第十話 金銭的に異世界なスマホ
土曜日の午後に僕たちが離れ部屋でくつろぎながら対策会議を開いていると、神宮の氏子さんがやってきて「ちょっと君たち、偉い人からご指名で呼ばれてるんで礼装に着替えて来てください」と呼び出しがかかった。
僕たちは神宮の神職見習いである出仕という仕事についていることになっている。
着替えると三大公の一人、佐竹大公の御霊が祀られている場所へ連れていかれた、ここには三大公のお墓がある。
そこには武家の正装をした佐竹崇が待っていた。
崇は「名取さんお久しぶりですと挨拶してきた」
桃が「昨日、学校でお会いしましたけど」とそっけなく返すと「今日は天気が良いので祖先の供養にと思いまして、ご一緒に霊廟の手入れをいたしませんか」とデートに誘うみたいに誘ってきた。
氏子さんが頼むと無言で圧力をかけてきたし、僕たちは神職見習いという立場なので仕方なく霊廟の石を磨いた。
崇は桃に話しかけてもそっけなくあしらわれるので、僕の方に話しかけてきた。
「坂東君、君たちは神宮の聖域で育った孤児で神宮大宮司様と神宮衛士長様にお世話になってるそうだね」と身の上話を聞いてきた。
僕たちはここにきてまだ3カ月ぐらいなんであんまり話すとボロがでるから注意して答えないといけない。
僕は「そうです」とだけそっけなく答えた。
「ということは、君は名取さんと子供のころから一緒に育った兄妹も同然の間柄なんだね」と何か踏み込んできた、まさか身元を疑われてるんじゃ…
「もしかして、一緒にお風呂に入ったことなんかあるのかな?」と微妙な質問をしてきた。
僕が「ええ、まあ」とあいまいに返事をすると。
後ろから葵が割り込んできた「四人一緒にお風呂に入るし、同じフトンで寝ますよ」
崇は何か魂が抜け落ちたみたいな顔をしていた。
崇は深呼吸をして精神を落ち着けると「うん、そうか、君たちは兄妹同然の間柄なんだね」と苦しそうに言った。
葵はさらに地雷を踏みぬくように「そうそう、この前なんか絵里奈ちゃんが寝ている太郎のキ〇タ〇掴んじゃって、太郎が飛び起きたんだよ」
それを聞いた絵里奈が「やめてください、あれは事故なんです」と悲鳴を上げるように否定してきた。
崇は「そうか、そうなんだ」と何か僕に嫉むような視線を向けながら「ちなみに、それは何歳ぐらいの時の話なのかな?」と聞いてきた。
葵は容赦なく地雷原をスキップするように「17歳じゃない」と悪意なく言い切った。
崇が桃の方を見ると、桃はあきれるように「ウチの馬鹿がごめんなさい」と謝った。
崇は僕に嫉みや恨みが混ざったような殺気を向けると「ちょっと二人だけで話がしたいんだ」と言って僕を神宮裏の森の中へ引っ張っていった。
まさか、このまま殺されて埋められるんじゃ、大公家の若様なら人を殺しても揉み消せるんじゃないかって恐怖に襲われた。
崇は人気のない場所に来ると「まだ、ここだけの話、君と僕の心の中だけに留めておいて欲しいんだ」と落ち着いた口調で言った。
「名取桃さんを正室に迎えたい」
僕は「えぇぇぇっ、」と変な声を上げてしまった。
僕は落ち着きを取り戻して「桃は生涯処女を誓った神職になる身なので結婚できません、どこの生まれかもわからない捨て子が大公家の正室になるなんて考えられないと思います」と無難に答えた。
「僕はもう、身分とか生まれに囚われるべきじゃないと思うんだ」
「神宮では人は神の前で平等だって説いてるだろう」
「人は自由であるべきなんだよ!」
「それに、僕は名取さんが他人だとは思えない!」
「高貴さすら感じる、人の生まれとは何なんだろうか!」
ダメだ、この人、完全に桃に惚れちゃってる。実の娘なんだし、高貴な生まれなんだけど、それより種付けしようとしていたとか知られたら殺されそう。
崇は桃と結婚できたら大公家の特権で何でも謝礼するから仲を取り持って欲しいと頼んできた。
崇はスマホを取り出すと「コレ僕の予備のスマホだから坂東君にあげる」と言って渡してきた。
この世界は戦前にスマホがあるんだと思ったけど、あの二人のチートのせいだよな。
「ここを押すと写真を撮影出来て、ここを押すと僕のところに送られるようになってるから、名取さんの写真が撮れたら送ってほしいんだ」と使い方を説明してきた。
「それに、ここをこうすると文字が入力できるから、僕に電報を送ることが出来るので名取さんの好きな物とかいろいろと教えてほしいんだ」とストーカーまがいのお願いをしてきた…
そういえば、こっちに来てスマホを持っている人を始めて見たけど、どれぐらいの普及率なんだろう?
