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第十五話 春の御前試合

 入学して二カ月余りが過ぎて暖かくなってきた頃合に春の御前試合が始まる、最初にいた世界なら体育祭なんだろうけど、この世界では御前試合と呼ぶらしい。

御前試合は3,4,5と三連休に入って僕の誕生日である6月6日に開催される。

タイムワープしたせいで時間が飛んでいるから面倒だけど生きていた時間より三ヶ月ちょっと早く僕は18歳になる。

普通なら高校三年生になってるはずだけど、この世界では高校一年生だ。


 なんか体育祭と違って御前試合はかなり殺気立ってる。

御前試合は武士が偉い人の前で強いところを見せて競い合う大会みたいで、この学校の御前試合にはこの世界の支配者の一人である久保田大公が観戦に来る。

安全確認から警備まで大変な手間がかかるから三連休はその準備期間を確保するための措置らしい。

単なる学生イベントではなく、偉い人にどれだけアピールできるか人生をかけている人が殺気立っているらしく、ちょっとした学生オリンピックみたいな感じなんだろうか?

まあ、僕は武家ではなく神宮の神職見習いになっているので、おとなしくモブキャラとしてやり過ごすのが無難だよな、間違っても殺気立った武家の間に入るもんじゃない。

金曜日の授業が終わると僕たちはまっすぐ神宮に帰ってきた、離れ部屋に戻ってカバンの中を見ると行方不明になっていた伝記が出てきた、外に持ち出した覚えは無かったんだけど、いつの間にかカバンに入れていたらしい?


 御前試合には恵麻が出場するため、葵はコーチを頼まれてしまい神宮裏の空き地で練習することにした。

時子さんの舞はなんというか、舞というより両手に持った棍棒で敵をなぎ倒していく世紀末武術みたいだった。

そして、体の線が良く見えるハイレグレオタード姿の時子さんは体脂肪が少ない引き締まったすごい体してた。

恵麻と桃はなんか普通、絵里奈は背が高いのでレオタードが上下に伸びてハイレグが食い込んで恥ずかしそうだった、葵は特別に秀でた感じがしないように見えて立ち姿がバランスよくレオタードが一番似合っていた。


