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天秤とウィッチクラフト  作者: 藤原渉
28/71

薔薇色の人生 七

「十二の時刻む鼓動と数多揺らめく貴石の輝き」


 その時、ゼアラルがぼそりと呟いた。途端、賢者二人がものすごい勢いで振り向く。


「今何と言った、悪竜?」

「ちょっと、ねえ、それ……」

「心臓を使うだろう、十二個も。うち八個揃っている。あと四つだ」


 真顔の二人に対してゼアラルは飄々とした顔のままだ。


「なあ、今の呪文は何なんだ? 心臓を十二個使うって、どういうことなんだ?」


 意味が解らずセイラムはデジレ、クリムゾニカ、ゼアラルの顔を順番に見ながら訪ねた。解っていないのはセイラムだけではない。ウォルクも、部屋の隅で控えているデジレの弟子たちも解っていないようだった。


「大変古い術式だ。黒魔術で、禁術指定されている」


 禁術――黒魔術の中でもかなりヤバい部類ということだ。黒魔術師でさえも使うことを厭い禁じた術式。だったらそんなもの創るなよ、と言いたいが。


「十二個の若い女性の心臓と大量の血液、同じく大量の輝く鉱石と特別な石を捧げて行う術式だ。時の巻き戻し、死者の蘇生、あらゆる聖霊への冒涜と蹂躙……」


 いつになくデジレの顔が強張っている。相当ヤバい術式であることが察せられた。デジレの弟子たちも顔を見合わせてひそひそと耳打ちし合っている。


「死者の蘇生?」

「そうだ。何年も遡って死んだ者を生き返らせることができる。その者の身体がたとえ朽ちていようと、生きていた時の姿のまま蘇るのだ。やろうと思えば花の魔女を蘇らせることもできる。ただし、この術式には蘇らせたい相手の遺体が必要となる。花の魔女の墓の在処は不明だから彼女の遺体を用意することはできないが」

「例えば何年も前に死んだ家族や恋人を生き返らせたいとか……とにかく、本人の遺体さえ用意出来れば蘇生できるのよ」

「それは……(ことわり)に触れるのでは?」

「バリバリ触れまくってるわね。死者を蘇らせるなんて、理に触れるどころか反してるわ。それこそ精霊王の逆鱗に触れる行ないよ」


 精霊王が普段どこにいて何をしているのか、精霊すら知らないらしい。だが、理に触れたものには必ず罰が下される。五賢者が歳を取らないのも理に触れてしまったせいだ。歳は取らない上に彼らは子孫を設けることもできない。それに何故か自死もできないらしい。終わりのない永い生を一人で生きていかねばならないのだ。


 五賢者の六人は精神的に強靭(タフ)だから今日も元気に弟子を育て魔術理論について研究し新しい術式を開発し……と普通に毎日を送っているが、彼らはすでに数百年という長い時を生きている。並みの人間ならとっくに心が擦り減っているだろう。


「では、この男はその理に触れるような術式を行なおうとしているのか?」

「その可能性が高いな。しかし、これは不味い」


 デジレは顔をしかめた。


「この術式は時を巻き戻すのだ」

「はい?」


 セイラムはデジレの言葉の意味が理解できず聞き返した。


「時を巻き戻す、とは?」

「そのままの意味だ。術式を行使した時点でこの世界はリセットされ、死者が死んだその時に戻るのだ。そして、そこからまた新たに時を刻み始める……歴史を変えてしまうかもしれないのだ」

「戻るって、術式の効果は死者が蘇るというだけではないのですか?」

「ええ、単純に死者が蘇生するだけじゃないの。朽ち果てた死者の遺体が元に戻るのに合わせて時間を巻き戻してしまうのよ。巻き戻してその人の死を回避し、そこから新たな人生を歩め、ということなんだと思うわ。でもね、蘇らせたい死者が数百年前の人物だったら、数百年分の歴史が全てリセットされてしまうのよ」

「な……」


 数百年も遡ればセイラムはもちろん、今この世界に存在しているもののほぼすべてが消えてなくなってしまう。数百年分の歴史が白紙に戻るのだ。そして、新たな歴史が上書きされる。今現在の歴史と辿る道はほぼ同じかもしれないが、確かに違うのだ。


「過去が一つ書き変わるだけで歴史は全く違ったものになるかもしれない。伯爵、お前は生まれてこないかもしれないし、国が一つ二つ地図から消えることもあるかもしれない。六百年ほど前に一度、この禁術を使った者がいた。その時は二十年遡ったが、私が知っている歴史とは少し変わってしまった。バレンティアの七月革命は本来は起こらなかったはずなのに」


 ルビロ王国の南隣の国、セント・ルース港のあるグラディウス海の向こうにあるバレンティア王国の七月革命は、今から六百年ほど前に起きた、血で血を洗うような凄惨な革命だ。当時の国王と王妃、王太子ら旧王朝の王族は全員処刑され、新しい――現在の王朝が立った。国王ら以外にも、いくつもの貴族家が断絶されたという。


「そんな、本当に歴史が変わってしまうのか……そんな術式があったなんて」


 ショックを受けるセイラムの後ろからウォルクが手を挙げた。


「あの、お聞きしてもよろしいですか?」

「良いとも。何かね、執事?」

「六百年前に一度、巻き戻って歴史がリセットされたということを、黒の長老、何故あなたは知っているのですか?」

「簡単なことだ。術式が行使されたその場にいた者は記憶を保持したままとなる。肉体の年齢はリセットされても記憶は残り続けるのだ。私はあの時、術者を止めるため他の魔術師数人とあの場にいて、巻き込まれた。気付くと二十年前に戻っていて混乱したものだ」

