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天秤とウィッチクラフト  作者: 藤原渉
32/71

薔薇色の人生 十一

 リオン伯爵邸に戻ったセイラムは、昼食を取った後ウォルクとゼアラルをお供に王都警察本部に行き、バート警部に自分の考えとキャラハン子爵邸でちょっとした偽の情報を流したことを報告した。報・連・相は重要だ。


 ついでに警官を数名借りてキャラハン子爵邸を見張ってもらった。意味のある事かどうかは分からないが、少なくとも何がしかの答えは出る。


 キャラハン子爵から問い合わせがあったら口裏を合わせるようバート警部に頼み、他に数点確認を取った後、セイラムは次にエリオット三世病院に行き、入院しているキャラハン子爵家の従僕のエイデンと御者のコリーを見舞った。


 重傷だとは聞いていたが大変元気そうで、ミレイユの死に責任を感じていた。

 二人からは犯人は間違いなく魔術師であること、かなり手練れの魔術師らしいこと、自分たちには目もくれずミレイユだけを狙っていたことを聞きだした。

 あの似顔絵も、ミレイユのために痛む身体に鞭を打って記憶を掘り起こしたのだそうだ。


「でも、ちょっと変だったんですよ」

「変? 何がかね?」


 エイデンの発言に、セイラムは先を促した。


「あの魔術師、杖を持っていなかったんです。普通魔術師たちは魔術を使う時杖を使いますよね?」

「そうだな。極々簡単な術式を使う時は杖を使わないこともあるが、攻撃魔術など複雑で高度な術式を使う際は杖が必要だ。五賢者のような高位の魔術師なら要らないかもしれないが、少なくとも僕は杖を使う……って、犯人は杖を持っていなかった!? 確かかね?」

「ええ、間違いありません。あの男は手ぶらでした。杖ではなく手を振って魔術を使ってましたよ。あと、何かに命令していました」

「そして、うちの馬車を破壊してお嬢様を……」


 コリーは声を詰まらせ咽び泣き始めた。ウォルクが近寄り肩を軽く叩く。


「何かに命令……精霊か?」


 攻撃魔術は自分が使ったのではなく精霊に命令してやらせたのだろうか。


「ウォルク、ゼアラル。ミレイユ嬢が襲撃された現場に行ってみよう」

「かしこまりました」


 ウォルクが優雅に一礼し、ゼアラルは無言で頷く。

 エイデンとコリーに別れを告げ、セイラムたちはミレイユらが襲撃された現場に行ってみた。残っていた魔力は薄れていたが、禍々しくどす黒い魔力の粒子が残っているのが視えた。


「精霊の魔力だな」


 ゼアラルの眉が不快気にしかめられる。


「ああ。魔術師本人の魔力は感じられない。何もかも精霊にやらせているのか?」

 自分の痕跡をよほど残したくなかったのだろうか。それとも……?

「……魔術師ではないのか?」

「魔術師じゃない? どういうことです?」


 隣にいるウォルクにセイラムは答える。


「精霊との契約は魔術師じゃなくてもできる。犯人は精霊と契約したただの人で、何もかも精霊に命じてやらせているのかもしれない」

「同感だ。ここまで魔術師の魔力が感じられないなんて不自然すぎる」


 反対隣でゼアラルも頷いた。

 魔術師でないなら黒の長老たちが知らないのも道理だ。


「くそ、振り出しだな。すぐにバート警部に知らせよう」


 当然ながらセイラムたちの報告はバート警部ら捜査本部の刑事たちを混乱させた。容疑者を魔術師に絞っていたため、非魔術師の容疑者についてはほとんど取り調べていなかったからだ。


