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天秤とウィッチクラフト  作者: 藤原渉
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薔薇色の人生 十三

 グローリアが微笑む傍ら、キャラハン子爵夫妻とマリユスの顔色はどんどん青くなっていく。無理もない。グローリアの話は全員にとって寝耳に水だろう。

 妹のミレイユを蝶よ花よと可愛がっていた一方で姉のグローリアが辛い思いをしていたことには微塵も気付いていなかった。グローリアはいつもミレイユに強請られるがままにドレスも宝石も譲り渡していたから。だが、それは何を言っても無駄、という諦めからだったのだ。


 闊達で流行りものに敏感でお洒落。そんなグローリアが従順で大人しくなったのはいつからだろうか?

 それは年頃になって性格が落ち着いた、というわけではなく、ただ単に自分を見てくれない両親への反抗もしくは諦めだったのだろう。


 そして、諦めと同時に妹に対する怒りや恨みの感情も心の奥底に仕舞い込まれた。

 それが表に出てしまったのが三月の事件の時なのだろう。


「ぐ、グローリア、お前は、ミレイユのことを憎んでいたのか?」


 父親にそう問われたグローリアは、寸の間考え頷いた。


「そうね、憎んでいたのかもしれないわね、私。でもミレイユだけではないわ。私、お父様とお母様のことも憎んでいてよ。だって、私から何もかもを奪っていくミレイユのことを止めないばかりかそれを推奨するんですもの。……私はもうこれ以上何かを奪われるのは嫌! 奪われたまま死ぬのも嫌! 私はこれから結婚して、生まれた子供を依怙贔屓しない良い母親になるの! だからミレイユが死ねばいいと思って…………」


 唸り声を上げて項垂れるキャラハン子爵。子爵夫人も真っ青な顔で俯いた。マリユスはうわ言のように『嘘だ……』と繰り返し呟いている。


「お前がそんなに追い詰められていたなんて……ミレイユのことを憎んでいたなんて、し、知らなかった……。なぜもっと早く言ってくれなかったんだ!?」

「お父様、先ほどから申し上げているでしょう? 私は何度も言いました。聞く耳を持ってくれなかったのはあなた方ですわ!」


 ぴしゃりと言い返され、キャラハン子爵は何も言えなくなる。鼻息荒いグローリアをセイラムは宥めた。


「落ち着いてください、グローリア嬢。……話を戻しますが、あなたが三月に襲われた時、あなたは犯人が誰なのか知らなかったのですね?」

「ええ、見知らぬ男性でした。顔は見ましたが、見覚えはありません」

「そして、今回ミレイユ嬢を襲った犯人の似顔絵を見たことで同一人物かもしれない、と気付いたのですね?」

「その通りです。あの陰気そうな顔は一度見たら忘れられませんから」


 確かに、幸の薄そうな顔つきをした男だ。


「わかりました。あなたはミレイユ嬢に深い恨みを抱いているようですが、事件には無関係。犯人が本当にあなたの願いを叶えてくれたという証拠もありませんしね」


 グローリアはわずかに微笑みながら頷いた。


「一つだけ申し上げてもいいですか、グローリア嬢?」

「何ですの、伯爵?」


 セイラムはそれまで見せていた厳しい表情を引っ込め、穏やかな顔でグローリアを見つめた。


「あなたには休息が必要です。長年に亘るご家族からあなたへの仕打ち、三月の事件、そしてミレイユ嬢の死……あなたと犯人に直接の関係はないでしょう。ですが、あなたはミレイユ嬢の死は自分が願ったせいだと思ったはずだ。ミレイユ嬢のことを恨んでいたとしても、その死に責任を感じたはず。また、犯人が自分のところに何かしらの見返りを求めに来るのではないか、とも考えたでしょう?」

