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天秤とウィッチクラフト  作者: 藤原渉
59/71

垣根の上に立つ 十五

 翌日の夜。


 犯人はセイラムのところではなく、精霊・魔術師否定派の貴族を襲撃した。

 被害に遭ったのは二人。ファーナム侯爵とハーコート男爵だ。

 知らせを受けてセイラムはダルシアク王立病院に走った。ウォルクとゼアラル、ラディウスとバスティアンも一緒だ。

 余談だが、ラディウスとバスティアンはゼアラルともうまくやっている。清幽城の魔術師たちのように無闇に怯えたりせず、積極的にコミュニケーションをとっているようだ。


 被害者二人は警護の都合上同じ病室にいるとのことだった。

 辿り着いた病室にはセイラムとウォルクのみが入り、後の三人は廊下で待機することになった。

 相手は精霊・魔術師否定派だ。神経を逆撫でさせたくはないので、訪ねる魔術師は最低限にするのが望ましい、と全員の意見が一致したためだ。


 被害者は二人とも重傷だったが命に別状はなく、意識もはっきりしており、セイラムの顔を見るなり怒鳴りつけてきた。

 曰く、魔術師など何の役にも立たなかった、おまけに、貴族である自分たちに向かって命令する、おかげで大怪我をした、どうしてくれるのだ――


 実際には、魔術師は役に立たなかったのではなく、そばに置かなかったがために、襲撃の際に間に合わなかったのだ。おまけに、魔術師の指示を無視して勝手な行動をするし……そう、命令したのではなく()()をしたのだ。

 じっと聞いているセイラムを傍らのウォルクは心配そうに見やる。

 あまり感情を露わにすることのないセイラムだが、さすがに眉間にしわを寄せて、不機嫌を露わにしていた。


 一通り文句を吐き出し終え、すっきりしたとばかりに大きく息をつくファーナム侯爵とハーコート男爵に、セイラムは静かに告げた。


「では、警護の魔術師を撤退させましょう。居てもどうせ役には立ちませんし」

「……え?」

「……は?」


 戸惑う二人にセイラムはにっこりと微笑んだ。


「王立軍の護衛も要りませんね。魔術師以上に役に立ちませんから」

「な……」

「二度襲われたという話は聞きませんし、護衛なしでも大丈夫でしょう。……多分」


 にこやかに言っているが、ウォルクにはわかっていた。セイラムが怒っていることに。

 いつもは否定派の者たちの嫌味や文句などするっと聞き流しているのだが、今回は流せなかったようだ。

 こちらは彼らを守ろうと努力しているのに、当の本人たちは魔術師などいらない、何の役にも立たないなどと文句を言ってばかり。

 気の長いセイラムでも堪忍袋の緒が切れようというものだ。


「では彼らを引き上げさせますので、ゆっくりと養生なさってください。では」


 そう言ってセイラムはさっさと踵を返した。ウォルクも後に続く。

 病室に取り残されたファーナム侯爵とハーコート男爵は、しばし呆然とした後、我に返って叫び声を上げた。

 叫び声に呼び戻されたセイラムは、不機嫌さを隠そうとせず眉間にしわを寄せたまま二人の前に立った。


 いつもはい、はい、と否定派の者たちの文句を大人しく聞いているセイラムが明らかに機嫌を損ねている様子は、ファーナム侯爵とハーコート男爵を動揺させた。


「その、伯爵……?」

「まず」


 強めの声でセイラムは言った。


「我々はあなた方を守るためにいるのです。敵ではない。それだけは心に止めておいてもらいたい」

「……はい」


 しおらしい様子で大人しく話を聞く二人に、セイラムは言葉を続ける。


「あなた方がいくら魔術師を嫌おうと、敵が魔術師であるならば一番頼れるのは魔術師です。そして、我々はこういう事態におけるプロでもある。対魔術師の戦い方ならいくらでも知っています。我々はプロとしてあなた方にどう動けばいいのか指示を出します。ええ、命令ではありません、指示です。その指示に従っていただけないのであれば、あなた方を守ることはできません」


 神妙な面持ちで二人は頷く。

 さっきまで居丈高な様子だった二人が大人しくしているのがおかしくて、覗き見たラディウスとバスティアンは声を殺して笑った。


「二度襲われたという話は聞きませんが、万が一ということもあります。最初にあなた方を守っていた魔術師四名は負傷し戦闘不能となりましたので、別の魔術師を派遣してもらいました。今度は彼らの指示にちゃんと従ってくださいね」

