1 プロローグ 桃と遠雷――――佐知子
・長すぎ注意です。気になる章だけ拾い読みしていただいて、コメントいただければそれだけですごくありがたいです。
・気になることがあればなんでも。忌憚のないご意見が伺えればうれしいです。
・書き手としてチャレンジしたかったポイントは、幼なじみ、溺愛系年上ヒーロー、戦うヒロインです。
・今現在、書き手として気になっている弱点は、ヒーローあんまりカッコよくない疑惑、ヒロインの悩みが整理しきれていない疑惑、糖度不足(糖度を上げるのに不向きなプロットである可能性も多々ありますが)。
桃を買って店を出た直後、遠くに雷鳴が聞こえた。
すうっと妙に涼しい風が頬を撫でていく。くせ毛がうなじをくすぐった。湿度が上がってくると、ふわふわと広がって手に負えなくなる髪は、いつも私に真っ先に雨の接近を知らせてくる。
見上げると、南西の空にもくもくと真っ暗い雲が迫ってきていた。
大気に、わずかに湿った匂いが混ざる。
これは、まずい。
私はちらっと腕時計を眺めた。約束の時間までは三十分ほどだ。
駅前のこの古びた青果店から先生の家までは、普通に歩いて二十分強。
全力で走れば十五分。
傷みやすい桃をかばいながら走って、雨雲から逃げ切れるだろうか。
次の瞬間、悩んでいる時間も惜しんで、私は軒下を飛び出した。
なるようになれ。
最後ぎりぎりで雨雲に追いつかれるかもしれないが、多少濡れたところで、かまいやしない。どうせ、桃は剥く前に洗うのだ。夏の気候だ。薄手の洋服だって少々濡れたくらいなら、すぐに乾くだろう。
下手にこの軒下でぐずぐずしているうちに、本格的に降りだされてしまえば、わずかな距離のためとはいえ、駆け抜けるのも、勇気がいる。止むのを待っていたら、約束の時間には間に合わない。
このさびれた駅前では、傘を買えるような店もない。
何より、ここまで気力をふるいたたせてきたのに、最後の最後で、萎えてしまうのは何とも癪だった。
柔らかい紙に包まれ、発泡ウレタンのネットでできた袴を履かされていた二つの桃は、振り回さないように胸元にしっかり抱えた。
走る歩調に合わせて、ポリ袋と包み紙が擦れて微かな柔らかい音を立てる。
気ばかり急いてちっとも距離が進まない、緩やかな上り坂。
百メートルも行かないうちに軽く息が上がってきた。
社会人になって、運動する機会がめっきり減った。
自分の体力の低下を感じて、舌打ちした。
子どもの頃なら、このくらい、何ともなかったのに。
手のひらの中の繊細で傷つきやすい果実がじわりと重さを伝えてくる。
桃を二個。
そのリクエストに、深い意味があるのかないのか、今の私には判断がつきかねた。
もしも、一番悪い想像が当たっていたら、私の今しようと思っている話どころではないのかもしれない。
だが、もしそうなら、それはそれで、ずっと聞かないでいるわけにはいかないのだ。
雨雲のようにもくもくと内心を覆いつくそうとする不安に追いつかれないように、私は地面を蹴る足に再び力を込めた。