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第十三話 ドラクエ劇場

 佐竹崇から歌舞伎を見に行かないかと誘われた僕たちは歌舞伎座にやってきた。

時子さんは神宮の仕事があると言ってこなかったけど、崇が調子に載って何人でもOKと安請け合いしたので、恵麻も呼ぶために桃の取り巻きになっていたスクールカースト底辺層の皆さんも呼んだ。

大公家の若様から友人と呼ばれるだけでもこの世界ではステータスになりえる、崇は逆に利用して桃を途中で帰らせないようにしようと企んでいそうだ。


この世界の歌舞伎は僕が知っている物とは全く違った。

どちらかといえば漫画やアニメを原作にした演劇みたいな感じだった。

この世界のテレビ番組にはアニメやドラマがなく歌舞伎の放送をしていた。


入口には巨大な佐竹大公家の花飾りが出ていた、その隣には北城大公家もあった。

大公家の若様がお見えになるということで特等席が用意されていたけど、北城大公家の人は来ていないみたいだった。


舞台の幕があがると、ビキニアーマー姿の女戦士のコスプレをしたまだ中学生ぐらいの少女が剣と盾をかまえて口上を述べた

「本日、襲名披露にお集まり頂きありがとうございます」

「安土桃山時代より続く銅鑼厳倶得巣斗(ドラゴンクエスト)座、勇者の仲間の一人、女戦士、十六代目、鳥山茜(とりやまあかね)を襲名させていただきました何卒ごひいきに」

勇者の冒険物語が上演されるのかと予想していたらなんか違った、勇者、女戦士、僧侶、魔法使いの四人組が主役のコメディのショートストーリーを上演していた。

この話の掛け合いって見覚えがある、北城が古本屋で一山いくらで買ってきた昔の四コマ漫画だ、ゲームの方じゃないんだ。


周りが大爆笑するなかで葵だけがずっと泣きじゃくっていた。


 崇は高級店を予約していたらしく、帰りに皆で食べに行こうと誘ってきた。

崇を先頭に街を歩いていると急に絵里奈が僕たちの服をつかんで立ち止まった。

絵里奈はテコでも動かないダダっ子みたいに「私、ここで食べたい、このお店がいい」とわがままを言い出した。

僕たち四人はその店の看板に見覚えがあった。

桃と葵も絵里奈と一緒にわがままを言って崇に店をキャンセルさせて皆でここに入った。

予約も無しに大人数が入れるほど席が空いてなかったんだけど、崇が大公家の権力で客を追い出させた。


絵里奈は店に入ると「マグロの油漬けをください」と一番安そうなメニューを注文した。

絵里奈は他の料理には一切手を付けず、泣きながらマグロの油漬けをほおばっていた。

この世界では貧乏人が食べる缶詰食品でしかないマグロの油付けをほおばっていた。

この店の名前は寿々代家、ありふれた海鮮料理を出す庶民向けの居酒屋チェーン店だった。


僕たちは未成年なので酒を飲むわけにいかないけど、なんか桃が酔ったみたいな顔をして隣に座っている崇に寄りかかって話しかけていた。

「私ね、お父さんが年取ってから出来た子供で病気を患ってたお父さんは私が産まれてすぐに死んじゃったの」

「お母さんも私を産む時に死んじゃった」

「私は産まれすぐに一人になって、いろんな人に育ててもらったの」

「だからお父さんの事は何にも覚えてないんだ」

崇は桃に抱き着かれて真っ赤になっていた。そして、桃は静かに涙を流していた。

しばらくそのままでいたけど、桃が正気を取り戻して離れた。

崇は突然のラッキーの意味が解らず真っ赤になって困惑していた。

桃は涙をふくと向かいの席に座っている恵麻に「恵麻ちゃんはいいよね、お父さんもお母さんも立派な人で恵麻の事を大切にしてくれるから」と語りかけた。

抱き着かれた崇はここからホテルに誘うのもOKと思ったのか、桃から見えないようにスマホを操作してホテルの予約をしていた。


恵麻は胸を張って言った「はい、父さんも母さんも立派な人であたしを大切にしてくれます」「あたし、父さんと母さんの為に大公様から秘伝を授かれるようになりたいです」

ちょっと弱気に続けた「父さんはここなら南蛮人でも頑張れば認められるって、でも、勉強が難しくて…」

絵里奈は口いっぱいに詰め込んだマグロの油付けを吹き出しながら「大丈夫、頑張れば出来ます」「何が苦手なんですか、私が勉強教えてあげます」と言った。

恵麻は気弱に「父さんはまず数学を頑張れ、次に物理学で良い成績を目指せと言っていますけど私は苦手です」

桃は「私は国語と歴史は得意なんだけど、数学はダメなのよね、だいたい数学ってなんで日本語使わないの?」

成績上位者の絵里奈も「そうですよね、どうして南蛮文字で書くのか謎ですよね」

恵麻は「数学や物理学で使う文字は私たち南蛮人にもよくわかりません」と答えた。

崇も話に入り「たしかに数学や物理は得意な者が少なく、出来ても重用されないから目指す幕臣は多くありません」「恵麻さんのお父様は、だからこそ南蛮人にも立身出世の可能性があるとお考えなのでは」と言った。

