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天秤とウィッチクラフト  作者: 藤原渉
24/71

薔薇色の人生 三

 セイラムが考え込む横でじっと話を聞いていたゼアラルが久しぶりに口を開いた。


「おい、警部」

「何ですかな? ゼアラル殿」

「ゼアラル、お前もう少し丁寧な口を利いたらどうだ?」


 ウォルクが注意すると、バート警部ははっはっは、と笑った。


「いやいや構いませんよ、執事殿。男は多少やんちゃな方が元気があってよろしい」

「いや、やんちゃという年齢でもないんですけど……」


 千年近く生きてる悪竜だし。


「話を戻そう。ゼアラル、何か気付いたことでもあるのか?」


 セイラムが脱線した話を元に戻すと、ゼアラルはやや呆れた表情で口を開いた。ちなみに、呆れているのはバート警部とウォルクに対してだ。


「死んだ女たちに共通点はない。遺体発見現場もバラバラ。これで何故“連続”殺人だと?」


 その言葉にセイラムも頷いた。


「僕もそこを疑問に思っていた。バート警部、一体何故?」


 バート警部は一つ頷いて被害者に関する資料のある部分を指差した。


「これは世間には伏せられている情報なんですが、被害者は全員、()()()()()()()()()()()()()()

「な……んだって? 心臓を!? 全員が?」

「ええ、全員です。八人全員」

「ふん、いかにもだな」


 ゼアラルがにやりと笑う。黒魔術は生き物の血肉や命を対価に行われるが、とりわけ心臓には強い生命力が宿ると考えられており、よく黒魔術に使われるのだ。

 資料には確かに『心臓が欠損している』と書かれていた。


「おそらく、殺された後で抜き取られたんでしょうな。可哀想に。このことは模倣犯を防ぐためと混乱を防ぐために伏せられています。くれぐれも内密にお願いしますよ」

「分かっている。……彼女たちの死因は?」

「失血死です。首をかき切られています。遺体に血液はほとんど残っておりません。遺体発見現場にも血液はありませんでした」

「となると、別の場所で殺害して運んで遺棄したというわけか。だが、被害者の居住地区も遺体発見現場もそれぞれ異なる。犯行現場は一カ所ではないかもしれないな」


 セイラムは壁に張ってある王都ソルブリオの地図を見た。円形で、中央に黄昏宮(クレプスクルム・パレス)があり、黄昏宮を中心に四つの地域に分かれている。北側にはなだらかな丘陵と森林が広がり、東西南には町が広がっている。東地区には貴族の邸宅が並び、西地区には平民の家々が立ち並ぶ。南地区には商業区があり年中賑わいを見せていた。王宮のすぐ前にはターミナル駅でもあるコルレクス駅があり、コルレクス駅からは四本の線路がそれぞれ東西南北に向かって伸びている。


 王都の北からは銀翠川が流れ込み、北の森林の途中で二股に分かれ、東銀翠川と西銀翠川になり、王宮やコルレクス駅のある一帯を囲み込んで、再び南七番、八番地区の辺りで一つになっている。

 東西南の各地区はそれぞれ十地区ずつある。ちなみにセイラムの館、リオン伯爵邸は東四番地区にある。スカーフィア侯爵邸は東三番地区だ。


 地図には遺体発見現場に印がつけてあった。確かに、遺体発見現場はバラバラだし住んでいた場所、職場もバラバラだ。


「いや、魔術師が関わっているなら被害者たちを運ぶのに特別な方法はいらないな。転移の術式があるから行きたいところにすぐ移動できる。拉致して、飛んで、犯行に及んで、また飛んで、そして適当な場所に遺棄すればいい」

「私も同感ですな。それに、単独犯なのか組織立って動いているのかすらもわかりません。今はとにかく人を使って、犯行現場を探させていますが、何しろ王都は広いし、それに」

「犯行現場とやらが王都ではない可能性もあるぞ」


 ゼアラルの言葉にバート警部は頷いた。


「ゼアラル殿の言う通りです。魔術師が関わっているとなると行動範囲に制限はなくなります。いや、非常に厄介ですよ」


 バート警部はハンカチで額の汗をぬぐった。


「伯爵、次またいつ誰が殺されるか全くわからない以上、早く犯人を捕まえねばなりません」

「わかっている。僕はこの件に関わっている魔術師について調べてみる。ついでに、心臓を使う黒魔術に関しても」

「よろしくお願いします。魔術師に関しては、ミレイユ嬢の従僕と馬車の御者が姿を見ています。彼らの証言から似顔絵を作成しました」


 バート警部が見せてくれた似顔絵の人物は、陰気な顔をした男だった。年齢はよくわからない。頬がこけていて、目も落ち窪み、眉はほとんどないぐらい薄い。目の下には濃い隈が張りつき、まばらに髭が生えている。髪は黒髪(ブルネット)で、生え際がだいぶ後退していた。

