第二十一話 ふぇぇ、モンスター怖いよぉ
侵入してきたモンスターを最小限のエネルギーで撃ち倒し、ファブリックはある場所へと向かっていた。
「もう目立つ目立たん言ってられん。糞ども、全部まとめてぶっ殺してくれる」
大小ギルドの種類は様々だが、どうやら未だ街の統制は取れているようだった。
ならばまだギルド街には主要人物が残っているはずである。
「糞ゴリラ男、何をどうしたらこんなことになるんだ。石の管理一つまともにできねぇのかよ」
苛立ちに任せてモンスターを撃つ。
時には怒りのまま弱そうなモンスターを殴り倒した。
その様子を見ていた王都の民は、どっちがモンスターかわかりゃしないと顔を引きつらせていた。
「今さら外面など気にしていられるか。どうせ俺のことなんぞ覚えてる奴はいない、絶対いないの!」
でかいリュックを背負った印象的で変な男は、ピョンピョンと壁を越えてギルド街に入った。しかしそこは大通りよりさらにモンスターの密集度が濃く、石が近いことを暗に示しているようだった。
「うぉあッ、建物も結構壊れてら。ということは上も……」
上空にもビッシリと小屋で襲いかかってきたような飛行系のモンスターが漂っていた。
ゆっくりもしていられないと瓦礫を飛び越えたファブリックは、余計な視線を躱しつつバラウルの本部へと向かった。
王都の攻勢を仕切っているのが直属ギルドであるバラウル、パルチザンならば、そこにクルフやウェインもいるはず。ならば二人に話を聞くのが手っ取り早いと考えた上での行動だった。
しかし本部ギルド周辺はモンスターの数が多く、既に建物も破壊され、混乱し、収集がつかない状況に陥っていた。
「こりゃひでぇ。奴ら生きてんだろうな。……あん、なんだあれ?」
バラウルの本部があった建物の先に、一際モンスターの集まっている場所があった。
見覚えのある外観は、囚われた者たちが一時的に収監される牢獄のような場所だった。
ほかの建物より頑丈に作られていたせいで、未だ壊れぬまま、モンスターの格好の標的となっていた。
「それにしたって異常だろ、あの数は。……何かあるのか?」
モンスターは石に吸い寄せられる。
その法則が正しいのならば、モンスターの中心に石はある。
ならばもう飛び込むしかない。
舌打ちしたファブリックは、アクアのエネルギーを僅かに開放し、外壁に詰めていたモンスターを一瞬で殲滅した。そして壊れた正面玄関から建物内部に侵入した。
中からは助けを求める囚人の声や、押し入ったモンスターの叫び声が響いていた。
「本当にこんなところに石が?」と首を捻りながら奥へと進むが、モンスターの数が増えるばかりで、異常さは拭えなかった。
「ギルドの人間もいないし、どちらかといえば放置された感じか。どうなってんだこれ?!」
柵を破られてモンスターに殺された囚人の姿も多く、ファブリックは眉を潜めた。
なんでこんな場所に、と訝しく思っているうちに、どうやら目当ての場所が目の前に現れた。
わざわざ最奥の檻に群がるように、モンスターたちが大挙して密集していた。
ゆらりと振り返った数多の視線が、一斉にファブリックへと向けられた。
どうやら敵と見なされたのは間違いない。
しかしファブリックの視線は、さらにその奥の、檻の中に佇む何者かにのみ向けられていた。
グルルと吐息を漏らすモンスターを置いたまま、ファブリックは呼吸を整えた。
そして大きく息を吸い込んで叫んだ。
「奥の檻にいる奴、死にたくなかったら黙ってその場で横になれ!」
その言葉をきっかけに、モンスターが一斉に襲いかかった。
しかしニヤリと笑ったファブリックは、アクアを正面に構え、充填完了と呟いた。
「そのまま寝てろよ、全部まとめてぶっ飛べ!」
ショットの掛け声とともに、襲いかかったモンスターが上下半分に千切れて飛び散った。同時に牢獄の柵や建物も真っ二つに分断され、衝撃で全てが吹き飛んだ。
血が多量に降り注ぎ、周囲を真緑色に染めていく。
鼻に入った血をふんと吹き出したファブリックは、上半分が消し飛んだ最奥の牢獄に歩み寄った。
屋根が崩れ、陽の光が降り注ぐ。
これまで薄暗くて見えなかった檻の中が露わになった。
うつ伏せに倒れていたのはヒューマンの女だった。
しかもその女は、男自らを地の底へと落とし込めた張本人でもあった。
「バカ女、まさかテメェ……」
その女は、忘れもしない小屋にモンスターを招いた張本人ことナギだった。
ナギは取り囲むモンスターの列に怯えきっており、ボイスパーカッションを打ち鳴らすほどの嗚咽を漏らしながら、未だグズグズと泣いていた。
「どーゆーことか、ちゃんと説明してもらおうか!」