僕は聞いてみた「これってお値段いくらぐらいなんですか?」
崇はさらっと「参千万円ちょっとぐらいかな」と答えた。
僕が金額の大きさにビビっているのを見た崇は「まあ、これはスマホの中でも最高級品を扱う尾張の品だから普通のより高いと思うよ」「安い堺時計なら六百万円ぐらいから買えるんじゃないかな」と悪意のかけらも無く言った。
この世界のスマホって高級自動車並みの値段なんだ…
「坂東君、半導体職人とか見たことある、尾張の品はシリコン・インゴットを炉から引き上げるところから職人が一つ一台で作ってるから手間が違うんだよ」
「まあ、最近は職人の差とかあんまり無くなってきたから堺で安い品が出るようになってきたんだけどね」
「これの電池は四町歩の水槽を使って海水からリチウムを取って作られる最高級品なんだ」と機械自慢が延々と続くのに僕は金額にビビりちらして「そうなんですか、僕は半導体とかあんまり詳しくなくて…」とかすれるような声で答えた。
「使い方がわからない時はココを押すと尾張の職人と話が出来るから何でも聞いてくれ」
「じゃ、よろしく頼むよ」と言って家一軒買えそうな品を僕に渡して崇は帰っていった、何やら神宮に大量の寄進を置いていったらしい。
話をしたかった本命は桃じゃなくて僕みたいだった。
部屋に戻った僕は恵麻との関係を進めるためのヒントが無いかと思って前の世界から持ってきた伝記や歴史資料を読み込んでいた。
恵麻には学校で出会った協力者がいて、その人物が秘伝を手に入れる流れに繋がっているらしいんだけど、肝心の協力者の名前がどこにも書かれていない。
恵麻の手記が載っている本を読んでいると、ふと気づいたことがある。
恵麻は協力者と恋愛関係にあって、それが後のジェノサイドを防いだり対日融和政策に繋がったんじゃないだろうか。
協力者の名前を一切残さなかったのは恋愛関係にあったから?
僕は一つの推論に至った。
ごく一部の特権階級しか入れないはずの奥之書院に入ることが出来る協力者…
学校初日のイジメにあったエピソードをわざわざ記している…
まさか、恵麻の協力者だった人物って、佐竹崇なんじゃ?
僕たちが存在しない正史で恵麻をイジメから救ったのは桃じゃなくて崇だったんじゃ?
あの性格からしてやってそうな気がする。
そうすると、桃が助けてしまったせいで歴史が狂ってしまった?
あれっ?、佐竹崇が恵麻に協力しなくなったらコレだけでスパイを防いじゃってないか?
僕たちは作戦を修正しないといけないのか検討しないといけないかもしれない。
崇からもらったスマホ、この世界でもスマホと呼ぶらしい機械を手に入れたんだけど、どう見てもスマホそのものだよな。
あいつらのチートで戦前にスマホがあるのは予想していたけど、値段が想像を超えていた。
20世紀になっても家一軒買えるほど高いんだ。
僕はこの世界のスマホがどうなっているのか、ちょっと調べてみたいと思い、この世界のカスタマー・サポートに電話してみることにした。
タッチパネルのアイコンを押すと普通に電話がかかった。
2回鳴ると「尾張時計の岡野でございます、大公家若様いかが御入り用でございましょう」と丁寧な言葉で出た。
僕は恐る恐る「あの、坂東太郎ともうします、機械の使い方についてお尋ねしたいのですが」と丁重に話した。
電話の向こうの人は「あんた誰、このスマホは佐竹大公家に献上した品だぞ、どうして持ってる」と声の調子が変わった。
正直に「佐竹大公家の若様から頂きました」と答えると「そんな話聞いてないぞ、オイ泥棒じゃないだろうな」と声の調子が荒くなってきた。
電話しちゃマズかったのかと後悔していると電話の向こうで「岡野さん、佐竹大公家から書状が届いています、それ坂東太郎様に下賜されたそうです」と別の人の声が聞こえてきた。
電話向こうの人は「大変失礼いたしました、何なりとお申し付けくださいませ」と急に態度を変えてきた。
僕はこの世界のネットとかメールの使い方を教えてもらった。
この世界のスマホって洒落にならないほど高価な物らしい…
やっぱりチートで作られたモノは量産されず一部の特権階級だけが使う物になってしまうって事なんだろうか?
商業的な価値の検討や低コスト化や効率化って考えも生まれなかったんだ、やっぱりチートで作られた世界はどこか歪んでいる。