 セイラムはウォルクとゼアラルと三人で似顔絵を覗き込んだ。


「何とも、陰気な雰囲気の男ですね。セイラム様、見覚えはありますか?」

「いや、知らない顔だな。バート警部、この似顔絵の複製があったら一枚貰いたいのだが」

「ええ、ありますよ。どうぞ」


 バート警部から似顔絵を受け取ったセイラムは、そのままそれをウォルクに渡した。ウォルクは受け取った似顔絵を丁寧に丸め、懐に仕舞う。


「被害者らに付き纏っていたのも、痩せていて不気味な雰囲気の男だったな。この男なんだろうか?」

「まだ分かりませんが、可能性は高そうですね」


 セイラムの言葉にバート警部は頷いた。


「それから伯爵、ミレイユ嬢の遺体をまだここで保管しているのです。午後にご遺族が引き取りに来ることになっているのですが、その前にご覧になりますか?」


 少し迷ってセイラムは頷いた。


「そうだな、見せてくれ」


      ***


「こちらです、どうぞ」


 地下の遺体安置所は薄暗くひんやりとしていた。通された部屋には金属製の手術台のようなベッドが二台置いてあり、そのうちの一つに白い布を被せられた遺体が一つ安置されていた。

 案内してくれたのはバート警部の部下のスパイサー刑事だった。筋肉質で背が高く、真面目な若者だ。

 バート警部は会議に呼ばれて行ってしまった。そのため、自分の部下を案内役に付けてくれたのだ。


「よろしいですか、捲りますよ」


 スパイサー刑事はセイラムが頷くのを確認して、白い布を捲った。

 見覚えのある顔が現れた。


 ミレイユ嬢とは三週間ほど前、サングラント公爵が開いた夜会で顔を合わせたばかりだ。あの時彼女は明るい茶色の髪を半分は複雑な形に結い上げ、半分は巻いて垂らし、そこかしこに小さなピンクの薔薇をあしらっていた。ドレスには深みのあるピンクの布地と淡いピンクのレースが使われていて、薔薇の精のようだといろんな人が誉めそやしていたのを覚えている。

 彼女自身、頬を薔薇色に染めて始終楽しそうに笑っていた。今思い返すと、あの夜会には彼女の恋人マリユス・マイヤールも参加していて、ずっとミレイユ嬢の近くにいたように思う。


 今、布の下から現れたミレイユ嬢は、あの生き生きとした表情が嘘のようにすっかり生気が抜け、まるで人形のようだった。

 首元には鋭利な刃物で切り裂かれた痕跡が残っている。身体から血液がすっかり抜けたため、肌は白く作り物のようだ。


「気の毒に……確かキャラハン子爵家はミレイユ嬢の姉の結婚が近かったはず」


 セイラムの言葉にウォルクが頷く。


「お相手はアトウッド伯爵家の次男、カミーユ様でしたね。喪中になってしまいましたから、結婚式は延期でしょうね」

「ああ」


 さらに布が捲られる。現れたのは、胸の真ん中に無残に開けられた穴だった。


「ここから心臓を抜き取ったようです。被害者たちの心臓は未だに一つも見つかっていません」


 生前の彼女を知っているだけに、やりきれない。セイラムは秘かに拳を握り締めた。


「スパイサー刑事、もう少し近くで見てもいいかな?」

「ええ、どうぞ」


 スパイサー刑事に一言断ってから、セイラムはミレイユ嬢の遺体にさらに近づき、胸の傷口を集中して視た。

 禍々しくどす黒い魔力の粒子。

 オーブリーのものと似ている気がする。だが彼のものではない。オーブリーはセント・ルースで死んだ。セイラムの報告を受けて駆け付けた魔術師らによって遺体――正確には遺体のわずかな肉片――は回収され、そして、検分の後身元不明者として葬られた。

 セイラムの隣で同じく傷口を覗き込んでいたゼアラルが首を傾げる。


「妙だな」

「どうした?」


 セイラムがゼアラルに目をやると、彼は眉間にしわを寄せていた。今までに見せた不機嫌そうな顔とは違う。


 不快。


 ゼアラルの顔にはそう書いてあった。


「この魔力は精霊のものだ。この娘の死には精霊契約法が関わっている」

「何だと?」

「え? え? せ、精霊契約法って何です?」


 会話を聞いたスパイサー刑事が二人の顔をきょろきょろと見比べる。だが、二人は傷口の検分に夢中になっており、気付いていない。見かねたウォルクが知っている範囲のことを教えた。


「精霊契約法とは、文字通り精霊と契約して魔力を借りたり自分の代わりに魔術を使ってもらうことを言います。ミレイユ嬢を殺害したのは精霊と契約した魔術師である可能性が高いでしょう。厄介ですね」

「ど、どういうことです?」

「精霊は契約の履行に忠実です。魔術師と精霊の契約の内容がどういうものかは知りませんが、こちらの都合で無理矢理契約を解除するとひどいしっぺ返しが来るかもしれません。魔術師だけでなくこちらにも」

「そ、そんな……」


 スパイサー刑事は怯えた顔をした。ガタイのいい男がそんな顔をしてもかけらも庇護欲を刺激されないが、普通の人間の反応としては正しいだろう。魔術、そして精霊とは得体のしれないものなのだ。一般人にとっては。


「なんにせよ魔術師を探し出すのが先決だ。黒の長老にこの魔術師に関する情報を聞いてみよう。あの人は顔が広いから」

「よ、よろしくお願いします。自分はこのことをバート警部に報告しておきます」

「ああ、頼んだぞ、スパイサー刑事」


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