「……はい」


 やや不服そうに、それでも素直に頷いた二人に一礼して、セイラムは病室を出た。

 同時に、別の魔術師が二名病室前に到着する。


「リオン伯爵!」

「やあ、来てくれたのか、ベルティーユ、アンガス」


 やって来たのは新たに派遣された魔術師二人、ベルティーユとアンガスだった。

 ベルティーユは美しい金髪を肩に付かない程度の長さで切り揃えた美女。

 アンガスは赤茶色のくせ毛を持つ青年。

 二人ともまだ若いが、腕は立つ。


「すまないが後は頼む。僕は負傷した四人の魔術師のところに行くから」

「わかりました」

「ファーナム侯爵とハーコート男爵はついさっき伯爵に説教されて大人しくなったよ。すぐ元に戻ると思うけど」


 笑い混じりにラディウスが言う。アンガスが苦笑しながら頷いた。


 ダルシアク王立病院を後にしたセイラムたちは、西七番地区にあるエリオット三世病院を訪れた。

 ここにはファーナム侯爵とハーコート男爵を警護していて負傷した四人の魔術師、カルロス、マルクス、ニール、ダミアンが入院している。

 四人は仲良く大部屋に入れられていた。


「おや、伯爵」


 声をかける前に気付いて振り向いたのは、四人の中で一番年嵩の魔術師カルロスだった。

 その声に、他の三人も振り向く。


「やあ、怪我の具合はどうだい?」


 セイラムの問いかけに、一番扉に近いところにいるダミアン――ギプスで身体のあちこちをがちがちに固定されている――が答える。彼が一番若手だ。


「少々痛むけど、どうってことないっすよ」

「どうってことないわけないだろう。骨折してるんだぞ」


 ダミアンの強がりを笑ったのはその隣にいるニールだ。ニールの向かいにマルクスのベッドが、マルクスの隣、ダミアンの向かいにはカルロスがいる。


「無茶するからだ。後でお前の師匠にも叱ってもらえ」


 マルクスも笑いながら言った。


「思ったより元気そうで安心したよ。……休んでいるところ悪いんだが、襲撃された時の状況を教えてくれないか?」


 セイラムの言葉に全員が顔を引き締めた。


「セイラム様」

「ああ、ありがとう」


 ウォルクがどこからか椅子を調達してきてくれたので、セイラムはありがたくそれに座った。ラディウスとバスティアンはそれぞれダミアンとカルロスのベッドの端に腰掛け、ウォルクとゼアラルは彼らの邪魔にならないよう扉近くの壁際に立つ。

 カルロスが難しい顔で口を開いた。


「犯人は男で、見たところ四、五十代くらいだった。フードが捲れて顔が見えたんだ」

「ああ、俺も見た」


 頷いたのはマルクスだ。二人は共にファーナム侯爵を警護していた。

「中年の男で濃い茶色の髪をしていたと思う」


 犯人はまずファーナム侯爵邸を襲撃した。カルロスとマルクスの二人と交戦し、最後は二人とファーナム侯爵を吹き飛ばして逃走したらしい。


 その直後、今度はハーコート男爵邸が襲われた。

 こちらにはニールとダミアンが待機していたのだが、ハーコート男爵に『目障りだから別室に居ろ』と言われて一番離れた部屋で待機していたため、対処が遅れたのだという。

 激しい物音と叫び声で襲撃に気付き駆け付けると、フードの男が室内で嵐を起こしていた。部屋の中は風が渦を巻き、椅子や壁の絵が巻き込まれてぐるぐると飛び交い、ついでにハーコート男爵も宙を待っていたという。


