辺境国の機密
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そして、消えてしまったので投稿遅くなりました…
ガチャリと音を立て扉が開く。
執事長がルフェとルジに目配せし、頭を垂れる。
「騎士団長殿、我が息子と娘をご紹介いたします」
父の視線を受けたルフェが騎士団長の前へ一歩踏み出す。
「騎士団長様。お初に御目に掛かります。ルフェと申します」
ルフェが一礼した後、
「騎士団長様。先程は名乗らず御無礼をお詫び申し上げます。私はルジと申します」
同様に一礼する。
表情は、特に変わっていなかったけれど、視線が痛いな…
「いや、私の方が申し訳なかった。しかし、これはこれは、麗しい御兄弟ですね」
にこやかに微笑む騎士団長。
……別人かと思う程の様変わりだな…流石、というべきなのか…
「畏れ入ります。しかしながら、我が辺境国の者としては私も含め先代に顔向けできない有様でございます」
領主様…随分と、硬い表情だ。私達が入室する前は一体どのようなお話をされていたのだろうか。
「代々、同盟国軍へ貢献しうる若者を胸張ってお送りできたものが、私の代からは非常に厳しい状況であります」
「先代領主殿の代は酷い疫病が流行りましたからね。その影響であることは存じております。しかしながらーー」
パチリと、目が合う。
ドクドクと脈が速まる。
「ーー私は先程、我が国でも疾うに見かけなくなった気骨のある若者に出会いましてね?」
全身が心臓になったかのような脈動を感じる。
「是非その若者二人には我が国が誇る士官学校へ来てほしいと、そう思う程の力量でありました」
まあ、数分しか見ていませんがねと、肩を竦めて領主を見遣る騎士団長。
ーー嗚呼、心臓が震えている。
「……閣下、それは…娘であると認識された上でのお話でしょうか…?」
「ええ、無論です。御令息は大変聡明で前途有望と耳にしておりましたが、御令嬢も斯様に優秀であるとは驚嘆しております」
「しかし、士官学校は…」
「ご存知の通り、十五歳の男子という入学試験を受ける上での基本的な、条件があります」
「基本的な…」
「基本であり、例外は多々あるということですね」
何処か遠くで話されているような感覚で……これは、現実?私…あの士官学校へ入学できるかもしれない…?本当に?
「但し、他の者達に例外であることは悟られてはならないので、ルジ様にはルフェ様として、入学してもらう形になります」
「なっ…、なんと…それは…」
今、自分が口を出すべきではないと、頭では理解している。けれど、けれども、それでもーー
「ーー義父上、私に、受けさせて下さいませんか?」
声が、手が、足が震える。
「私が、義弟の代わりに士官学校へ入学します」
何を言っているのだと、頭の片隅でもう一人の自分が言っている。
「義弟が、健康になるその時まで、私に代わりをさせていただけませんか?」
どうか、どうかお願いいたしますと、頭を下げる。
「父上、私からも、お頼み申し上げます」
「……ルフェ、」
隣にいたルフェも、頭を、下げている。
………私……とんでもないことを、してしまったかもしれない………
「ッ、申し訳ありません!出過ぎた真似をーー」
「ーーそうか。そうか……ルジ、お前がそう望むなら……」
勢いよく顔を上げた先には、戸惑い困惑した領主様の顔があった。
そして、領主様は騎士団長様に向き合う。
「閣下、私からもお願い申し上げます。娘を、ルジを、辺境国領主の息子ルフェとして試験を受けさせる事をご了承いただきたい」
そう言って、丁重に腰を折っている。領主様が、養女でしかない私の為に。
その事実に、目が眩む。
呆然としているルジに視線を向け、貴人然とした表情を崩してニヤリと口角を上げる騎士団長。
「無論、承知いたします。早速私の名で推薦状を書きましょう。それから領主殿、扉の外にいる青年も紹介していただけますか?」
「ええ、只今。ハリ、」
「畏まりました」
執事長が張り詰めた面持ちのコルガーを連れる。
「小姓のコルガーでございます。あと三月程で十六になります。ルジと、幼少の頃より共に剣術を学んでおりますが…」
「ああ、古傷ですか?」
…たった数分しか見ていないというのに、少しの打ち合いで分かるものなのだろうか。
「…ええ。この城で引き取る以前に、火事により脚を少し」
少し、ではないのだ実際は。けれども、コルガーは血の滲むような努力の結果、この城の騎士にも悟られない程の強さを手に入れたのだ。
騎士団長は、にっこりと笑みを深める。
「問題ありません。寧ろ、よく鍛えられていて感心していますよ」
「…閣下に斯様に評していただき、二人はもとより私も大変嬉しく存じます。私が用意できる環境には限度がある中、二人はよく努めていましたから」
眉尻を下げ、小さく笑みを浮かべる領主様から、隣のコルガーへ視線を移す。
何とも言えない顔をしている。困惑しているようにも見えるけれど、おそらく…私と、同じだ。心の奥深くへ閉じ込めた希望に、火が灯ったような感情。
その情動に、戸惑い、喜びを感じているのだ。
「復興が終わらぬ区域がある中、若者二人をお借りするのは忍びないのですがね」
「閣下、時期尚早では?受からねばなりませんので」
そう真顔で言う領主に、ピクリと反応するコルガー。
「ハハッ、そうでしたね。二人とも、私が推薦した以上、入学してもらわねばならないからね?」
「「は!」」
声を重ね、同時に敬礼をする。
「うん、実に頼もしい限りだ。ルフェ様にも大いに期待しておりますよ?この後領主殿にご領地の案内をしていただきますが、後程ルフェ様のご意見もお聞きしたいと思っております」
「…っ!ありがとう存じます、騎士団長様。…あのっ、私も御同行させていただいてもよろしいでしょうか?父上」
「ああ、無論だ。では、早速御案内を」
よろしく頼みますね?と、騎士団長に声を掛けられて表情を更に明るくするルフェ。
一体…何処まで把握しているのだろうか。世界一を誇る同盟国軍の、最高峰である第一騎士団を率いるこの御方は。
辺境国は、その名の通り僻地である。近年は周辺国との諍いも多々起きている為、此方の情報が筒抜けになっているとは思えない。近代は軍力が落ちたと領主様は仰るがそれは最盛期と比べて、である。
そして、ルフェの事情は国の威信に懸けて厳密にしているのだ。私がルフェに成り代わって公務を行なっている事は不承の筈だ。しかし、私にはルフェのように領地改革を考える等の賢さは皆無で、実際ルフェが考案した件は義父上が執り行っているというのに、何故…
視察に出る一行を見送りながら、不穏な疑心と淡い期待とが混じり合い、激しくなる鼓動を只々、感じていた。