第八話 スパイ大作戦
雷が晴れると、突然、目の前に大きな柱が現れた、僕はブレーキを全力で踏んだ。
しかし、間に合わず、ウニモグは神社の鳥居に激突して止まった。
幸いにしてエアバッグが作動したので怪我をせずにすんだけど、怒り狂った警備の人が飛んできて僕たちは車から引きずり出されて、神社の奥にある部屋に監禁された。
一番偉そうな警備の人が部下に「全員外に出て呼ぶまで誰も入れるな」と命令した、
僕たちが無言で神社の偉そうな人と警備の偉そうな人に睨まれて小さくなって正座していると、若い中学生ぐらいの巫女さんが入って来て「秘神体に変わりありませんアレは別物です」と告げた。
二人は目配せすると、神社の偉そうな人が「君たちはあの車をどこで手に入れた」とキツく問い詰めてきた。
僕は「あの車は友人の物で、事情があってある人たちから託された物で、その…」とうまく説明できないでいた。
偉そうな警備の人は腰の刀に手をかけると「君たち、ここは神宮の聖域で治外法権だ神宮への暴挙に対して自分の独断で処罰することも出来る」と恫喝してきた。
僕は信じてもらうのが無理すぎる話をどう説明したらいいのか困っていた。その時、葵が巫女さんを指して「この人、時子さんだ」と叫んだ、
絵里奈も状況に気づいて「神宮衛士長のお名前は近衛権之兵衛さん、そして息子さんが守さんですね」と言い放った、いきなり名前を言われ三人とも面食らっていた。
神宮衛士長は刀を抜くと「娘、どうして今年生まれた息子の名前まで知っている!」と怒鳴り声をあげた。
僕たちはこの人たちが誰なのか理解した。
桃は全ての事情を理解すると立ち上がって堂々と言い放った。
「控えなさい無礼者、私は征夷大将軍佐竹義重の末裔、佐竹桃である」
「この二人は久保田大公家と北城大公家の姫であるぞ」
「そして、このお方こそ、三大公家の秘伝に伝わりし坂東太郎様であらせる」
「某国の危機に霊獣雲丹母俱に乗り降臨なされたのだ、大宮司なら知らぬはずはなかろう」
桃の啖呵に逆に三人が平伏した。
僕たちは設定値通りに世界大戦が始まる少し前にタイムワープしたらしい。
勢いとノリで平伏していた三人はすぐに正気に戻った。
僕は懐から未来の時子さんから預かった手紙と守さんから貰った短刀を出した。
手紙を読むと三人は事態を理解してくれた。
雲丹母俱神宮は国からも三大公家からも独立した自治領のような特別な場所で治外法権らしく、神宮衛士長の権限で僕たちを処罰というのは斬首して裏の森に埋めちゃってもOKって怖い話だった…
おそらく、久保田と北城がタイムマシーンを維持管理させるために自治独立した秘密結社的な組織として作ったせいだと思う。
ここで働く人たちは産まれも血筋もわからない捨て子を育てて神職にすることで成り立っている。
子供がいるのは世襲している大宮司と神宮衛士長だけで他は全員が生涯処女と童貞を誓い、処女と童貞のままらしい。
もちろん、時子さんも生涯処女を誓った身で、前の世界で家族が居なかったのはそういう事らしい。
こうした制度は家柄血統社会で干渉を受けないための措置らしく、この世界に戸籍の無い僕たちが突然湧いて出ても大宮司さんの権限で最初からいたことにするのは簡単らしい。
大宮司さんは聖域の奥にある客用の離れ部屋の一つを僕たちに提供してくれたので、ココに住むことになった。
本殿の後ろにある大宮司の住まいから廊下でつながった一軒家のような作りで風呂もトイレもあるんだけど、広いけど仕切りの無い一部屋なので、男一人に女三人でどうしようか仕切りを入れようかと言ってくれたけど、三人ともいまさら隠す物はないと一緒で良いと言ってくれたので四人で一部屋になった。
僕の立場はハーレムの主から女部屋の小間使いになったような気がする。
とりあえず、神社の鳥居に激突して壊れたウニモグは神宮の奥にある倉庫に隠された。
困ったことに、神社の鳥居に激突した時にウニモグもパソコンも壊れてしまった。
この時代にあるタイムマシーンを使おうにも動くコンピューターが無ければどうにもできない。
バックアップデータも無いから僕にはゼロからタイムマシーンを作るのは無理だった。
こうなったら、幕臣達が望んだとおりに世界大戦を阻止するしかない。
僕たちから熱心に話を聞いた若い時子さんは、未来の日本を救うために一つの提案をしてきた、神宮大宮司さんも神宮衛士長さんも日本人ジェノサイドを食い止めてくれたほどの偉人なら話せばわかると期待している。
原爆の作り方が書かれた本を盗み出したスパイは偽名から、いつどこで何をしていたかまで描かれた伝記が手元にあるので、逮捕して処刑するのは簡単だ。
この話を三大公家に伝えて本自体を処分して、誰も原爆を作れなくしてしまう選択肢もある。
発明という概念が失われたこの世界で原爆のような高度な科学技術が発明される可能性は極めて低い。
しかし、それでは今の世界は何も変わらない、彼らを処刑すれば今は良くても世界から日本人絶滅を望まれる現状維持を続けるだけになり、歴史はいつか日本人ジェノサイドへ進み前の世界よりも最悪な未来になるかもしれないからだ。
問題は話し方だ、いきなりスパイだって知ってますとは言えない。
伝記によれば後に大統領になり対日融和政策を進めてくれた少女は常陸国工業高等専門学校に今年入学してくる。
そして、時子さんも今年、常陸国工業高等専門学校に入学することになっていた。
僕たちも学生として入り込んで友達になって平和的解決のチャンスをつかむ作戦だ。
これ以上、誰にも死んでもらいたく無かった、思いはみんな同じだった、僕たちはあえて一番難しく青臭い方法に賭けてみることにした。
最悪の場合は告発して、スパイ一家には偉人にならずに処刑されて終わってもらうしかない。
ダメな場合は問題先送りを承知で彼女たちに死んでもらう以外に3600万人の戦死者と1200万人の餓死者を救う方法はない。
腕利きのスパイ相手に生かさず殺さずの微妙な距離感を保つのは難しいだろう。
スパイをスパイするスパイ大作戦が始まる。