死神(わたし)とデブの3日間
「死神と私の4日間」と世界観を共有した作品です。そちらを先に読んでいただけると、なお楽しめる作品となっています。
よろしくお願いします!!
私の名前はアンナ、死神である。
今日から3日後に死を迎える男を見届けよ、という任務に着任することとなった。今回、私が見届ける男の名前は赤松透。事前に仕入れた情報では年齢は34歳、会社員。彼女及び配偶者なし、これまでに存在した経歴もない、なんの取り柄もない、ただのデブである。
そんな彼の死因、それはこれまでの不摂生が祟り、生活習慣病で死ぬというものだ。病気の発症後、一人暮らしや友人の不在による、発見の遅れからそのまま死に至るようだ。
ルキアは死神界の中でもバカで間抜けであると私は思っている。聞く話によると、大神様によって感情を抜き取られているにも関わらず、人間に情を持ち、死を見届けるはずが、死を回避させるという、ばかでバカで馬鹿な行為を犯した大馬鹿者である。しかし、大神様のお考えが全く読めないのもまた事実。
死神の禁忌である、死を迎える人間の延命。その行為を易々と犯したルキアを罰するどころか、再び人間界に放ち、延命した女の死を見届けさせると言うのだから、優しいのやら、残酷なのやらであった。
私はルキアのように延命などという、愚かなことは絶対にしない、絶対にだ。この赤松透という男に、死を受け入れさせてみせようではないか。
こうしては私は赤松透の家に降り立った。赤松透は私の姿を見つけるなり、慌てふためき、驚いてみせた。その驚き方が気持ち悪いのなんのと。
「だ、誰だぁ!? 侵入者!!?」
そう言って赤松透は護身のために、ペットボトルを手に取った。そんな物で私をどうにかできると本気で思っているのだろうか?
「落ち着け、私は怪しいものではない」
「いや、怪しすぎるでしょ!」
私は赤松透がなぜ怪しんでいるのかわからなかった。それについて考えもしない。その必要がないからである。
「いや、ハテナみたいな顔しないでよ! どう考えても怪しいよ! 全身黒ずくめの女の人なんて、ホラー映画でしか見たことないよ!」
「なるほど」
そう言うことであったか、これは一本取られた。
「勝手に納得しないでぇ! ホント誰なの!? 顔は好みだけど、ブヒブヒ」
いちいち反応が気持ちの悪い男だと、心底思った。死神に感情などないはずなのだが……。
「私の名前はアンナ。お前の死を見届けに来た死神だ」
親切丁寧に自らを説明すると、赤松透はーーー
「ぶはははは! 死神なんているわけないでしょ! 僕をからかわないでよ!」と、嘲笑った。
この男、実に腹立たしい。
ルキアは女の命を延命したようだが、私はこの男の命を1分1秒でも早く縮めてやりたいと思った。しかし、死を早めることもまた延命と同じく罪である。人は与えられたタイミングで死ぬからこそ意味を成すのだと、大神様はそう言っておられた。
私は一度深呼吸を挟み、赤松透に事実を伝えることにした。
「赤松透、お前は3日後に死ぬ」
「だから、何言ってんの? そんなこと信じるわけないだろ?」
「お前が信じようが信じまいが構わない。私は規則に従い、死を迎えるお前にその事実を伝えるという役目を果たした。あとはお前が3日後に死ねば私の任務は完了する」
淡々と理解を遥かに超越した話を展開されたことで、赤松透は少しずつ私の話に耳を傾け始めらようになっていた。
「本当に僕は死ぬのかい?」
「あぁ、死ぬ」
「じゃ、じゃあ、僕はどうやって死ぬのさ!」
赤松透が声のボリュームを最大にして叫ぶ。
「お前は普段の生活態度、不摂生が祟り、命を落とす」
「みょ、妙にリアルな話だね……」
「本当の話だからな」
「わかった、君が死神であることを証明できたなら、君の話を信じるよ!」
「了解した。では、外に出るとしようか」
私は赤松透を外に連れ出した。赤松透は次の瞬間、絶句することになった。彼の目の前には、町の人々が次々と私をすり抜けていく光景があった。
「私を認識できるのは死を間近に控えた者だけだ。それ以外の人間は私を認識できず、このようにすり抜ける」
「わかった……君の話を信じるよ……」
「お前には命を落とすまでにはまだ猶予がある。その猶予をどう過ごすのか、慎重に考えるといい」
「ご丁寧にありがとうございます」
男は死への恐怖からなのか、完全に塞ぎ込んでしまっていた。確かに3日後に死ぬと宣告されたその瞬間から、多くの人間は今課せられている責任の全てを投げ出し、自由にやりたいことをする者、死への恐怖に怯え何もできなくなる者、この二択に分かれることが多いとされている。この男は後者ということなのだろう。
「参ったなぁ、僕趣味とかなくて、こういう時、本当はやりたいことをやりまくるっていうのが大体の相場だろ? でも、僕は何一つ思いつかないや」
