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天秤とウィッチクラフト  作者: 藤原渉
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薔薇色の人生 二十

 あくる日、セイラムは組合(ギルド)の呼び出しを受けて清幽城(せいゆうじょう)を訪れた。今日もウォルクとゼアラルが同行している。

 到着と同時にセイラムは、覚えのあるどす黒い魔力を感じた。


「……何だ? あの精霊の魔力か?」

「……そうだな」


 ゼアラルが眉間にしわを寄せて頷いた。

 清幽城の正面玄関に足を踏み入れるや否や、セイラムは(クリムゾニカ)(オクタヴィア)、二人の魔女に取っ捕まった。


「え? え? え!?」

「黙ってついてらっしゃい、セイラム」

「悪いようにはしないわよ、伯爵」


 二人の美女に両脇を抱え込まれ、セイラムは引き摺られるようにして黒の長老の執務室に連行されていった。

 その後ろをウォルクが慌てて追いかけ、更に後ろからゼアラルが悠然とついて行く。

 執務室では当然ではあるが黒の長老デジレ・サン・サーンスが待ち構えていた。セイラムは魔女二人に挟まれたままソファに座らされる。


「一体何なんですか!?」


 混乱を目の前にいるデジレにぶつけると、美少年の面の皮を被った爺はしれっとした顔で用意された紅茶に口をつけ、静かに口を開いた。


「お前、先日私の術式を使っただろう?」

「あなたの術式……? ああ」


――サン・サーンスの術式第二百七十七番、『絶ゆることなく巡る水の清らかさ、岩をも削る強靭さ、全てを押し流す強引さ。透き通り揺らめき光を弾き、その密度と圧力で敵を押し破れ』!


 思い出したのは金糸雀座での戦いの終盤。精霊との最後の激突の場面だ。


「使いましたが、それが何か?」


 セイラムが首を傾げると、デジレは難しい顔をした。


「確かお前は水属性の魔術が苦手だったと記憶している。あの場で咄嗟に使ったのが得意である火属性の魔術でなく水属性である私の術式であったことに少し違和感を覚えているのだ」


 そう言われて、セイラムは改めてあの時の自分の行動を顧みた。確かに自分は水属性の魔術が苦手だ。なのにあの切羽詰まった状況で咄嗟に出たのが水属性の魔術。それも、苦手だとは思えないほど流暢(スムーズ)に、普通に使っていた。迷いもなく、効果を最大限に発揮させていた。

 改めて自分の行動に違和感を覚えた。

 そっと隣にいる師匠を見ると、クリムゾニカもこちらを見ていた。どうやらセイラムを観察していたようだ。


「私が思うに」


 クリムゾニカが蠱惑的な紅い唇を開く。


「あなた、先だってセント・ルースで悪竜を復活させたときに魔力が増大したでしょう? それが関係しているんじゃないかしら?」

「関係……しているのか? 魔力の増大で苦手な属性の魔術が得意になるなんて? いまいち信じられないな」


 魔力の増大と苦手分野が得意に変じることは全く別の問題だ。


「今は何とも言えないな。今後もお前の様子を注意して観察させてもらうぞ、伯爵」

「……はあ」


 胡乱な顔でセイラムは返事をした。


「それはさておき、伯爵、あなたに一つ相談があるの」


 オクタヴィアが口を開いた。セイラムが彼女の方を向くと、オクタヴィアは一重まぶたで切れ長の、翡翠色の瞳を細めた。


「あの精霊のことよ」

「ラブレーと契約していた奴のことですか? そう言えば、このどす黒い魔力、あいつのものですよね? いったい何が……?」

「ほう、お前には感知できるのか。城内にいるほとんどの者が分からないようだが」

「分からない……? こんなに強いのに?」


 発生源はどうやら清幽城の地下のようだが、セイラムにははっきりと感じられた。

 セイラムが室内を見廻して、部屋の端で控えているデジレの筆頭弟子を見ると、彼ははっきりと首を横に振った。分からない、ということらしい。隣にいるもう一人の弟子も同様だった。

 セイラムが困惑した表情でデジレを見ると、デジレはひょいッと肩をすくめた。


「これも魔力が増大した影響なのかもしれないな。彼の精霊は、今現在魔力を封じ込める効果のある独房に入れてあるのだ。我々ですらよほど神経を研ぎ澄まさねば、今の奴の微々たる魔力を感知することは不可能なことだ」


 封じられているはずの魔力をセイラムは感じ取った。

 これにはどんな意味があるのか。


 だんだんセイラムは混乱してきた。突然魔力が増大したと思ったら不得意分野の術式も普通に使えるようになるし、おまけに封印されているはずの魔力も感知できた。

 元々中途半端に使えていた魔法が何か関係しているのだろうか?


