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天秤とウィッチクラフト  作者: 藤原渉
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薔薇色の人生 序

 王都で起きている連続殺人事件の調査を命じられたセイラムは、執事のウォルクと、セイラムと契約した悪竜ゼアラルを連れて警察署に行く。

 そこで、この日の朝に新たな犠牲者が出たことを知らされる。新たな犠牲者は子爵令嬢ミレイユ。

 調査を進めるとミレイユの姉グローリアが事件に何らかの関わりがあることが分かる。だが、そのグローリアもセイラムの目の前で犯人に連れ去られてしまった。

 決死の追跡により犯人を追い詰めたセイラム。だが、犯人には自分で自分の心を壊してしまうほどの悲しい過去があった。

 彼女の人生は薔薇色そのものだった。


 厳格だが優しい父、おっとりとして常に微笑んでいる優しい母、彼女に甘い優しい姉。

 爵位はそれほど高くはないが父は軍隊で活躍する指揮官だし、財産もたっぷりある。何一つ不自由はない。


 家はいずれ姉が婿を取って継ぐことになっている。姉は先日伯爵家の次男と婚約したのだ。何度か会ったがかなりの美形(イケメン)だった。物腰は軍人らしくきびきびしていて、それでいて性格は穏やかで真面目。なかなかの優良物件だ。姉との仲も良いらしい。


 とても羨ましかったが、彼はうちに婿入りすることになっている。

自分は家よりも爵位の高い貴族のところに嫁ぎたいのだ。そうすれば将来は安泰だし友人にも自慢できる。貴族に生まれたからには何一つ不自由のない悠々自適の暮らしをしたい。


 そしてそれはもうすぐ叶うだろう。

 見た目も身分も申し分ない最高の相手に巡り合えたのだ。


 今日も両親には内緒で恋人に会いに行き、愛を囁き合った。両親には内緒、というところがミソ(・・)だ。


 秘密の関係。


 恋人との共有の秘密が二人をますます燃え上がらせた。


 結婚までは清い関係でいなければならないため、口付けしかしたことはないが、彼女の心は満ち足りていた。


「お嬢様」


 浮かれていた彼女の薔薇色の気分に水を差したのは馬車に同乗している従僕だった。

 三十歳前後のベテランの従僕だ。


「何よ」


 ツン、としながら返事をすると、従僕は困った顔で苦言を呈してきた。


「あまり浮かれた態度をしていると旦那様たちにバレてしまいます。どうか……」

「わかってるわよ。ちゃんとバレないようにするから、あなたも口裏を合わせてよね」

「……はい、かしこまりました」


 気の利かない従僕のせいで風船のように軽くふわふわとした気分は一気に萎んでしまった。


 彼女は自分の膝を見下ろす。

 今日のドレスはオレンジがかった鮮やかで明るい赤色だ。

 もうすぐロイズ王立学院に留学してくるバレンティア王国のイザベラ王女のために作られた新品種の薔薇、『プリンセス・イザベラ』と同じ色。


『プリンセス・イザベラ』がお目見えするや否や、同じ色のドレスを作るのが爆発的に流行った。

 彼女は残念ながら出遅れてしまい、どこの仕立て屋も予約でいっぱいで当分予約は取れないと言われ断られてしまったのだが、運のいいことに彼女の姉は滑り込みで予約できていた。


 だから、出来上がってきたドレスを姉に強請って譲ってもらったのだ。


 襟と袖口には濃い茶色のレースが幾重にも重ねられ、襟元には緋色のリボンが形良く結ばれている。前面にずらりと並ぶくるみ釦はレースと同じ濃い茶色だ。

 帽子もドレスと同じオレンジがかった鮮やかで明るい赤色。濃い茶色の幅広のリボンがふんわりと結ばれている。


 姉は本当に趣味がいい。おまけに優しいから強請ればすぐに譲ってくれるのだ。


 ドレスを見ていると再び気分が上昇してきた。


 そうだわ、今度姉に何かお礼をしよう。何が良いだろうか? 姉は観劇が好きだから話題の歌劇(オペラ)のチケットでも送ろうか?


 そんなことを考えていると、突然馬車の速度が落ち、停まってしまった。


「どうしたんでしょう?」


 従僕が窓を開け、身を乗り出して外を見る。

 と、次の瞬間馬車に軽い衝撃が走った。


「何?」


 彼女は辺りを見回し、ふと空気が変わったことに気付いた。馬車の中――密室の停滞した空気ではない。緩やかに風が流れ、初夏の夜の少し冷えた空気だ。


「お、お嬢様……」


 振り返った従僕が引き攣った顔で上を見上げているのに気付き、彼女も上を見た。

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「え?」


 馬車の天井が無くなっている。

 一瞬思考が止まり、次の瞬間恐怖が押し寄せてきた。思わず立ち上がると前方に黒いローブのフードを被り顔を隠した人物がいるのが見えた。


「な、な、何なのよ!?」


 その人物がすっと手を挙げた。

 身体に走る衝撃。

 遠くなる意識の中で自分の身体がふわりと浮くのを感じた。




 彼女が最期に見たのは翻る薔薇色のドレスの裾。

 彼女の人生のように華やかな色だった。


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