第二話 最悪を塗りかえた未来
突然、女の子が住むことになったのはいいけど、ウチってそんなに広くないし、空いてる部屋とか無いし、
桃に部屋が無いことを告げると「私は太郎様の許嫁です、同室でかまいません」とさらっと言い切った。
「フトンなら持参しております」と言って僕の隣にフトンをひいてさっさと寝てしまった。
僕は自分の部屋で隣に女の子が寝ている状況で一夜を過ごすことになった。
翌朝、桃は僕の部屋にある物を外に放り出し始めた。
僕は「せめて押し入れに詰め込むだけにして」と懇願したけど「後二人来るんですよ、押し入れも開けないとダメです」と言い放って押し入れの中の物も外に出し始めた。
外を見ると、朝早いのに大工さんが来て庭木にトタンを打ち付けて簡易物置小屋を作っていた。
僕の荷物は木の下に積んでおけと言う事らしい。ラノベとかだったら美少女が何人も同居できる広い家に住んでるはずなんだけどな、現実は非情だよ…
何というか、桃ちゃんて将軍様の末裔だけあって女王様気質なの?
僕は部屋を改造されるのを諦めてカバンを持って台所へ避難した。まず、日本史がどうなっているのか調べ始めた。
困ったのはネットが使えない、スマホもWi-Fiも繋がらない。これも戦争に負けたせいなのかパソコンどころかスマホすら誰も持っていない。
この世界の日本にはインターネット自体が存在しないらしい。
僕は一つの矛盾に気が付いた、どうして僕のカバンに入っていたノートパソコンとスマホは歴史改変の影響を受けていないんだ?
それ以前に僕の記憶は改変されていない、普通に考えたら僕が妄想で頭がおかしくなったと考えるべきなんだけど、それだと、この世界に存在しないはずのスマホとノートパソコンを持っていることが説明できない。
タイムパラドックスの解釈は色々あるけど、この世界がどうなっているのかよくわからなかった。
とりあえず、タイムパラドックスの問題は棚上げして学校の日本史の教科書を読み始めた。
この世界の日本は僕が知っていた最低の時代よりも、もっと最悪だった。
日本は50年前に世界大戦に負けてあらゆるものを奪われたらしく、火薬の原料になるから、化学兵器になるからと言われて肥料や農薬まで禁止されたせいで慢性的な食糧難に苦しんでいる。
自動車も飛行機も禁止されエンジンで動く乗り物も作れないから物流も満足に機能していない。
電車と自転車に小さい船ぐらいしか交通手段が残されていないらしい。
教科書の記述がバッサリと消されているせいで何が起きたのか詳細がわからないけど、久保田と北城の二人が永禄5年にタイムワープして戦国武将だった佐竹義重と組んで無双チートしたことが何となく分かった。
あいつらのやらかしは想像以上にデカいらしく、日本は鎖国することなく、世界を支配する大国として長く君臨していたらしい。
問題は20世紀になってからだ、世界大戦が始まり、最終的に日本列島はアメリカに焼き払われ、幕府は解体され日本の支配者だった三大公家は一族皆殺しになった…
朝になると母さんは大盤振る舞いして電気釜一杯に白米を炊いていた。庭の作業がひと段落すると、大工さんが台所に入って来て、狭いテーブルに5人が並んでご飯を食べることになった。
大工は小さな声で「姫様、せめて部屋一つぐらい増築しても…」と言った。
桃は「ダメです、目立つことをしてGHQに見つかったらおしまいです、どう見てもこの家に増築できるほどの経済力はありません」と威厳のある口調で言った。
大工が「ですが、大公家の姫様ともあろう…」と言いかけると、桃はシーっと黙るように合図すると「太郎様、この者は幕臣です、拷問されても秘密は守ります」と言った。
大工は無言で僕に頭を下げた。
僕は理解が追い付かず、無言で白飯をかき込んだ。
大工は仕事を終えると無言で立ち去って行った。
とりあえず、今まで通りに学校に行くことにした。
「そうえば、桃ちゃん学校は?」と聞いてみると、桃は「学校には行けません、遠い親戚の家に居候させてもらいながら働いている事になっています、太郎様が学業に専念されている間は畑仕事を手伝って食べ物を手に入れてきます」と言った。
僕は「もしかして、桃ちゃんて、ものすごい苦労人なの?」「お姫様なのに貧乏なの?」と余計なことを聞いてしまった。
桃は「貧乏人のフリをしなければGHQに見つかって殺されます、全てはお家存続の為です」と言い切った。
久保田と北城のやつら、美少女ハーレムをプレゼントするとか言っておいて僕にとんでもない他人の人生を背負わせてないか?