 時子さんとは対照的に葵の舞は軽やかで妖精か天使と見間違えるほど奇麗で見とれてしまう。

葵がここまで新体操が上手いのは意外だったけど川崎一座と長く暮らしていたおかげで踊るのは得意らしい。

僕は葵に向かって拍手喝采した

「葵がここまで新体操ができるなんて知らなかったよ」

「新体操?」

あっそうか、この世界だと名前が違うんだと気づいて御前試合のパンフレットを確認した。

「山城流棍棒術」

僕が知っている新体操、いや久保田が好きだった新体操から考えてもかけ離れすぎた名前に困惑した。

「棍棒術?、コレって踊りじゃなくて武術なの?」

葵は当然のように「そうだよ、棍棒を振り回して踊る棍棒術だよ」と言った。

そういえば、新体操選手が持って踊ってる先の膨らんだ棒は棍棒なんだっけと思い出した。


この世界の日本史に詳しい桃が僕に解説してくれた。

「安土桃山時代に秋田征伐に出陣した高祖久保田大公様は煙草を売っていた山城屋の娘、ミヨの踊りのすばらしさに感動してレオタードを着せてそばに置いた」

「それから、ミヨはしばらく一緒にいたんだけど敵の矢が大公様に迫った時、身を盾にして守って死んだって伝えられてる」

「悲しんだ大公様は煙草屋を営んでいたミヨの家族に煙草の専売権を授け、それが現代の煙草専売公社の始まりだって」

「だからレオタード姿で両手に棍棒を持って踊る演武を山城流棍棒術と呼ぶのよ」

「山城ミヨが天の使いのように舞った故事にならい、優勝者には天使のレオタードが授けられ、翌年の御前試合まで一年間着ることが出来るんだって」


久保田のヤツ、コレクションのレオタードを着てくれる理想の女性を見つけたんだ、そして悲しいことに…


時子さんが「素晴らしい名誉が与えられるのですね」と感心していると絵里奈が横ヤリを入れてきた。

「皆さんが殺気立ってる理由は生臭いです、優勝者は1年間だけ名義上とはいえ煙草専売公社の代表になって年収一億円もらえます」

僕と時子さんは生臭さに気分が悪くなって頭を抱た。僕は思わず「恵麻ちゃんもお金目当てなの?」と聞いてしまった。

恵麻はすこし卑下するように「ちがいます、自分が優勝できるなんて思ってません」

「私たち南蛮人は日本人の目から見たら不細工ですけど、少しでも南蛮人の奇麗なところを大公様に認めてもらえたらと思って」

葵は元気づけるように「去年の優勝者が今年も連覇を狙ってるからね、さすがに優勝は無理だよ」「でも恵麻ちゃんの踊りは奇麗だよ、見てもらう価値はあるよ」

恵麻は勧めるように「葵さんなら優勝できると思いますけど」と言ってきたけど葵は遠慮していた。

「僕の目には恵麻ちゃんは奇麗に見えるよ、自分を不細工だなんて卑下しちゃいけない」と励ました。


 御前試合当日、学校の周りには幕府軍がひしめいていた、要人中の要人が来るんだから警備が厳重ないのは当然と言えば当然で、僕たち学生も念入りにチェックされた。

学校行事とは思えないほどで、テレビ局も来ていて、御前試合はテレビ中継されるらしい。

そういえば、この世界でもこの学校が三大公の間の争いを裁く秘密裁判所ってことになってるはずなんだよな。


 父兄参観席もあり、恵麻の両親も来ていた。

なんかお父さんが大きな荷物を抱えていたけどなんだろう?


 御前試合が始まると眼福だった、普段は女子の体育をじっくり見学する機会が無いだけに、久保田が好きだったブルマとかレオタード姿の皆の姿が眼福った。

貴賓席に今の久保田大公が座っているのが遠目に見えるけど、なんか興奮して踊ってるみたいだ。

やっぱりアイツの直系子孫なんだろうな、そしてあれが絵里奈の曾祖父で、まだ絵里奈の両親すら産まれていないはずだ。

プログラムが途中まで進むと、クラス全員参加のエアロビに三人が出てきた、運動が苦手な絵里奈が一番心配だったけど、恥ずかしそうに無難に踊っていた。

周りよりも背が高いだけに目立つ、エアロビってハイレグで後ろがTバックの布面積が少ないレオタードなんだけど背が高い分だけレオタードが上下に引っ張られて余計にハイレグになっていた。

大公様もまさか自分のひ孫が踊っているとは思わないだろうな。


次に、父兄参観種目が始まった。

親として子供たちに武人の模範をみせる試合をするらしい。

審判が旗を上げて参加選手を呼びだすと高らかに口上を読み上げた。

「西、三重、千子村正(せんご むらまさ)流、陸奥宗光」

「東、ドイツ鉄十字軍団、リヒテナウアー流、薔薇園輝」

「久保田大公様の御前にて実戦にて叶うことなかった怨敵徳川を滅ぼした剣術 対 バチカンを滅ぼした剣術の戦い、篤とごらんあれ」


日本と西洋の甲冑を身に付けた両者が出てきた。

あの西洋甲冑を着てるの恵麻のお父さん、大丈夫なの?

いや、伝説のスパイになったぐらいだから強いんだよね?