男は陽気にどこか呑気にしかし、どこか寂しげにそう言った。
「私はお前に死を宣告しただけだ。残りの3日間を特別に生きる必要はない。何も思いつかないのであれば、いつも通り生きていればいい」
「それじゃ勿体ないでしょ! こんな可愛い人がわざわざ来てくれたのに、平凡に暮らすなんて!」
「そうか。どうするかはお前に任せる。いずれにせよ、私は見守るだけだ」
そして迎えた1日目ーーー
男は結局、何も浮かばず会社に行くことにしたようだ。
話は変わるのだが、私は一つだけ疑問に思っていることがある。それは死神が死の瞬間を見届けるという制度に対してである。死にゆく人間に付き添う必要性が一体どこにあるのか、放っておけば勝手に死ぬものを何故あえて死神を派遣し、声をかけさせるのか、不思議でならない。
「ねぇねぇ、アンナちゃんは彼氏とかいるの?」
赤松透が気安く話しかけてくる。
「いない。そんなものは必要ない」
「僕の人生もつまらないけど、君の人生もつまらなさそうだね」
「大きなお世話だ」
そしてそんな他愛もない会話をしていると、赤松透は電車通勤を終え、職場に到着し、仕事を開始した。私は赤松透が仕事をしている間、暇を持て余すほどに暇であるため、人間観察で暇を潰すことにした。
「なぁルキアよ……。何故お前は人間を助けたりしたのだ……」
私は人間にそれほどの価値があるとはどうしても思えない。人間だった頃の情の名残りということなのだろうか?私たち死神は記憶には残っていないものの、元々は人間であったという。
そしてかつての死神は感情を生前の記憶と共に引き継いでいたという。しかし、そんな不要な感情を持っているが故に、ある死神は生前に好意を抱いていた人間に再び恋をし、死ぬはずだった想い人を延命させることに成功した。
その事実を知った大神様は怒り、全ての死神から人間であった頃の記憶と感情を完全に消し去ることで任務遂行の円滑化を図ったとされている。
それでもルキアのようなイレギュラーが発生するのは何故なのか?その答えが人間界にあるのかもしれない。私はそれを確かめるために人間界に来たのだ。そんな考え事をしているうちに、気がつけばもう夜になっていた。
仕事を終え、疲れ切っていた男は、コンビニエンスストアで脂肪たっぷりの弁当やお菓子を買おうとしていた。
「おい待て、お前はそんなものばかり食べているから死ぬんだぞ」
「そんなことわかってるよ〜! でも、もう今更やめられないし、それに僕、料理できないし……」
「仕方ない奴だな」
男のだらしなさに呆れた私は、赤松透に料理を振る舞うことを決めた。テーブルに並べたのは、簡単な野菜炒めと出汁巻き玉子である。
それを一口食べた赤松透はーーー
「こんなうまい料理食べたのいつ以来だろう……」と、とても感動してくれていた。
こんなことで感動するとは、とても安っぽいな人間は。
1日目が終了し、2日目ーーー
結局、2日目も男に意識の変化があるわけでもなく、通常通り、会社に行くことにした。本当にこの男には仕事以外に何もないのだな。
「アンナちゃんってそんなに可愛いけど、モテたりしないの?」
「私の姿は見るものによって違う」
「え?どういうこと?」
「死神は、死を迎える者にとって少しでもその恐怖を和らげるため、その人間が好む姿をして現れるようになっている」
「そうだったんだ〜。通りで可愛いと思うわけだ〜! ブヒブヒ」
「お前は相変わらず気持ち悪いな。そういうお前はモテたりしないのか?」
私も赤松透に対して質問を投げかけてみる。
「モテるわけないじゃないか。見た目はどう見たってデブだ。だから、女の子からは臭いとかそんなんで煙たがられる。だから、楽しみなんてご飯を食べるぐらいなもんさ」
「そうか。それでストレスでさらに太るという悪循環な訳か」
少し同情の余地がある。
そして赤松透は職場に到着し、今日もまた黙々と仕事を始めた。勤勉で嘘をつけない素直さ、性格だけなら問題ないはずなのだが、やはり見た目が災いしているということなのだろう。
やはり人間は見た目から受ける印象が最も大事な生き物で間違いない。そのため、死神も人間のその習性を逆手に取り、姿を変えて現れるわけなのだが。
勿体ないな、赤松透よ。もっと身だしなみに気を使っていれば死ぬこともなく、恋人だってできただろうに……。
その日の夜、赤松透の仕事終わりに私たちはコンビニではなく、スーパーマーケットに向かうことにした。
「何が食べたい?」
「え、またご飯作ってくれるの?」
「お前の命もあと1日と数時間。楽しみが食事というのであれば、少しぐらい叶えてやる。何が食べたい?」
「じゃあ、今日は餃子が食べたい!」
「了解した」
私は餃子の材料を赤松透に購入させ、家に帰るなり、餃子作りに取り掛かる。
「何をしている? お前も包め」
「え、僕も!?」