自転車にまたがって家を出ようとした時、桃が抱きついてきた。これって行ってきますのキスと思ったら耳元でささやいた。
「太郎様、三大公家の幕臣と神職の一部しか知らないはずの秘伝について何か思うところがございますね」と鋭くツッこんできた。
「夜になりましたら、夜伽の話にお聞かせくださいませ」と誘ってきた。
桃は人の心を読むというか、空気を読むことに長けているみたいで僕が両大公の秘密を知っていることに感づいている。
僕は早めに学校に来て校内を巡回して歩いた、いろんなところが前の世界と変わっている。
自動車部が人力車部になっていたし、情報工学は計算術になってる。
この世界の日本はアメリカの出先機関であるGHQが支配しているらしく、自動車も電子機器も禁止されているせいで高専の内容も全く違う物になっている。
この世界は日本だけ半導体が使えないのでテレビもラジオも真空管で動いていた。
授業内容が全く変わってしまい、ついていけなくなりそうで心配になってきた。
お昼になると給食が出てきた、食糧難の世界じゃ売店で好きなパンを買う事すらできないらしい。
僕は配られた給食を見て、ちょっと気持ち悪くなった。
なんか見慣れない黒い粒を煮た物が出てきた。
周りはこんな物でもうれしそうに食べている。
口に入れてみると、お世辞にも美味いとは言えない物だったけど、何か知っている味だった。
同級生が「せめて蕎麦だけじゃなくて麦とか少しは入れてほしいよな」と言ったのが聞こえて、コレが何かわかった。
蕎麦の実を煮込んだだけのおかゆだった。
蕎麦がこんなに不味い物だと知らなかった、だから粉にして麺にして食べていたのかと初めて知った。
この世界は穀物を製粉して麺に加工する程度の工業力すら無くなくなっていることに絶望を感じた。
どう考えても前の世界より酷い、あいつらは令和の時代を良くすると言って歴史改変したはずなのに、現実は前よりも最悪の未来になっていた。
最悪の世界にがっかりしながらトボトボと家に帰ると、畑で収穫作業をしている人たちの中に桃がいるのを見つけたので「おーい桃ちゃーん」と声をかけた。
桃は野良着姿で駆け寄ってくると「手伝い賃に大根を頂けました、今晩は大根を煮ましょう」とどこから見ても姫には見えない農家の娘だった。
その時、向こうからジープが走ってきた、自動車なんてこの世界で初めて見る。
よく見ると乗っているのは小銃を持った軍服姿の白人、ジープにはGHQと書かれていた。
ジープは僕たちにの前に勢いよく止まった。
まさか、桃ちゃんが姫だってバレた!!
僕の頭には殺される恐怖がよぎった。
軍服姿の白人の男は車に乗ったまま桃に向かって「ワン・セックス・5千円OK?」と変な日本語交じりの英語で聞いてきた。
桃は素早く僕の後ろに隠れた。
僕はどうしたら良いのかわからず、固まってしまった。
その時「ヘーイ、GI、5千円OK、ファックミー」と髪の毛を金髪に染めたミニスカートの派手な女性が割り込んできた。
白人の男はそっちへ乗り換えた、売春婦らしい女性は白人の男を畑のすみにある農作業小屋に連れ込んだ。
桃は泣きそうな顔で僕の腕をつかむと走り出した。
後ろから「アン、アン、イキソウ、イィー」と売春婦が盛大に大声でよがり声をあげているのが聞こえてきた。
僕の手を引く桃は泣きながら「真理ねえさんごめんなさい」とつぶやいていた。
家にたどり着くと桃は涙をぬぐって、何事も無かったかのような平静な顔になって、家に入っていった。
桃はさっきの出来事が無かったかのように平然と晩御飯の支度をしていた。
夕食が終わると桃は風呂に入って着替えていた。そして、僕の部屋で「夜伽をお願い致します」と三つ指ついて頭を下げた。
僕はハーレムライフの初手、ついに童貞喪失を迎えるのかと興奮してしまった。
桃は電気を消すと、僕のフトンにもぐりこんで、頭からふとんをかぶり、抱きついてきた。
オッパイが体に当たり、太腿がこすれあって、あっ、股間に力が入るぅ、
桃は体を押し付けて顔を近づけると耳元で「太郎様、貴方が隠している秘密をお話しください」と毅然とした声で囁いた。
僕は困って「その、正直言って信じてもらうのが無理すぎるお話なんですけど」としどろもどろに答えた。
桃は「かまいません、私は太郎様が実在していたことが信じられませんでしたから、今なら何でも信じられます」と言い切った。
桃は僕の股間が膨らんでいるのにも構わず強く体を押し付けて「このまま本当に夜伽をしながらでもかまいません、お話しください」と強く迫ってきた。
「私は秘伝に従うために処女を守ってきました、先ほども幕臣の娘が己を犠牲にして私を守ってくれました」と体を密着さたまま毅然とした言葉を続けてきた
僕は田舎道に不自然に金髪ミニスカートの売春婦がいた理由に気がついた。
「あの人も姫を守る幕臣だったんだ」
「そうです、名を亀田真理と申します、覚えておいてください、全てを奪われた私たちに出来ることは忠義を覚えておく事だけですから」
「あの大声でよがり声をあげてたのって…」
「あれは暗号です」
「幕臣の娘たちは異人に犯される時は大声でよがり声をあげるように教えられています」
「ファックミーは私が食い止める」
「アン、アンは私は大丈夫」
「イキソウは逃げてをイィーは早くを意味しています」
「イヤー助けては暗号では無くそのままの意味です」
と幕臣の娘たちの間で使われている暗号を解説してもらった。
桃は大勢の幕臣の犠牲の上に自分が生きている事を強く自覚している、だからこそ預言された僕に最後の望みを託している。
夜伽とは誰にも聞かれないように秘密の話をするための隠語なんだ。
あまりに辛い話に僕の股間は力を失ってしまった。
僕は信じてもらえなくても隠し事をしちゃいけないと思い、久保田と北城がタイムマシーンを作って戦国時代にタイムワープして無双チートした事を正直に話した。
そして、僕の初体験は先送りになった…




