女が顔を覗き込んできた。それに驚いてのけぞった拍子に頭を壁に思い切りぶつけてしまい、両手で後頭部を抑えながら丸まって痛みに耐えた。


「っ~⋯⋯!」

「ああ、大変⋯⋯驚かせてごめんなさい、ぶつけた箇所を見せて」


 彼女はわたしの右隣に移動して、背伸びをしながらぶつけた場所を撫でる。それだけで痛みが和らいだ気がして、だんだんと力が抜けていった。


「⋯⋯よかった、腫れてはいないみたいね」

「う、ごめんなさい⋯⋯」

「謝らなくていいわ。けど、念のため傷薬を塗りましょうか」


 彼女が左手を上げると、柔らかい光が彼女の手のひらの上に集まりすぐに消えていった。それと同時に、その手元には薄い緑色の液体が入った小瓶が現れていた。

 お菓子の魔女が小瓶の中身を二、三滴手に出して患部に塗ってくると、本当に痛みが引いてきて効能の凄さに感動する。すごい、魔女の作る薬剤は強力だって聞いたことがあるけど、まさか即効性のものを作れるほどなんて⋯⋯!


「アリス? 大丈夫?」


 急に黙り込んだわたしを心配するように頬に触れられて、意識が現実に戻ってきた。慌てて笑顔を作って大丈夫だと伝えると、彼女はほっと胸をなで下ろして微笑んだ。


「そう。ならよかったわ⋯⋯そろそろ全ての作業が終わるから、二階に置いている荷物を取ってきて。村まで送るわ」


 わたしの頭を撫でながらそれだけ言い残し、彼女は作業に戻っていった。わたしは椅子から立ち上がり、言われた通り自分の荷物を取りに行くため部屋の外へ出て階段へと向かった。


 それから荷物を持って建物の外で待っていると、カラン、という音とともにお店の扉が開かれお菓子の魔女が出てくる。


「待たせてごめんなさい。少し梱包に手間取ってしまって」

「い、いえ、大丈夫です」


 そう返せば、彼女は「ありがとう」と言って目を細め、わたしの前まで歩いてきた。そしてわたしに背を向けたかと思えば、彼女は声を張り上げて何かの名を叫んだ。


「ニャーダ! 出てきてちょうだい!」


 次の瞬間、おもちゃのような音とともに何かがこちらに向かってくるのが見えた。かなりの速さで走ってきたそれは⋯⋯頭と背に茶色の鎧のような物をつけた、虹色の馬だった。


「馬⋯⋯?」

「ええ。彼はピニャータホースのニャーダ。貴女には、この子の背に乗って移動してもらうわ」

「えっ!? わ、わたし、乗馬なんてしたこと⋯⋯!」

「大丈夫、心配いらないわ。ニャーダ」


 お菓子の魔女が名を呼ぶと、またおもちゃのような音を鳴らして馬⋯⋯ニャーダがその場にしゃがんでわたしの方に顔を向けた。


「ほら、これで鞍に乗れるわ。いらっしゃい」

「は、はい」


 恐る恐るニャーダの方に近づいてみると、彼は少し頭を前に傾けてけほけほと小さく咳き込んだ。どうしたのだろうと思ってニャーダの顔に手を伸ばすと、ニャーダはわたしの手のひらに口を押し付けて上を向かせ、その中に何かを落とした。


「⋯⋯飴?」


 手元に転がっているのは、小さな瓶に入った金色の飴だった。日の光が当たって輝くそれは、お菓子の魔女の目にそっくりだった。


「ピニャータは、中にお菓子の入ったくす玉のことなの。彼の中にも、私の作った魔法つきのお菓子がたくさん入っているのよ」


 そうしてプレゼントするのは稀だけど、と話す彼女はどこか嬉しそうで、わたしは改めてニャーダの顔を見つめる。その目はキラキラした色紙で見えないが、多分、彼女と似た優しい目をしているんだろうな。


「さ、早く行きましょう。このままだと、またうちに泊まってもらうことになるわよ?」

「へっ!? あ、ごめんなさい、すぐに乗ります!」


 慌ててニャーダの上に跨り、彼の頭の器具から伸びた紐を掴む。すると、ニャーダはゆっくりと立ち上がってまたおもちゃの音を鳴らした。


「え、あれ、なんで」

「ああ、私はこっちで移動するのよ」


 そう言ってパチンッ! と指を鳴らすと、どこからともなく大きなほうきが飛んできてお菓子の魔女の真横で止まった。彼女はそれを手に取って跨ると、ぴょんっ、と小さくジャンプした。そしてそのまま空にとどまり、わたしの後ろから左側に迂回して目線が同じになる位置で止まった。


「⋯⋯!」

「ふふ、魔女が箒で飛ぶ姿を見るのは初めてかしら?」


 彼女はくすくすと笑いながら、ふわりと前に飛んでいった。それに着いていくようにニャーダもゆっくり歩き出し、わたしは魔女とその使い魔とともに村に向かって進みだした。

不具合にて昨日投稿予定の物が投稿されていなかったため、本日は二話投稿となります。


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