 ニールとダミアンも男と戦ったが、相手の方が強かった……というよりも場数を踏み経験値を積み上げている、そんな気がした。

 こちらの動きを読み取り的確に対応する。男の戦い方はそういうスタイルだった。

 業を煮やしたダミアンが捨て身で挑んだが、結果片腕、片足、肋骨を何本か折られるという重傷を負った。


「そいつの術式は? どんなものを使っていた?」


 セイラムの問いにカルロスが答える。


「ボルツの術式、と言っていた」


 他の三人も頷く。


「聞かない術式だから、逆に覚えてるよ」


 ニールの言葉にマルクスも頷く。


「属性は風、かな。吹き飛ばされるわ切り裂かれるわ、えらい目に遭った」


 マルクスがこぼした愚痴にラディウスとバスティアンも苦笑する。


「見ればわかるよ、木乃伊みたいになってるじゃないか」


 笑いながら言うラディウス。バスティアンも静かに頷く。

 その時。


「聞き覚えがあります、ボルツの術式って」


 ダミアンが言った言葉に全員が振り向いた。

 最年少のダミアンは突然注目されて顔を赤くしながら話す。


「え、ええと、俺の師匠がバレンティアの出身なんですけど、師匠が持っている古い書物に書いてありました」

「古い書物? 法議書か?」

「いえ」


 セイラムの問いに、ダミアンは首を横に振った。


「歴史書です。三百年前の魔女狩りについて書かれた」

「魔女狩り……」


 セイラムは深く考え込んだ。

 犯人はバレンティア貴族のパラシオス家に因縁があるらしい。パラシオス家と言えば王家の命で暗殺などを請け負っている、闇の一族。三百年前の魔女狩りの際には異端審問もやっていた。

 それを伝えると、全員が嫌な顔をした。

 魔女狩りは自分たちの先達に起こった忌まわしい出来事だ。

 そして、自分たちの身にも起こり得るかもしれない出来事でもある。

 パラシオス家の名は魔術師たちにとっては鬼門だ。できれば関わりたくはない。


「とりあえず、バレンティアのイザベラ王女とパラシオス家のミラグロスという娘に、何か心当たりはないかどうか問い合わせてもらっている」


 全員厳しい表情のまま頷いた。


「犯人も魔女狩りでひどい目に遭わされたんスかね?」


 ダミアンの独り言のような問いかけにカルロスが頷く。


「おそらくそうだろうな。辛くも生き延びたのか……さぞかし恨みは深かろう……」

「恨みが深かろうと、被害者らは全く無関係だ。こんなことは許されない」


 バスティアンが厳しい顔で言う。彼は過去の出来事から貴族が好きではない。犯人の所為で自分たちに迷惑がかかることを危惧していた。


「こんなことをしていたら、無関係な魔術師まで疑われてしまう。誰も彼もが全ての魔術師を怪しみ、疑心暗鬼は新たな災厄を齎す……」


 バスティアンの言葉にラディウスが頷く。


「犯人は否定派の者を片付けたら、魔術師にとって安全な世の中になると思っているのだろうか」

「だとしたら、それは逆効果だ」


 セイラムも厳しい表情で頷いた。


「早々にケリをつけたい。犯人が落としていったロケットペンダントを僕が持っているという噂を今流してもらっている。うまく引っかかってくれたら良いんだが」

「いや、それ……」

「罠っすね!」


 ニールが戸惑いの声を上げ、ダミアンが遠慮なくズバッと突っ込んだ。

 セイラムは項垂れる。


「そうだよな……誰が聞いてもそうとしか思えないよな」

「犯人が引っかかってくれるかどうかは別として、伯爵と青の一門の二人の三人だけで対処できるのか?」


 マルクスの質問にセイラムは後ろにいるゼアラルを指差した。


「いざとなったら彼の力を借りる。僕と契約しているから」


 カルロスたちはゼアラルを振り向き、あいつは誰だ? という顔を浮かべた。


「あの、伯爵……? 彼は?」

「悪竜だ」


 戸惑いながら問うてきたニールに、セイラムはさらっと答える。

 全員が目を剥いて驚いた。ただの従者――人間だと思っていたからだ。

 ダミアンなんて、驚きすぎてベッドから転げ落ちた。足と腕がギプスで固められているのにどうやって。


「あ、悪竜、ですか? あいつが?」


 冷静沈着そうなマルクスが声を震わせる。

 魔術師にとっても精霊にとっても、悪竜は畏怖の対象だ。彼の存在がかつて何をしたか、知らない者はない。


「まあ、最初は俺たちも驚いたが、話してみるとなかなか面白い奴だよ。少々世間知らずでずれているがな」


 笑いながら言うラディウスに、他のものたちは顔を引き攣らせながら曖昧に笑った。


「ま、まあ、あの悪竜がついているなら百人力だ。だが、伯爵、くれぐれも油断は禁物だぞ」


 カルロスの言葉にセイラムは顔を引き締めた。


「わかってる、気を付けるよ」


 それからすぐにセイラムたちは病院を辞し、リオン伯爵邸に戻った。

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