「話を戻しましょう。伯爵、あなた、あの精霊を浄化することはできないかしら?」

「浄化?」

「ええ。我々はあの精霊はラブレー男爵との契約により人を傷つけた、被害者側の存在だと考えているの。契約に縛られてさえいなければ人を傷つけることはなかった……精霊本人は相応の罰を受けると言っているけれど、過去の例と照らし合わせてみてもあの精霊はこのまま解放するのが妥当だと思うわ」

「解放? それが組合(ギルド)の総意ですか?」


 人を殺し、傷つけた精霊を無罪とし、解放する。

 セイラムは言外に長老らを責めたが三人は受け流した。


「ええ、我々の総意よ、セイラム。あの精霊は解放する。ただし、精霊はずいぶんと責任を感じ精神的に参っているわ。罰を下されない、それがあの精霊にとっての罰よ」


 罪を犯したのに、裁かれず罰も受けない。

 考えようによってはずいぶんとひどい罰だ。

 少し考え、セイラムは納得した。全てを飲み下すことはできないが、これが妥協点だろう。


「わかりました。それで、精霊を解放するのに浄化が必要だということですね? 確かに、あれほど穢れた魔力では外に出すことはできませんが、何故僕に? 浄化の魔術など僕は使ったことはありませんし得意でもないのですが……?」


 セイラムが得意とするのは火属性の魔術だ。その次に風属性と地属性。水属性は苦手だったが今はよくわからない。

 四つの属性それぞれに光の面と闇の面があり、浄化の魔術は光の値を百パーセントにしなければ使えない。通常の魔術は使う術式によって違うが、合計で百パーセントになるようにバランスをとっている。黒魔術などは闇の値が大きくなるのだ。


 光と闇、どちらかを百パーセントにするのは高度な魔力調整が必要だ。もちろんセイラムは一度もやったことはない。

 光と闇は表裏一体の関係。どちらかを使えばもう片方ももれなくついてくる。光を強くすれば闇も濃くなる。逆もまた然り。どちらかを百パーセントにするのはコツがいるし相当難しいのだ。


「今のお前ならできるかもしれぬ」


 デジレの静かでありながら強い目にセイラムは気圧された。

 クリムゾニカとオクタヴィアもじっとセイラムを見つめている。

 彼らは一体セイラムに何を期待しているのだろう? 魔力の増大により、セイラムがどうなっていくのか知っているような気がしてならない。得体のしれない薄気味悪さを感じ、セイラムは自分の腕をさすった。


「まあ、根拠はないのだがな。そういう気がするのだ。やってみてはくれぬか?」


 再びデジレはひょいッと肩をすくめた。残念だが全然可愛らしくはない。小癪な仕草だ。


「……わかりました、やってみましょう」


 釈然としないままセイラムは頷いた。

 善は急げとばかりに、セイラムは三人の長老に連れられて地下の牢獄に向かう。その後ろをゼアラルとウォルクが無言のままついてきた。


 ウォルクはひたすらセイラムのことを案じていた。黙って聞いていると何やら訳の分からないことばかり。彼らは間違いなく何かを知っているようだが、こちらにそれを明かすつもりはないようだ。


 階段をいくつも降り、通路を何度も曲がり、方向感覚がおかしくなってきた頃、ようやく牢獄に到着した。さらに奥に進み、一番奥に精霊が入れられている独房はあった。


 扉の隙間から染み出すようにどす黒い魔力が湧き出ているのがセイラムには見えた。

 クリムゾニカとオクタヴィアが杖を取り出し構える。クリムゾニカは中で炎が燃えているかのような真紅と橙の混ざった紅い杖、オクタヴィアは晴れた春の空のような薄青と薄緑が混ざり合った、淡く透き通った美しい杖だ。蔦のような金の装飾が表面を這っている。


