第二話
時は約二ヶ月前に遡る。
ペンを持つ手を止めたレオンハルトは、机越しで目の前に立つ側近のロバートから今しがた告げられた言葉に耳を疑った。
「もう一度頼む」
「ですから、亡きダミアン王弟殿下のお子が発見されました」
「………」
レオンハルトにとって亡き伯父は決して悪い人間ではなかった。彼の兄、つまり現国王との兄弟仲も良かったので、何のしがらみもなしに甥として可愛がってもらった。
第二王子としての立場で生まれ、周囲にちやほやと甘やかされて育った結果、ダミアンは少年のまま大人になったようなどこか浮世離れした人間になった。
そんな伯父があっさりと流行り病でこの世を去ったことはまだ記憶に新しい。
「母親は平民か?」
仮に貴族の令嬢がダミアンの子を産んだとしていたら、早々に名乗り出てきたはずだ。娼婦か?踊り子か?そんなレオンハルトの疑問にしれっとロバートが答える。
「孤児院に勤めていたシスターだそうです」
「………」
思わず意識を飛ばしそうになる。
「王弟殿下は生前、慈善活動にだけは積極的でしたので」
「…シスターに手を出すことを慈善活動とは言わん」
「慈善活動の定義って人それぞれなんですね〜」
さっきまでの真面目な態度を崩して、ニヤニヤと笑うロバートに持っていたペンを投げそうになるのを堪える。
「それで陛下はどうすると?」
レオンハルトは既に立太子しているし、この国では母親が平民ならその子供に王位継承権が発生せず、特別な理由がない限りは王室には迎えられない。しかし、庶子とはいえ王族の血を引く人間を野放しにするわけにもいかない。
「そこで朗報です!なんと殿下はお兄ちゃんになりま〜す!」
「は?」
両手を叩きながら「よかったですね〜」と微笑む側近をよそ目に、レオンハルトは今度こそ意識を遥か彼方に飛ばしたのだった。