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第十八話 最後の願い

 崇は意を決して大公家に秘密で僕たちに協力する決断をした。

僕たちは神宮の離れ部屋に集まって会議を開いてタイムマシーンと歴史改変について説明した。


「この世界にはぜったいに破れない法則があります」

1.何事にも原因がある。

2.原因は結果よりも過去にある。


「タイムパラドックスは原因と結果の因果関係が壊れる現象です」

「タイムマシーンが成立するためにはタイムパラドックスが起きないように人間や物体だけじゃなく原因も過去に持ってこないとダメです」

「久保田と北城が未来から消えたのはあいつらが過去の原因になったからです」

「問題はタイムマシーンと作成者が未来の世界から消えてしまうと、未来の世界から過去に行く行為の原因が消えてしまい過去に行けなくなる」

「そこで、タイムマシーンの存在を知る誰かを未来に残してくる必要が生じる、それが僕だ」


「因果律を保つためには過去と未来の間にも原因の保存が必要になる」

「しかし、因果律を保つためには人間が記憶している必要があるので、原因の保存者が物心つく前よりも過去に行けない問題が生じる」

「どんなに頑張っても80年前の戦前に行くことすら難しいから久保田と北城が望む歴史改変が出来ない」

「二人はこの問題を解決するために最大の原因であるタイムマシーンをタイムワープした日まで保存しておくことで因果律を保とうとした」

「それが雲丹母俱神宮に伝えられた460年後まで雲丹母俱様を守り続ける秘伝です」

「タイムマシーンの存在を自分たちの子孫である三大公にも幕臣にも教えなかったのは誰かがタイムマシーンを使おうとして原因の保存が壊れることを恐れたからだ」


「タイムマシーンの保存だけでは原因の保存が弱く不安定な改変された歴史を壊す最大のリスクも僕自身だ」

「未来に残った僕が改変前の世界を覚えているので未来で起きた事の原因は保存できるけど過去の結果と矛盾が生じる」

「この矛盾は量子的に不確定な二人の僕が同時に存在する現象を生み出し世界を不安定にしてしまうから、因果律を改変された歴史側に収束させないといけない」

「そのためには原因の保存者である僕を改変された過去に結合する歴史操作が必要になる」

「久保田と北城が過去へ行った直後に桃が僕のところに来たのは偶然じゃない、そうなるように秘伝を残して調整していたんだ」

「僕を三大公家の歴史に組み込む事で改変された歴史が確定して改変前の歴史は消えてなくなる」

「それが秘伝に記された三人の姫だ」


「さて、ここで問題です」

「原因の保存者である僕がタイムマシーンで二人を追いかけて過去へ行ったらどうなるか」


輝さんは「そうか、そういうことか!」と叫んだ、意味を理解できたのは僕と輝さんの二人だけだった。

輝さんは全てを理解したようで難しい説明を始めた。

「系の量子論的な状態は決定論的に振る舞うが、そこから得られる観測結果は確率的に振る舞う」

「因果律が破れると世界の結果は因果律が矛盾しない姿に収束する」


僕は説明を続けた

「そうです、僕があの二人に追い付けば因果律が破れ世界は自動的に改変前に戻ります」

「ただ、そのためには、この世界に歴史改変を止めるために行動する原因が保存される必要があります」

「誰かが二回目のタイムワープで改変の改変をされた世界の原因の保存者になる必要が生じます」

「僕と一緒に行く消えてしまう二つの世界を覚えておく誰かと、消えてしまう世界に残る誰かが必要になります」


輝さんは決意を秘めて宣言した「この世界に残る者は改変の改変を知ると同時にタイムマシーンを理解した私しかいない」

輝さんは続けて三人の姫を見つめた「改変された世界を覚えておく役目は三人の姫しかおりません、貴女達も坂東君と一緒に」


大宮司は「私は残る、時子を連れて行ってくれ」と娘を薦めてきた。

時子さんは「私も神宮と共にあります」と強く断ろうとした。

しかし、大宮司は涙をこらえるように諭した「時子、お前は本当に人が自由で平等な世界で生きるんだ」

神宮衛士長も「時子様、雲丹母俱神宮の教えを正しい世界に伝えることが出来るのは貴女だけです」と諭してきた。

時子さんは「それならお父様も神宮衛士長様も一緒に正しい世界へ行きましょう」と訴えた。

大宮司は「いや、差別に満ちた世界は私たちの代で終わりにする、私たちは正しい世界にあってはならないものだ、私達は誰も死なない、あるべき姿に戻るだけだよ」と諭した。

時子さんは父の手を握りながら静かに泣いていた。


桃は崇の顔を見つめて「若様、いえ、お父様も一緒に行きましょう」

崇は決意を秘めた質問をした「僕が今から死んでも桃は消えないんだね」

僕も決意を受け止めるために答えた「親殺しのパラドックスは起きません」「ここにいる桃は僕たちと前の世界に残してきた人達が因果律を保存しているので、今ここで桃が若様を殺しても桃は消えません」