数学と物理は鬼門な人が圧倒的多数派だった、ただし僕を除くことを知っている桃が「太郎、あんた数学と物理得意でしょ」と僕にふってきた。絵里奈も「太郎は得意ですよね」と振ってきた。

僕は出番だと思い「恵麻ちゃんはどこがわからないの」と聞いてみると、恵麻は「微分幾何学まではなんとか分かるのですが、位相幾何学が難しくて」と僕以外の全員がついていけない方向にふってきた。

僕は優しく諭した「恵麻ちゃん、微分幾何学がわかる人を数学が苦手とは言わないよ…」

恵麻は困ったように「でも、父さんは南蛮人が大公様から秘伝を授かるにはそれぐらい出来ないと…」

崇はちょっと困りながら「僕も数学が南蛮文字を使っている理由はよくわからないけど、高祖大公様は南蛮文字を使うことが合理的だとお考えになられたんだと思うよ」

恵麻は遠慮するように崇に聞いてきた「あの、若様、お聞きしてもよろしいでしょうか」

崇は気前よく何でも来てくれと胸を張った。

恵麻は遠慮がちに「ユークリッド幾何学は古代ギリシャ人のユークリッド様に由来するとお聞きしましたけど、リーマン多様体はリーマン様が居らしたんですか?」

崇は頭をひねってうなりながら「正直って僕もわからない、高祖大公様の秘伝には由来の不明な言葉が沢山あるんだ、たぶん天竺あたりの経文に由来するんじゃないかな?」

あぁ、僕だけは意味がわかる、ベルンハルト・リーマンは19世紀の人物だからあの二人が秘伝を持ち込んだ時代には影も形も無い。

チートには発見された歴史が無いから意味不明になってるんだ。

久保田と北城も翻訳するのをめんどくさがってそのまま伝えたから誰にも名前の由来が解らないんだ。

恵麻は遠慮がちに言った「父さんはもしかしたら高祖大公様のおそばにリーマン様がいらしたのではないかと言っていたので」

崇は少し困りながら「まあ、高祖大公様の臣下に南蛮人が居たって伝承はないんだけど、明らかに南蛮の学問を修められたと考えるべきなんだよな」

モブみたいなスクールカースト底辺が「南蛮人が高祖大公様に不敬を働くのか」と突っついてきたので話は途切れた。


崇のオゴリで腹いっぱいになると、店を出た。

崇は桃を誘って次の場所へと流れを読もうとしていたら、桃は笑顔で「なんか、若様がお父さんみたいに思えて、こっそりお父様とお呼びしてもよろしいですか」と微塵もその気が無いことを宣言した。

崇はガッカリした顔でさっき予約したばかりのホテルをキャンセルした。


家に帰った僕たちは今日あったことを思い出していた。

葵は「この人が茜のお師匠様なんだ」と巨乳ビキニのお姉さんを思い出しながら買ってきた歌舞伎役者の写真を眺めていた。

「ねえ太郎、私たちが幕府滅亡を防いだら川崎一座のみんなは死なないんだよね」「私の事なんか知らなくても、みんなは立派な歌舞伎役者になって幸せになるんだよね」


絵里奈も離れ部屋の窓から星空を眺めながら「本物の寿々代絵里奈は社長令嬢に生まれて幸せになるんですよね、私と同じ名前にされたり、私の代わりに殺されたりしないんですよね」とつぶやいた。


僕は静かに答えた「そうだね、僕は令和四年になったら大公家の姫三人が持参金付きでやってきて一生遊んで暮らせるんだろうね」

その時、やってくる姫は桃、絵里奈、葵の三人なんだろうか?

幕府が滅亡しなければ、この世界の桃も崇の子供として38年後に産まれてくるのかな、それから大公家の姫として何一つ不自由ない暮らしをして、秘伝に従えと言われて訳の分からない庶民と結婚させられるのか。

その時、70歳を超えているだろう今ここにいる僕と桃、絵里奈、葵の三人はどうなっているんだろう?

タイムマシーンは僕が考えていた通りのもので間違いないらしい。


 タイムマシーンの矛盾の一つに誰かが1日でも1時間でも1分でも前にタイムワープすれば同じ人間が二人に増えて宇宙の質量が増えてしまう問題がある。

増えた二人は元からいた方がタイムワープして過去に行った時に消えるので時間が流れれば一人に戻る。

僕たちはまだ産まれていないけど、将来僕たちの体になるはずの水やさまざまな元素はこの世界に存在している。

歴史の改変は二つに増えた物が一つに戻るまで世界は安定しない。


僕たちが幕府滅亡を防いだら、改変した歴史を守る為に僕たちはタイムワープしたあの日まで生き残らなければならない。

そうしなければすべてが無駄になる。


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