懇切と思惑と
回想シーン続いてます(早く士官学校入学したい汗)
『ルジ、少しいいか?』
執事長殿に扱かれ自室で休んでいると、何年振りか、領主様が訪ねてきた。
『…如何なさいましたか?』
『いや…何かあった訳ではないのだが…いや、そうではなく…』
口を濁す領主様のお姿など、滅多に見ることはない。
少し顔が強張ってしまう。
『…ルジ、私は…お前に、謝らねばならない。無理を、させてしまった。本当に済まなかった』
『……そんな、無理など……私の方こそ、最後に我が儘を申してしまい…』
『いや、我が儘ではないが…最後と言わず、もっと沢山言ってほしい。……ルジ、』
あの時と同じ、戸惑い困惑した表情で私を見つめる。
『私もルフェも疫病の影響で儘ならぬこと許りだ。然し同盟国には義理を果たさねばならない。其れ故同盟国軍も人材不足が深刻であると仰った閣下から、ルジをと言われるなど…其のように仕向けた形になってしまった』
そんなお話をされていたのか…領主様のあの硬い表情の理由は、これだったのだ。
同盟を結んでいるとはいえ実際は対等な関係ではない。辺境国と同盟国に挟まれた土地の周辺国が大きく出る事がないのは、確実に同盟国の恩顧なのである。
『…領主様、私では、お役に立てませんか?』
『其のようなことを…言わせているのは私だな……ルジ、必ず、帰って来てほしい。お前の我が儘を聞きたいのだ。どうか聞かせてくれ、ルジ』
『……はい。必ず、戻って参ります』
どう言えば、私の気持ちを伝えることができたのだろうか。
謝罪など…私は感謝しているというのに。ああ…そうか。これは擦れ違いなのか。領主様とは最も言葉を交わしてこなかった。
宿の窓辺に立ち、夜空を見上げる。
此処が周辺国であろうと空は大して変わらない。当たり前なのだろうけれど、国を出たことがなかった私には、全てが初めての体験なのだ。
それにしても…改めて同盟国の抑止力を感じる。斯様に何事もなく宿に泊まり、辺境国から同盟国へ移動できるのは、同盟国軍の息が掛かった宿や道中の護衛騎士様の御陰である。
『お坊っちゃん、士官学校に行くんだって?淋しくなるねぇ』
報告と挨拶のため、以前復興支援の公務に訪れた地域を巡る度…お世話になった方々や共に汗水流した領民から温かい言葉を掛けてもらった。
ルフェに成り代わるため鬘を被り、男装し…偽りの領主子息であった私に。
『こっちの味が恋しくなるだろうから、はいっ、これ持ってきな!』
そう言って、各地の調味料を餞別として各々の地で贈られた。味にうるさいお国柄が出ていて心が和んだ。調味料が心の拠り所となるとは…思いもしなかった。
鬘といえば…そうだ。忘れていた。
必ず就寝前に塗布するようにと何度も繰り返し言われたリューバ特製の整髪剤を取り出す。
『ああ…お嬢様…お願いですから何卒ご自分で御髪を切ることはなさらないでくださいまし…』
などとも言われた。リューバ以外に切ってもらったことがないというのに、どうしたものか…それに、髪対して並々ならぬ情熱を注いでいたリューバが認めるような理髪師などいるのだろうか…
『其れからお嬢様、こちらは私奴の秘宝にございます』
そう差し出されたのは、リューバ秘蔵の化粧道具であった。
『必ずや所要となる時が訪れるでしょう』
『でも…大事な物なのでは?』
『はいっ!然し、私にとってお嬢様が最も大切でございます!』
其れに…と決まりが悪い顔をする。
『御詫びの品でもあります。如何しても、騎士団長様にお会いいただきたく、手を尽くしておりました』
それは、”お嬢様の日”に会う予定の人を敢えて教えなかったことなのか、ルフェと揃いの正装を用意していたことなのか…結局問うことはできなかった。というより…何れ知る事になると、直感が働いたのである。
気にならない訳ではない。
おそらく、会ってほしかったのはリューバの意思だろう。領主様は、私とコルガーが騎士団長殿と鉢合わせたことに驚いていたと後から聞いている。
整髪剤を付け終えると、爽やかな香りに包まれる。
『騎士団長様は、義姉上の男装についてはご存知なかったかと思います』
視察の後、ルフェが報告をしに来てくれた。
『終始私が提案し採用された改革についてお聞きになっていたので、恐らく、父上の考案ではないと目星を付けていたのかもしれません』
穏健妥当な領主様の御性格を把握していた、ということだろう。目新しく柔軟性のあるルフェの改革案は、聡明な子息の案であると見当をつけていた。
そして…私の「義弟が健康になるその時まで」という失言。尤も、私達を呼ぶ前に領主様の口からルフェが病弱で士官学校入学は望めないと伝えていたようだけれど…
まあ、抑、引き取った孤児を養女にしたという認知でしかなかったと思われる。
『ルフェ、あの時…頭を下げてくれてありがとう』
今度はルジがルフェに御辞儀する。
『そんな、僕は…義姉上が、励んでいらっしゃるお姿をずっと傍で見てきたので…』
『私は…嬉しかったのです。何よりルフェに、認めてもらえるよう努めてきたのですから』
『…僕に…?』
『ええ。ルフェの成り代わりとして生きることが、私の全てですから』
『…っ!そんなことはっ…!』
『そう、思っていたのです。けれど…この城で過ごすことができた日々は、幸せであったと今更気付いたのです』
『……義姉上…っ、僕も、頑張るから。だから…見ていてください。会いに来てください。…約束です!!』
目に涙を溜め、私の両手を握りしめるルフェ。
ああ、本当に…私は、人に恵まれた境涯を生きている。
灯火器の火を消し、床に就く。
あと数日で、同盟国に入るようだ。
残りは馬車ではなく乗馬で向かうと言われ、この時までは馬に乗れるなどと浮ついた気分でいたのだけれど…後に睡眠不足を後悔することとなる。
ちなみに改稿は誤字修正のため行っています!