「当たり前だ、餃子は各々が包むから美味しいのだと聞いている」
「誰から?」
「だ、誰でもいいだろ!」
何故かムキになってしまった。
「でも、こうしてるとなんか新婚みたいだね〜」
「気持ち悪いぞ、豚が」
「すいません」
全ての具材を包み終えると、餃子をとにかく焼いて、とにかく食べた。
「ふー! 食べた食べた〜! アンナちゃんの料理は最高だなぁ〜!!」
男はお腹を平手で、妊婦がお腹の中の赤子を撫でるかのように触る。
「喜んでもらえて何よりだ。明日は何が食べたい?」
「うーん、そうだなぁ。オムライスかな!」
「了解した」
3日目ーーー
男は最終日の3日目すらも会社に向かっていた。
人間観察をしていて気づいたことがある。赤松透はどうやら、会社でも小さな嫌がらせを受けているようだ。原因はやはり不潔そうな見た目にあるのだろう。
主犯格の女が赤松透に足を引っ掛け転ばせた。人間とは本当にくだらないことをするのが好きな生き物である。しかし、そんな私も元はくだらない人間だったということなのか、主犯格の女を階段から突き落としてやった。これぐらいは大神様も怒るまい。
赤松透よ、お前はこの虐めにやり返しもせず、長く、永く、とにかく長く耐えてきたわけか。お前は全くすごい男だな……。
「ふー今日仕事終わった〜! ここからはお待ちかねのアンナちゃんの料理だ!!」
「全くいつになったらその気持ち悪さはなくなるんだ?」
「それも明日で終わりでしょ……」
「そうだったな」
私は最後の晩餐としてオムライスを振る舞った。
「何故最後に食べる料理をオムライスを選んだんだ?」
「オムライスはお母さんの得意料理だったんだ。なんの捻りもない、ただのオムライスなんだけど、それが何故だか、すごく美味しくて………」
「お前の母はどうしている?」
「もう死んでるよ……。僕が社会人になって数年ってところからな。癌で死んだんだ。父は僕が物心つく前から死んでてね。お母さんが女手一つで僕をここまで………」
赤松透は涙ながらに母親のことを語ってくれた。
「そうか、死んでいるのか。なら問題ないな。私の携帯を使うといい。あの世の人間と僅かだが、会話することができる」
私は赤松透に黒いガラパゴス携帯を差し出す。
「いいのかい?」
「構わない。時間がない! 急げ!」
「あ、うん!」
赤松透は母親の電話番号を間違うことなく打ち込み、電話をかける。少しの待機時間はあったものの、すぐに繋がったようだ。
「あ、もしもし、母さん?」
「透ちゃん!? どうしたのこんな遅くに」
「いやさ、急に母さんの声が聞きたくなってさ……」
赤松透の声は震え上がっている。死んだはずの母親とこうして話せることが、余程嬉しかったのだろう。
「あらそう……お母さん、あなたのことずっと見てたわよ……。よく頑張ったわね」
「う……う…うん、まだまだこれからだよ!」
「そう……。ご飯ちゃんと食べてる? あなた脂っこい物ばかり好きだったから、お母さん心配で心配で、大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ! この前からすぅっごい可愛い彼女がご飯を作ってくれるから健康はもうバッチリだよ!!」
「ならよかった……無理せず、頑張らなくったっていいんだから……身体にだけは気をつけなさいよ!」
「もー! わかってるよ! 母さんは心配性だなぁ! じゃあ、明日も早いからもう切るよ!」
「うん、お疲れ様」
そして電話が切れた。いつ以来なのかなんてことは私にはわからない。しかし、その様子から見て取るに母親とはもう随分と前に別れたのだろう。
頑張って元気を装っていたようだが、電話を終えた途端、何かの糸が切れたかのように赤松透は泣き崩れた。私は声をかけず、ただただその美しい涙を見ていた、いや、見惚れていたのだ。
それから少しの時間が経過し、落ち着きを取り戻した赤松透は、死への覚悟を決めたようであった。
「はぁー向こうで母さんに会ったら絶対怒られるよな〜やだな〜」
「それは自業自得だ」
「ははは、そうだね。このまま眠ったらどうなる?」
「お前はこのままもう目を覚ますことはない」
「そっかぁ、君との3日間、何したわけでもなかったけど、とても幸せだった。ありがとう……最後に心残りがあるとしたら、彼女を作って色々思い出を作りたかったなぁ……。なんだか、すごく……眠たくなってきた……そろそろ寝るよ……おやすみ……アンナ……」
「あぁ、よく眠れるといいな……」
そう言って私は透の頬にキスをした。
その後、無事に任務を達成した私は死神界に無事戻ってくることができた。
「人間か……」
ルキアが死神の身にして、人間に生を与えた理由が今ならなんとなくだが、わかる気がする。私もお礼を言わせてくれ透、ありがとう。お前に会えてよかったよ。