「申し訳ありません、伯爵。こちらの落ち度です」

「いや、これは仕方ないかと。それに、犯人にまったく魔術の知識がないとは考えられない。ある程度魔術に関わっている人物と思われる」


 バート警部の謝罪にセイラムは首を振る。そう、犯人はディアーヌのようなほぼ素人とは違う。

 ディアーヌの場合はアエスが高位精霊ということもあり、契約においてアエスの方に主導権がある形だった。

 だが、この犯人は完全に精霊を支配している。八人もの女性を殺害させ、ミレイユ嬢の件においては従僕と御者に攻撃し怪我を負わせているのだ。

 魔術に関する知識が全くなく、偶発的に契約してしまったのではない。断じて。

 バート警部は似顔絵の陰気な顔を睨みつけた。


「いったいどこの誰なんだ、こいつは?」


     ***


 その日の夜。リオン伯爵邸の書斎でセイラムはじっと待機していた。

 自分の蒔いた種が芽を出すのを。

 ゆったりと深く椅子に腰かけ、上着のポケットから金の懐中時計を取り出し、蓋を開け時間を確かめる。


 この懐中時計は亡き父オスカーの形見の品だ。しゃらりと垂れ下がる鎖は黒の長老デジレから貰った御守(タリスマン)で、三十センチほどの金の鎖の中にデジレの瞳のような黒曜石が数粒編みこまれている。


 午後十一時。


 芽が出るならそろそろか、と思っていると、書斎にウォルクが駆け込んできた。


「セイラム様、何やら動きがあったそうです」

「そうか」


 そのまま待つことさらに数十分。

 リオン伯爵邸の車寄せに馬車が停まる音がした。

 セイラムはゼアラルとピエールを従えて階下に降り、玄関先で客人を迎えた。


 客人はウォルクとバート警部、スパイサー刑事に先導されてやって来た。セイラムは薄く微笑み恭しく礼をする。


「我が家へようこそ……グローリア・イヴリン・キャラハン子爵令嬢」


 やって来たのはミレイユの一歳違いの姉、グローリアだった。

 昼間とは打って変わって濃い臙脂色のドレスを着ている。裾には黒い糸で薔薇の刺繍が入っていた。濃い茶色の髪はきれいに結い上げられ黒いリボンを結んでいる。


「……ご機嫌よう、リオン伯爵」


 グローリアは感情の抜け落ちた表情でセイラムを見た。

 その後ろにはキャラハン子爵夫妻がいる。こちらは事情がつかめておらず、一体何事なのかと狼狽えている。


「ウォルク、お客様方を客間へ案内してくれ」

「かしこまりました」


 客人たちはそのままセイラムの前を通り過ぎ、客間に入っていった。セイラムはバート警部に話しかける。


「どういう状況だったんですか?」

「それが、グローリア嬢は一人で子爵邸を抜け出そうとしていたんですよ。こんな時間に付添いもつけずにね。子爵邸を見張って、不審な動きをする者がいたら捕まえてここに連れてきてくれ、との指示通りお連れしましたが……」

「ええ、十分です。ありがとう、バート警部。ところで子爵夫妻はどうしてここに?」

「無断で連れ出すわけにもいかないではありませんか。一応お伺いを立てたところ、自分たちも行く、とのことだったのでお連れしました」

「そうか。まあ想定内だ、問題ないよ」


 セイラムは頷き、少し考えてスパイサー刑事を呼んだ。


「何でしょう?」

「済まないが、うちの周りをマリユス・マイヤールがうろうろしているようだから、ちょっと行って彼をここに連れてきてくれないか?」

「構いませんが……」

「その後で、ひとっ走りアトウッド伯爵邸に行ってカミーユ・アトウッドを連れてきて欲しいのだが」


 スパイサー刑事はバート警部の方をちらりと見た。バート警部は頷いて、早く行け、と言うように手を振った。


「わかりました、行ってきます」


 スパイサー刑事は急ぎ足で玄関から飛び出して行った。

それを見送り、セイラムはバート警部を伴って客間に入った。

 グローリアと子爵夫妻は椅子に座り、大人しく待っていた。彼らの周囲をウォルクはじめリオン伯爵家の使用人たちが動き回りお茶を淹れて回っている。ゼアラルとピエールもその中に交じり給仕を始めた。