「……ええ、そうですわ。私、怖かったんです。妹を殺したのがあの男だとわかって、近いうちにまた私のところに来るのではないか、と」


 グローリアは素直に頷いた。その顔には疲労の色が見える。


「今夜子爵邸を抜け出そうとしたのは、犯人が見返りを貰いに、あるいは仕返しに来るかもしれないと思ったからですね?」

「ええ、そうです。伯爵の魔術で犯人の居場所がわかったら当然あなた方は捕らえに行くでしょう? 犯人はもしかしたら自分のことを私がばらしたのかも知れないと勘違いしてしまうのではないかと思って……」


 どこかに逃げようとしたのだ。犯人から。家族から。あるいは家族に累が及ばぬように離れようとしたのか。


組合(ギルド)に依頼してあなたの護衛に腕の立つ魔術師を数名派遣してもらいます。また、念のためしばらくの間王都を離れた方がいいでしょう。キャラハン子爵、王都の外に親戚の家、あるいは別邸などはありますか?」


 セイラムの問いかけに青い顔をしていたキャラハン子爵は我に返り、もう一人の娘も狙われるかもしれないという事実にすぐに顔と気を引き締めた。


「いや、当家に別邸はない。それほど裕福ではないしな。親族なら遠方に何軒かあるが」

「では……」


 その時、使用人の一人が駆け込んできてウォルクに耳打ちした。すぐにウォルクがセイラムの元に来る。


「セイラム様、カミーユ・アトウッド様が到着されました」


 すぐにカミーユ・アトウッドとスパイサー刑事が客間に入ってくる。カミーユはセイラムの隣の席に、スパイサー刑事はバート警部の隣に立った。


「夜分遅くに呼び出して申し訳ない、カミーユ」

「構わないよ、伯爵。グローリアのことかい?」


 そう問われ、セイラムは頷く。そのまま先ほどまでの話の内容をカミーユに説明した。キャラハン子爵夫妻は俯き、マリユスは青い顔でセイラムとカミーユ、グローリアの顔を順番に見回し、グローリアは顔色は悪いが真っ直ぐにカミーユを見ていた。

 すべての話を聞き終わったカミーユはグローリアを安心させるかのように優しく微笑み、子爵夫妻に向き直った。


「キャラハン子爵、子爵夫人。僕は以前に言いましたよね、覚えていますか? グローリアとミレイユ嬢の扱いに差をつけるのは止めていただきたい、と。あれではグローリアが可愛そうだ、と。お二人は『グローリアは優しいから』などと仰っていましたが、ミレイユ嬢に強請られて何かを譲る時のグローリアは明らかに悲しそうな顔をしていました。あなた方には見えていなかったのですか?」


 将来の婿の辛辣な声にますます肩を落とす子爵夫妻。


「あなたは子爵夫妻を諫めようとしていたんですね?」


 セイラムの声にカミーユは頷いた。


「ああ、もちろん。大事な婚約者が不当な扱いを受けていると知って、僕が怒らないわけがないだろう? だが何度言っても無駄だった。僕がグローリアにプレゼントしたばかりのネックレスをミレイユ嬢が身に着けていた時の僕の気持ちが分かるか?」 

「ね、ネックレス?」


 キャラハン子爵の戸惑ったような声に、カミーユは辛辣な視線を送った。


「最近ミレイユ嬢がよく身に着けていた葡萄のネックレスです。紫水晶と金でできた細かい装飾の。あれはほんのひと月ほど前に僕がグローリアに贈ったばかりのものです。それを何日も経たずにミレイユ嬢の首にかけられているのを見た時は我が目を疑いました。グローリアに聞いたらミレイユ嬢にしつこく強請られ両親から彼女に譲るように命じられたと。もちろんグローリアは僕からの贈り物だからと説明して拒否したそうですが」