崇は決意を固めていた「僕は行かない、やっぱりこの世界は(いびつ)(ゆが)んだ間違った世界だったんだ」

「三大公家は存在してはいけない、僕はこの世界と共に滅びる、それがこの世界を作った大公家最後の当主としての責任だ」

「桃、君は僕とは関係のない人間として生きてくれ」

「坂東君、桃を娘を頼む」

僕は童貞のお父さんから娘を託されてしまった。

恵麻は悲しげに「父さんが犠牲になって死んじゃうの?」

輝は優しく言った「いや、誰も死なないよ、正しい姿になるだけだ」「私は自由と平等に憧れていた、誰もが自由で平等な国を実現するためにスパイになった、それが叶うんだよ」

「坂東君、私が協力する見返りに恵麻と奈緒美を連れて行ってくれ」

「奈緒美、君は恵麻と一緒に本当の正しい世界で幸せになってくれ、ずっと利用して汚い仕事をさせてきた君への謝罪だ」

奈緒美さんは輝の顔を真っ直ぐ見て答えた。

「私は貴方の道具ではありません、私も身分に囚われない自由に生きられる世界にしたかったのです、だから夫婦になりました」

奈緒美さんは恵麻を優しく抱きしめると語りかけた

「大丈夫よお兄さんたちは奴隷監獄に送られたりしない世界で生きられます、正しい世界に奴隷監獄なんて最初から存在しません」

恵麻は泣いていた、父とも血の繋がらない兄弟とも永遠の別れになるからだ。

きっと兄たちは恵麻の事なんか知らない世界で事業に成功して幸せになっているはずだと信じていた。


 僕は輝さんの協力でこの世界のコンピューターを使って新しくタイムマシーンのプログラムを作り直した。

僕が穴が開くほど見てかなり覚えていたと言っても、細かい再計算やプログラムの構築は輝さんの天才的な頭脳の助けが無ければ不可能だった。

そして、輝さんはもう一つの別の装置を作った。

「これはタイムマシーンの動作を妨害する装置になるはずだ」

「タイムマシーンは宇宙に穴をあけ外の系に飛び出して時間を移動する」

「この装置は逆に宇宙に穴をあけ外の系からエネルギーを取り込む」

「物理法則上、同じ時間軸に内と外に向かう穴を同時に開けることは出来ない」

「この装置が作動している間はタイムマシーンは動かないはずだ」


僕は説明に驚いた「この宇宙の外の系からエネルギーを取り出すって、それって無限にエネルギーが湧いてくるフリーエネルギーになりませんか?」

さらりと言い切った「そうだ、これが量産されればタイムマシーンは使えなくなり、人類のエネルギー問題は解決する」

タイムマシーンもとんでもない発明だけど、輝さんもとんでもない科学者だった。この人がスパイにならずに科学者になっていたら、どれだけすごい発明や発見があったんだろう。


夏休み最後の日、僕たちはウニモグを修理して新しく作ったタイムマシーンを神宮の参道に置いた。

このまま直進してタイムワープすれば久保田と北城がタイムワープした場所と同じところに出る。

そうすればあの二人は未来へ強制送還される。


 僕たちは世界を元の姿にリセットする。

無双チートによって作られたこの世界が滅びる時、タイムマシーンは滅びる世界から脱出するノアの箱舟でもある。

これが作られた世界の人達との最後の別れになる。

奈緒美さんと恵麻は輝さんと最後の別れをしようと抱き合おうとした時、奈緒美さんが振り払って飛びのいた。

暗闇に向かった何かを投げると誰かが倒れた。

その瞬間、暗闇から二人の武装した軍人が飛び出してきた。

奈緒美さんは刃物を抜いて振り下ろされた刀を受け止め防弾チョッキの隙間を刺して瞬殺した。

輝さんも神宮の入り口の方向を注視している。


次の瞬間、照明弾が打ち上げられ周囲が明るくなった。

拡声器から威圧する声が発せられた「若様、そいつらはアメリカのスパイです、テロリストですお逃げください!」


神宮の参道の向こうから軍隊が現れた。

輝さんは崇を押さえるとナイフをつきつけて叫んだ「動くな、若様の命はないぞ!」

崇も話を合わせて叫んだ「動くなー、動くんじゃない、僕に何かあったらお前たち全員晒し首だぞ!」


奈緒美さんは決意を固め言い放った

「私はココで死ぬ役目ですね、食い止めます逃げてください」

「奈緒美、君はタイムマシーンで逃げるんだ」

「逆ですよ、原因の保存者であるアナタが生き残らなければなりません、死ぬのは私の役目です」


僕たちは幕府軍が困っている今のうちに行くしか無かった。タイムマシーンに乗り込んでエンジンをかけた時、恵麻は両親に最後の願いを訴えた。

「父さん、母さん、最後にお願い、本当の名前を教えて」

「世界が変わっても私が覚えているから、父さんと母さんが消えても私が忘れないから」


父は「アルベルト・アインシュタイン、科学者になれなかったユダヤ人だ」と叫んだ。


母も武器を手に応えた「愛新覺羅(あいしんかくら)顯㺭(けんし)、宮廷暗殺集団に助けられて生き延びた清帝国の皇族です」


感動の別れの中で僕一人だけが輝さんの本当の名前に驚いていた。

奈緒美さんが迫る敵に向かって走っていく中で僕はアクセルを踏み込んでウニモグを加速させた。


僕たちはあのバカ二人を止めるためにタイムワープした。


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