「お待たせしました」


 言いながらセイラムも席に着く。すかさずセイラムの分のティーカップが置かれた。熱い紅茶が湯気を立てている。

 直後にスパイサー刑事に先導され、マリユス・マイヤールが到着した。


「やあ、マリユス。適当にかけてくれ」

「え、ええ。あの、これは……? 遺留品を使って犯人を捜すのでは?」

「済まない、それは嘘だ」

「え!? どういうことです? 俺は犯人を見つけたら一緒に殴り込もうと思って来たのに!」


 戸惑いと怒りの表情でマリユスは持っていた(ステッキ)を掲げた。


「落ち着きたまえ。それよりも大事な話があるんだ。かけなさい」


 戸惑いつつもマリユスは席に着く。すぐに紅茶が出された。

 感情の抜け落ちた青白い顔のグローリア。落ち着かない様子の子爵夫妻。同じく、不安な様子のマリユス。

 さりげなく観察しつつセイラムは口を開いた。


「グローリア嬢」


 呼びかけると、グローリアは暗い目でセイラムを見返した。


「あなたはこの連続殺人事件における重大な事実を知っていますね?」


 セイラムの言葉にグローリアは無表情で頷いた。


「グローリア!? どういうことだ!?」


 驚き目を剥くキャラハン子爵。同じく驚愕の表情の子爵夫人。セイラムは二人を制して言葉を続けた。


「思えばあなたの態度は始めから少しおかしかった。子爵邸で話をしていた時、僕は犯人の似顔絵を皆さんに見せました。子爵夫妻とマリユスは似顔絵を睨みつけていたが、あなたのみ無気力な顔でぼんやりと眺めているだけだった。妹を亡くしてまだショック状態にあるのかと思いましたが……あなたは何も分からないふりをして下手なことを喋らないようにしていただけですね?」


 そう問うと、グローリアは薄く微笑みながらこくりと頷いた。


「ええ、そうですわ」

「ぐ、グローリア、お前、一体何を……」


 わなわなと震えだす父親に、グローリアは微笑みかけた。


「お父様、お母様、あなたたちが悪いのよ」


 きっぱりと言うグローリアに、子爵夫人は悲鳴のような声を上げた。


「グローリア!? 何を言ってるの!? 私たちが悪いってどういうこと!?」


 グローリアはそれには答えずセイラムを見た。


「リオン伯爵は全てお見通しですのね?」

「全てではありませんが、大体は。例えば……」


 セイラムはバート警部をちらりと見た。バート警部は懐から紙を一枚取り出し、広げて掲げる。そこには男の似顔絵が描かれていた。痩せた陰気な顔の男。額は広く後退している。


「その似顔絵は、あの男ですか?」


 マリユスの問いかけにセイラムは首を横に振った。


「いや、違う。これは三月に起こった()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「え?」


 全員が絵を注視した。


「そんな、どこをどう見てもあの男じゃないか!」


 声を荒げるマリユス。セイラムは懐からミレイユを攫った犯人の似顔絵を取り出し広げて見せた。

 描いた人が違うため、細部は違うが特徴は全く同じ。痩せた陰気な顔、年齢不詳で眉が薄く、目の下には濃い隈。まばらな髭、生え際がだいぶ後退した黒髪(ブルネット)


「いえ、これは確かにグローリア嬢を襲おうとした犯人の似顔絵です。あの時捜査を担当したのは別の刑事で、状況から連続殺人事件には関りはないと判断してしまったためこの件は埋もれてしまっていましたが、リオン伯爵の指摘で犯人の似顔絵を見てみたところ、同一犯の可能性が高いことが分かりました」


 バート警部は悔しそうな顔をした。


「こいつが何故グローリア嬢のみ襲いかけて何もせず逃げたのか……もしや、グローリア嬢はこの男のことを知っているのでは?」

「何ですって!? グローリア、どういうことなの!?」


 叫びながら振り向く母親に、グローリアは首を横に振った。


「いいえ、私はこの男のことを何一つ知りません。名前も、身分も、どこに住んでいるのかも」


 無表情でグローリアは答える。だが、瞳の奥に恐怖と不安が見えた。

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