青の秘密 序
魔術や精霊に関する事件の専任捜査官である若き伯爵セイラムは、日々国王や魔術師組合から下される任務をこなしていた。
ある日セイラムは訳あり令嬢ディアーヌが精霊との契約で失った魂の半分と声を取り戻すよう、彼女の伯母から依頼される。
精霊との取り引きにより“あるもの”と引き換えなら返すと言われたセイラムは、その“あるもの”を探すためディアーヌの生まれ故郷に向かう。旅に同行するのはセイラムに仕える執事のウォルク、見習い従僕のピエールとその妹ミシェル。ディアーヌと彼女の付添人のアンジェリカ。
そしてディアーヌと契約を交わした精霊アエス。
道中、謎の男たちの襲撃を受けるが難なく退けた一行。
無事に目的地に到着するが、思いもよらぬ事態がセイラムを待ち受けていた……
七日七晩の戦いの末、花の魔女と悪竜の争いは決した。
悪竜は花の魔女によって倒され、世界に平和が戻ったのだ。
人々は喝采を上げて喜び、口々に彼女の偉業を讃えた。あるいは恐れた。
月をも壊した悪竜を倒すなんて、彼女は本当に人間なのか? 悪竜以上の怪物ではないのか?
それらの声を気にすることなく受け流し、花の魔女は笑った。
「わかってくれる人だけが解ってくれたらいいのよ。それに、私のことを好きだと言ってくれる人は大勢いるわ」
彼女の言う通り、彼女に好意を持つ者は悪意を持つ者より遥かに多かった。彼女のための祭りが催され、人々は歌い、踊り、笑い、大いに食べ、飲み、また踊った。
そして、その祭りの最中、花の魔女は姿を消した。
どこを探しても、彼女の姿はどこにもなかった。英雄の失踪に人々は大いに嘆き悲しんだ。
魔術師たちも総出で彼女の行方を捜したが、見つかることはなかった。
いつしか人々は彼女のことを忘れ、悪竜のことも忘れ、花の魔女と悪竜の戦いはおとぎ話となった。
だが、完全に忘れ去られることはなく、花の魔女と悪竜の物語は歌となって永く歌い継がれてきた。
今日も世界のどこかで、子供たちが歌を歌い、駆けまわって遊んでいる。
彼女が守った平和なこの世界で。
月を壊した悪い竜、花の魔女に叱られて、緑柱石に閉じ込められて、そのまま千年ひとりぼっち。
腹を空かせた悪い竜、野茨の蔓を食い散らかし、影の蛇も頭から丸飲み、腹がくちて微睡んで。
夢うつつの悪い竜、花の魔女と鬼ごっこ、くるりと回ってまた出会い、揺れる天秤、勿忘草。
天秤に乗った悪い竜、花の魔女の娘を探し、いつか辿り着く約束の地、いつか叶う千年の夢。