第三話 二人目の姫
学校の帰り道に前の世界でコンビニがあった場所を通りがかると海産物屋が新規開店していた。
この世界は冷蔵庫すら満足に無く、末端の物流が人力頼りなので海産物のほとんどが缶詰や干物などの保存食品で流通している。
ちょっと覗いてみると桃がいた、店員として働いているらしい。
店には寿々代海産物店と看板が出ていた。
前の世界でも見たことがある、たしか海鮮料理とか居酒屋の大手チェーン店だったはずだ。
桃は僕を見つけると、ちょっとこっちへと手招きしている。
僕がよってくると「マネージャーさーんバイト希望の学生さん来ました」と店の奥に向かって叫んだ。
「えっ、ちょっと、僕もココで働くの?」と困っていると、店の奥に連れ込んだ。
階段を上がって桃が二階の事務所に入ると、事務所にはロングヘア―のスーツ姿のスレンダーな女性が木製の事務机に座っていた。
桃はドアに鍵をかけて窓とカーテンを閉めている。
まさか、三人でHなことする準備とかじゃないですよね?
バイトってそっちの意味じゃないですよね?
スーツ姿の女性が立ち上がるとけっこうデカイ、ハイヒールも加算されて僕よりちょっと高いぐらいに見える。
長身の女性が「君、名前と生年月日は」と聞いてきたので「坂東太郎です、平成18年6月6日生まれです」と答えると、僕の顔をじっと見つめてきた。
長身の女性は桃の方を見ると「このお方が間違いなく秘伝の坂東太郎様なのね」と尋ねた。
桃は「間違いなく秘伝のお方です、夜伽をして確認しました」と何かの誤解がありそうな答えを返した。
長身の女性は僕の前に跪くと「わたくし、三大公の一人、征西大将軍久保田徹の末裔、久保田絵里奈でございます」とうやうやしく自己紹介した。
「表向きは寿々代商会の社長の娘として寿々代絵里奈を名乗っております、表ではなにとぞご無礼をお許しください」と事務所の床に手を突いた。
身長180cm超えのあいつの子孫だけあってデカイのか、戦国時代なら雲突く大男になるって言ってたよな。
「この店は表向きは社長令嬢が寿々代海産物店のマネージャーをしている事になっております」と自分の設定を説明した。
僕はちょっとした疑問を訊ねた「桃は貧乏のフリをしているのに絵里奈さんはお金持ちのお嬢様で大丈夫なんですか?」
「名取桃は戸籍も無い架空の偽名ですけど、私の寿々代絵里奈は実在した人物ですから身元がしっかりしています」と説明した。
桃は僕を見て「そういうこと、私は戸籍が無いから学校にも通えないしろくな仕事に就けません」と自嘲気味に言った。
そうか、佐竹、久保田、北城の血を引いているだけで死刑になるから戸籍が作れないのか…
僕は改めて事態の重さを痛感した。
僕はちょっと説明が引っかかった、寿々代絵里奈が実在した人物なら、実在の人物はどこへ?
聞いても大丈夫な話なのかちょっと微妙な気がして口から出せないで考えていると、
桃が空気を読んだのか、読まなかったのか、少し嫌な口調で言った。
「影武者になって死んだ本物の寿々代絵里奈さんのおかげですよね」
「久保田絵里奈はGHQに殺されたことになって死体もあるから」
絵里奈は「はい、その通りです」とうつむき気味に小さく返事をした。
絵里奈は意を決したのような顔で「太郎様、全てを奪われ記録に残す事すら許されない私たちには全てを捧げた忠義を覚えておく事しかできません」
「私ではなく、本物の寿々代絵里奈の事も太郎様のお心にお刻み下さい」とうやうやしく頭を下げた。
僕は嫌な予感がした「影武者になって死んだって、まさか…」と口に出すと。
絵里奈は「はい、私と同じ年に生まれた寿々代長五郎と寿々代蝶子の娘、寿々代絵里奈は私の影武者になるために同じ名前を与えられました」
「そして、影武者が必要になったのは想定外に早く、生後七か月で私の実の両親と共にGHQに殺されました」
「私は今日まで18年間、寿々代絵里奈になりすまして寿々代長五郎と寿々代蝶子の二人の幕臣に育てて頂きました」と辛そうな声をあげた。
重い!、重すぎる、この世界は人の命が軽すぎて話が重すぎる。
桃も絵里奈も逃げられない運命の負債が重すぎる。
あのバカども、歴史改変なんてやっちゃダメなんだよ。
過去に行って無双チートとか後の事を考えない愚行の極みだったんだ。
僕が頭を抱えていると絵里奈は事務所の床に頭をこすり付けて懇願してきた。
「桃姫様からお話は伺いました、本当に三大公様の預言こそ幕府を救う秘伝だったのですね」
「伝承通りわたくしの貞操を捧げます、幕臣達も全てを捧げる覚悟でございます、どうか幕府再興の為にお力を」
絵里奈の死力を尽くしたお願いに「わかりました、頭を上げてください」と勢いで言ってしまい、うっかり生返事をしてしまったのではないかと不安がよぎった。
僕に背負わされた責任の重さが痛いんだけど、この重責って久保田と北城がやらかした事の尻ぬぐいじゃないの?
僕が負うべき責任じゃないはずなんだけど、あいつら自分達が作った幕府が500年後も世界征服したまま無双して僕が美少女ハーレムで大喜びしてると思ってるのか?
僕は考えがまとまらなかった、僕もタイムマシーンを作って過去へ行き、あの二人を殴り倒してでも歴史改変を阻止するべきなんだろうけど、
それをやってしまうと桃も絵里奈も最初から存在しなかったことになってしまう。
いや、絵里奈が僕に協力すること自体が自分を先祖までさかのぼって消してしまう親殺しのパラドックスにならないか?
一番の理想は少し過去へ戻って幕府滅亡を阻止すべきなのかな?
そもそも、僕の存在自体がタイムパラドックスのような気がする?
桃からタイムマシーンの話が幕臣達に伝わったなら、全てをひっくりかえす最終兵器であることも伝わっただろう。
僕は本当に幕府滅亡を救うために三大公が残した預言の人物になってしまったわけだ…
でも、この世界を救うにはどうしたら…
僕は考えがまとまらず悩んでいた。
絵里奈はとりあえず僕が協力してくれると思ったのか立ち上がってキャラを切り替えて社長令嬢寿々代絵里奈に戻った。
床にこすり付けた顔の化粧を直すと、絵里奈は咳払いをして「それでは、バイト希望の坂東君、採用するので学校が空いている時に出勤して雑用を手伝ってください」と事務的に偽装身分の話をした。
怪しまれないように集まるには都合の良い設定だ。
僕も調子を合わせて「よろしくお願いします、マネージャーさん」と頭を下げる演技をした、これも表でボロを出さないための訓練だ。
桃は「太郎様…じゃなかった、太郎」と僕を呼び捨てにすると「私のフトンこっちに運んできて」とお願いしてきた。
「えっ、フトンって」と聞き返すと桃は「ここの住みこみ店員になることにしたから」と言ったので「あの、桃さんが外に放り出した部屋の物は?」と聞くと「ゴメン自分で戻しといて」とそっけなく返された。
美少女と同棲して同じフトンで抱き合う夢は三日天下で終わったらしい…
僕の初体験の相手は誰にお願い…と思ったけど口に出すのを堪えた。