「あなたが贈ったネックレスをそうだと知りながら、ミレイユ嬢はグローリア嬢に強請ったと? なんとまあ……」


 セイラムが呆れた顔を見せると、キャラハン子爵と子爵夫人はがっくりと項垂れた。


「も、申し訳ない……。グローリアの言葉を聞き流していた……」

「そして僕の言葉も聞き流していたわけですね? 僕とグローリアの言葉は聞く価値すらないと?」


 完全に立場が逆転している。キャラハン子爵は王立軍の将校でカミーユの上官だが、今この場を支配しているのはカミーユだった。

 ちなみにセイラムもこの厳格な先輩のことは少々苦手だ。爵位を持つセイラムの方が立場は上だがカミーユに対してはどうしても上から目線にはなれない。

 カミーユは子爵夫妻の様子を見て一つ大きなため息をついた。


「この話はここまでにしておきましょう。続きはまた後日。……失礼なことを申し上げましたが、僕がグローリアと結婚するという意思は変わりません」


 そう言うと、カミーユはグローリアのそばに移動し彼女の手を取った。


「ネックレスは別のものをまた贈るよ。一緒に選びに行こう」


 その言葉にグローリアは嬉しそうに笑った。


      ***


 カミーユの提案でグローリアは当分の間アトウッド伯爵家の領地に身を寄せることになった。領地で暮らすカミーユの祖父母に会いに行くという名目だ。


「良かったのですか? こんなに急に決めてしまって。アトウッド伯爵にもまだ話していませんし」


 セイラムがそう聞くと、カミーユは笑って答えた。


「構わないよ。元々近いうちにグローリアを連れて祖父母に会いに領地に行こうと思っていたんだ。それが少し早まっただけさ。それに、妹の死にショックを受けている彼女を静養させるという理由もつけられる」


 それならしばらくの間グローリアが王都から姿を消しても不審がられないし自然な成り行きだ。


「それよりも伯爵、犯人の方を……」

「ええ、全力で見つけ出し捕らえます」

「頼んだぞ」


 カミーユの真っ直ぐな視線を受け止め、セイラムは背筋を伸ばして頷いた。

 セイラムが蒔いた種は芽を出し花を咲かせ、枯れた。

 グローリア嬢は犯人に直接繋がってはいない。頭が痛いがまたやり直しだ。

 いっそ王命で若い女性の単独行動を禁じてもらおうか。

 土台無理なことを考えながら、セイラムは帰り支度をする客人たちを見送るために玄関先に出た。


「グローリア嬢」


 カミーユの馬車――アトウッド伯爵家の紋章が付いた馬車に乗ろうとしていたグローリアにセイラムは声をかけた。


「お元気で」


 犯人は必ず捕まえます、などというのもありきたりだし当然のことなので、結局こんな別れの言葉になった。

 グローリアは微笑んで頷く。


「ええ、ありがとうございます。伯爵も――」

お嬢さん(ミレディ)!」


 ゼアラルの叫び声。同時にセイラムもそれに気付き、杖を構えた。


「リヴァルタの術式第二十一番、『渦巻く風と夜明けの星の氷凝り』!」


 杖から発せられた光の粒子が氷のように固まり壁となる。

 リオン伯爵邸を守るかのように現れた壁に、飛んできた鎌鼬は防がれた。


「きゃああぁぁぁ!?」


 悲鳴を上げたのは子爵夫人だ。すぐにキャラハン子爵が妻を抱き寄せ庇う。マリユスは玄関で腰を抜かしていた。グローリアは馬車のそばで蹲っている。それを見たカミーユがすぐに駆け寄ろうとした。


「グローリア!」

「カミーユ! 待て!」


 セイラムが叫ぶのと同時に鎌鼬の第二波が飛んできた。


「くそっ」


 悪態をつきながら杖を構え攻撃を防ぐ。伯爵邸の窓ガラスが大量に割れ、破片がキラキラと地面に落ちて硬質な音を立てて砕けた。

 攻撃が止み、そっと顔を上げたグローリアはカミーユの元に駆け寄ろうとした。カミーユもグローリアに向かって走り出す。


 だが、黒いローブを纏った男が二人の間に舞い降りた。

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