きっと勝つんだと思って見ていたら、あっさりボコられて退場していった…


 そして、最終種目、新体操じゃなかった山城流棍棒術の演武が始まった。

去年の優勝者、二年の駒根希望(こまねのぞみ)が出てくると歓声が上がった。

あの天使のレオタードに見覚えがある、久保田がいつか理想の彼女が出来たら着てもらうんだって言ってたコレクションにあったデザインだ…

たぶん別物なんだろうけど、見覚えのあるデザインだった。


 恵麻の出番が来た、葵の特訓のおかげで素晴らしい演武だ、踊りの終盤、棍棒を高く放り投げキャッチしてフィニッシュを決めようとした時、空中に放り投げられた棍棒が不自然に横にはねた直後に久保田大公様の背後の壁に鉄の矢ぶつかり音を立てて落ちた。

僕たちは何が起きたのかわからず混乱していたとき、恵麻のお母さん、奈緒美さんが飛び出していた。

奈緒美さんは空中で弾かれて落ちてきた棍棒をキャッチすると全身を回転させ「恵麻さんに何するんですかー!」と叫びながら棍棒を投げた。

棍棒はものすごい速さで一直線に飛び学校の講堂の屋根にある通気口をぶち破った。

そこには久保田大公様の命を狙うテロリストが隠れていた、後で調べたところによると連休前からずっと隠れていたらしい。

偶然にも恵麻が投げた棍棒が射線と重なり矢が弾かれたおかげで助かった。

テロリストは飛んできた棍棒で頭を割られ即死していた。


御前試合は突然の暗殺未遂事件で中止された。


翌日、テレビで暗殺未遂事件のニュースと共に久保田大公様から御前試合の優勝者が発表された。


優勝者、薔薇園奈緒美(ばらそのなおみ)


「えぇぇぇっ、」学校中が驚いた。


 飛び入り参加してしまったお母さんが優勝した、久保田大公様の前で天使のレオタードを着た奈緒美さんの姿が全国放送されていた。

奈緒美さんは恥ずかしそうだった、そういえばアイツって熟女趣味もあったっけ…

マスメディアは安土桃山時代に大公様を救った山城ミヨの再来だと絶賛していた。

奈緒美さんは電話局の職員から煙草専売公社の代表に転職した。


 奈緒美さんは自分は子持ちの人妻で恥ずかしいからと必死で辞退して、天使のレオタードは娘の恵麻に授けられることになった。

恵麻は毎日、天使のレオタードを着て学校に通わなければいけなくなり、恥ずかしそうだった。

これって、着ることが出来るじゃなくて、一年間この格好でいないといけない義務なのね、寒くなったら辛そう…

教室で一人だけカラフルなレオタード姿の恵麻は余計に目立っていた。

幸いにして救いだったのは、大公様から授かったレオタードなのでセクハラしたり汚したりすると厳罰に処せられるのでイジメが無くなった事だった。

絵里奈は「大丈夫です、恥ずかしいのは最初の一週間だけです、それを過ぎれば全裸で男の人の前を歩いても平気なります」と自分の体験に基づくアドバイスをしていた。


 数日後、僕はテレビのニュースを見て驚愕した。

アナウンサーが嬉しそうにニュースを読み上げている。

「久保田大公様を害しようとしたアメリカ人に鉄槌を下すべく、戦略空軍はアメリカニューヨークにある貿易交流塔へ30トン爆弾を投下しました」

「ごらんください、正義の鉄槌によりビルが崩壊していきます、アメリカ大統領は二度とこのようなことが無いように国民教育を徹底すると謝罪しました」

テレビには双頭の大きなビルが崩れていく映像が流れていた。

そして、画面が切り替わると土下座しているアメリカ大統領の姿が映された。


 こんなことをしたからアメリカ人は日本人をジェノサイドしようとしたんだ。

僕は前の世界が自業自得の産物だったことを悟った。

崇からもらったスマホを取り出してニュースを検索した。

「ニューヨーク貿易交流塔崩壊の死者は2,763人」

この世界でスマホを持てるのは一部の富裕層だけ、実質的に特権階級だけだ、スマホの中にはテレビには流れない真実のニュースが流れていた。

僕はこの世界の狂った感覚に恐怖を覚えた。そうか、戦国時代に無双チートしたせいで、この世界の人間の精神は戦国時代のままなんだ。

だから、誰かが悪いことをしたら報復に村一つ焼き払う感覚でこんなことを平気でする。

アイツらの無双チートは400年以上も精神の進歩まで止めてしまったんだ。


僕は悩み始めた、この世界は、幕府は存続すべきなんだろうか?


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