「記憶を保持したまま……では、仮にその時黒の長老が生まれるよりはるか前に巻き戻っていたら……?」

「さて、どうなっていたのかな。生まれた時からかつての記憶を持っていたかもしれないし、そもそも歴史が変わったことによって生まれていなかったかもしれない」


 改めてセイラムは今起きている連続殺人事件のことを思い起こした。犠牲者は全員若い女性。その遺体から持ち去られた心臓、失われた血液。大量の鉱石と特別な石とやらについては心当たりはないが、自分の知らないところで準備されているのかもしれない。


「犯人は、本気でその禁術を使うつもりなのでしょうか?」

「分からないわ。犯人の目的が本当にこの禁術かどうかもまだ定かじゃないもの。可能性は高いけど」


 苦々しげな表情のクリムゾニカ。


「歴史を変えるなんて、冗談じゃないわ。私たちのこれまでの人生が一瞬で台無しになるかもしれないのよ。築き上げたものも、思い出も、何もかも」

「何年巻き戻るかにもよるがな。数年ならまだいい方だ。本当はよくないが」

「数年だって僕は嫌ですよ」


 そう、数年だって巻き戻されてたまるか。決して順風満帆の人生というわけではないし辛いことも多くあったが、台無しにされるのは業腹だ。


「必ず犯人を捕まえます。そのために、協力をお願いします」


 セイラムが改めて頭を下げると、デジレとクリムゾニカは力強く頷いた。


      ***


 小さな会合が終わり、帰ろうとセイラムが立ち上がりかけると、デジレに止められた。


「ちょっと待て」


 そのまま彼は自分の机の引き出しを開け、中を漁る。


「ああ、あった。リオン伯爵、これを」


 引き出しを探ったデジレが渡してきたのは彼お手製の御守(タリスマン)だった。三十センチほどの金の鎖の中にデジレの瞳のような黒曜石が数粒編みこまれている。


「懐中時計に付けるなり何なり、好きに使うと良い」

「ありがとうございます」


 受け取ったセイラムは早速自分の懐中時計の鎖を外し、デジレから貰った御守(タリスマン)の鎖を付けた。セイラムの父である前伯爵の形見の品である金の懐中時計にその鎖はよく合った。


「セイラム、いい? くれぐれも油断しないこと。何かあったらすぐに私か組合(ギルド)に連絡しなさい。連絡にはどんな手段を取ってもいいわ。絶対に一人で何とかしようとしないこと。連続殺人事件のことも、禁術のことも、デュ・コロワとかいう男のことも、全部よ」


 先手を取ってクリムゾニカに釘を刺され、セイラムは苦笑いした。


「分かっている。無茶はしないよ」

「本当かしら?」


 クリムゾニカはじっとりと弟子を()め付けた。さすがは師匠だ。いざとなったら自分を犠牲にし兼ねない弟子の性格をよくわかっている。


「伯爵、デュ・コロワという男についてはこちらで調べよう。古い文献も徹底的に探す必要があるから時間はかかるが。何せ、花の魔女と何らかの関りがあるようだからな。一体何百年遡って調べればいいのやら」


 デジレは肩をすくめたが、実際に何百年も遡って調べるのはそばで控えている弟子たちの仕事になるだろう。


「わかりました。よろしくお願いします」


 セイラムは丁寧に礼を言って立ち上がった。続いてウォルクも立ち上がり、ゼアラルに立つよう促した、

 デジレの執務室の外に出ると、何人かの魔術師たちが遠巻きにこちらを見ていた。皆ゼアラルを恐れているのだ。


「面倒くさい奴らだな。言いたいことがあるなら直接来ればいいものを」

「その勇気がないからああやって見ているのよ」


 悪態をつくゼアラルにクリムゾニカが答えた。


「お前たちは俺と普通に話しているのに」

「ゼアラル、五賢者を他の魔術師と一緒にするな。彼らは化け物だ。(ことわり)に触れているから歳を取らないし、変人揃いだし、おかしなマイルールを持っている者ばかりだし……」

「セイラム、あなたも充分変人よ。自分のことを棚に上げないでちょうだい」

「失礼な。みんなそう言うが僕のどこが変人なんだ?」

「あら、自覚がなかったの? 貴族なのに魔術を熱心に研究し自分独自(オリジナル)の術式を作ってしまうなんて、変人と言う以外に何て言ったらいいのかしら?」

「クリムゾニカ、あなたこそ月夜の晩にいつも全裸で月光浴するなんて変人と言う以外に何と言えばいいんだ?」

「いつもじゃないわ、満月の晩だけよ。全裸になるのは月の光を余すことなく全身に浴びたいからで、他意はないわ」

「他意があってたまるか」


 前庭に出るとセイラムは預けてあった魔呪具の布を呼び寄せた。ふわりと広げた布をしわ一つないように綺麗に整える。セイラムはその上に金粉をひとつまみ散らした。


「さあ、帰ろう」


 来た時と同じようにセイラム、ウォルク、ゼアラルの三人は布の上に立った。


「伯爵、くれぐれも気をつけよ。敵はいつどのように来るか分からんからな」

「ええ、気をつけます」

「近いうちに伯爵邸に行くわ。拾った怪我人のことで話したいこともあるし」

「分かった。待っている」


 黒と赤の二人に別れを告げ、セイラムたちは清幽城を後にした。

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