 二人が杖を構えたことを確認し、デジレは独房の鍵を開け扉を開いた。


 精霊は奥の椅子に鎖で縛りつけられていた。部屋の中は暗い。

 俯いていた精霊はセイラムらをちらりと見ると力なく笑った。


「……やっと殺してくれるのか?」


 暗い目をしている精霊にデジレは静かに近づいた。


「残念だが違う。これからお前を浄化し、その後に解放する」

「解放……? 何故? 私は人を殺したんだぞ」

「ああ、そうだ。だが我々はお前の凶行はラブレーとの契約故と考えている。契約故に逆らえなかった、と。すなわちお前も被害者なのだ」

「違う!」


 がちゃん、と派手な音を立てて鎖が大きく動いた。精霊が思わず立ち上がろうとしたのだ。


「違う! 私だ! 私が自分の意志でやったんだ!!」


 大声で叫んだ直後、精霊はすっと大人しくなり項垂れた。


「頼む、死なせてくれ……」


 たまらずセイラムは声を上げた。


「この様子だと解放した途端に自ら命を絶つのでは? それでもこいつを生かしておこうとするのはやはり……」


 セイラムはデジレを見た。


「デュ・コロワに対抗する戦力として、ですか?」

「……そうだ。即戦力になる者が欲しいのでね」


 デュ・コロワ。

 世界を変えようとする謎の組織に属する男。

“魔法”を使えるセイラムを狙い、ラブレーに死者蘇生の方法を教えた男。


「デュ・コロワの実力は相当なものだろう。念には念を、だ」

「ですが……」


 この状態の精霊が果たして戦力になるのか?

 セイラムが精霊に目をやると、意外にも精霊はしっかりと顔を上げこちらを見ていた。


「デュ・コロワ……」


 その男が尋ねて来た時、精霊は言い知れぬ不安を感じた。その予感は的中し、唯一無二の親友は亡き妻の復活に執着し凶行に及んだ。

 親友を壊したのは自分だが、狂わせたのはデュ・コロワだと精霊は思っている。


 精霊は詳しいことは知らされていなかったが、話を聞いているとどうやら組合(ギルド)はデュ・コロワと敵対し戦うつもりのようだ。その戦力として自分を利用することを考えている。

 思い返せばデュ・コロワも初めは精霊に用がある様子だった。何らかの目的のために精霊を手に入れようとしていたのだろう。


 目的とはおそらく精霊の持つ魔力。精霊はこう見えても長く生きており、何事もなければ今頃は上位精霊に分類されていたはずだった。


 この時精霊の心にある思いが浮かんだ。

 淡い泡のような思いだ。

 あまりにも淡すぎて確かな形にはならなかったが、それは確かに精霊の心に居座った。


「伯爵」


 精霊に呼ばれ、セイラムは戸惑った。先ほどまでの様子とは打って変わって精霊が力強い目をしていたからだ。

 戸惑いながらも見つめ返すと精霊ははっきりと言った。


「あなた方に協力する。何でもする。……ガスパールのために」


 精霊があっさりと協力を申し出てきたことにデジレらもさすがに驚いた。驚いたが顔には出さず、静かに頷き、セイラムを促した。


「では、伯爵、やってみよ」

「……わかりました」


 セイラムは杖を構えて前に出た。精霊は静かにセイラムを見ている。

 使う術式は作者不詳のものだ。古くから存在するものだが、古すぎる故に作成者の情報が残っていないのだ。綿々と受け継がれ使われ続けてきた、繊細で扱いの難しい術式だ。


「作者不詳、語り継がれし古き詩、『光の中に花散る影。吹く風艶めき、花落つ水面はさざめき煌めく。あるいは落ちゆく夜空の星、月、影。黒暗の中に花舞う光。咲く花綻び喜び(もたら)(ささ)やかな光の聖なる輝きは、闇を祓い清め静けさと安らぎを取り戻した』!」


 呪文を唱えている最中から、セイラムは違和感を感じていた。難しいはずの魔力操作――光の値を百パーセントにすることが怖いぐらい簡単にできてしまったのだ。

 明らかに今までとは違う。だが、自分の何が変わったのか、それが分からない。

 分からないことがとてつもなく恐ろしかったが、とにかくセイラムは浄化の魔術をやり遂げた。


 どす黒く渦巻いていた精霊の魔力が光の花弁に包み込まれ、浄化される。

 無数の花弁が消え去った後には、浄化され落ち着いた様子の精霊がいた。相変わらずぼろ布のような衣装をまとっているが、その表情には先ほどまでの陰鬱さはない。妙にすっきりした顔をしている。


「成功のようだな」


 デジレの声にセイラムが振り向くと、三人の賢者たちがこちらをじっと見つめていた。セイラムと精霊の一挙手一投足を見逃すまいとしているようだ。

 その後ろではウォルクが心配そうな視線をよこしており、その横ではゼアラルが明らかに面白がっている顔をしている。

 ゼアラルに関しては通常運転だ。

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