ガバっと顔を上げたナギの顔は、それはそれは酷いものだった。
ヨダレに鼻水、涙と土に汚れた顔。
どれだけ錯乱すればこうなるのかというほど全身は土まみれで、「おおーん、勇者さま~」と意味不明な言葉を口にしながらファブリックに抱きついた。
「バカタレ、正気に戻れ!」
コツンとチョップを一撃。
しかしナギは「種モミだけは、種モミだけは」と錯乱している様子だった。
もう一発、額にチョップしたところで、ようやく正気を取り戻した。
「ふぇぇ、モンスター怖いよぉ……」
「俺はお前の方が怖い。どれだけ人の人生を弄べば気が済むのだ」
「ふぇぇぇぇ」
「ふぇぇぇぇじゃない、さっさと出すもん出せ。どーせ隠してんだろ?!」
ピタリと泣き止んだナギがわかりやすく「何のことでしょうか」とそっぽを向いた。
「身ぐるみ剥いで、ケツから手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか」
「お、奥歯を?! そ、そんなお尻から奥歯なんて……」
これ以上バカの相手をしている時間はなかった。
ファブリックはナギの両足を掴み、そのまま持ち上げてフルフル揺らした。
すると胸元からポトンと何かが落下した。
「ああッ、それは!」
ナギを捨てて小さな袋を拾ったファブリックは、中から小さな欠片を取り出し指先で摘んだ。ほんの一センチにも満たない石は、光にかざせば透けて見えるほど粗末なものだった。
「どうやらコイツだな。お前、クルフに石を渡したんじゃなかったのか」
「そ、それは……」とナギが押し黙る。
小賢しいと足を踏み鳴らしたファブリックは、ならばと指先に力を込めた。
「待ってください! ごめんなさい、本体から少し削って服の中に隠していました。で、でも、私にはそれがどうしても必要なんです」
「こんなモンスターを引き寄せる石が?」
コクンと頷いた。
面倒だと思いつつ、どうやら話を聞く雰囲気になってしまった。
仕方なくファブリックはなぜだと質問した。
「私、もともと王都の人間じゃないんです。本当はもっと西の、海を越えた先からやってきたんです」
「ふーん。で?」
「(ふーん?!)わ、私たちの住む村は、昔からずっとモンスター少ない美しい場所でした。でも数年前、村からほど近いところに高レベルダンジョンができてからというもの――」
「掻い摘んで話せ。ダルい」
「(ダルい?!)……簡単にいうと、村からモンスターを遠ざけるため、この石の力が必要なんです。だから私たちは石を手に入れるために……」
「私たちってことは、死んだ仲間も同じってことか」
「……はい」
「で、そのことクルフにちゃんと喋ったのかよ」
「い、言えるはずありません。こんな小さな欠片でも、唯一残された私たちの希望なんです。だから手放すなんて。……このまま私が諦めたら、死んだネルたちに顔向けできません!」
「あ、そう」と相槌を打ったファブリックは、鼻をほじりながら摘んでいた石をプチュっと潰してしまった。
パラパラ崩れて粒子になった石を呆然と眺めていたナギは、「……え?」と言葉を失った。
「コントロールできん力など持っていても無駄だ。テメェらの身勝手な願望のせいで、今王都がどうなってるか知ってるのか。外を見てみろ、モンスターがごった返して街はグチャグチャだ」
街を見回したナギが言葉を失った。
ほんの一欠片ならと甘く見ていたのだろうが、その代償はあまりにも大きかった。
「残念だが茶番は終わりだ。石も壊したし、モンスターもいなくなるだろ。さぁかーえろ!」
自分のすべきことは終わったと満足した様子の男の腕をナギが掴んだ。
ナギはボロボロと涙を流しながら、「私、なんてことを……」と後悔の言葉を口にした。
「俺は無関係だ。さっさとギルドの奴らに謝って捕まればいい。じゃあな」
「だけど、まだ街にはモンスターが。私のせいで街が……、でも私にはどうすることもできません!」
無言の時間が流れる。
その間もファブリックの目は「で、俺にどうしろと?」と死んだままだった。
「お願いです、なんでもします。街のみんなを助けてください。これ以上、誰かが傷つくのは嫌なんです、誰かが傷つくのは……、ふぇぇぇぇ」
これが俗に言う泣き落としというやつか。
初の経験にファブリックは動揺を隠せずアワアワと慌てふためき、泣くなと言うほかなかった。
「全部私が悪いんです。石のことだって、私があんな口車に乗らなければ、みんなもきっと死なずに済んだのに。全部、私がバカだから……」
「口車? なんだそれ、初耳だな」
ハッとナギが口を押さえた。
俺以上にわかりやすい奴めと細い目をしたファブリックが、グイッと一歩詰め寄った。
「もしかして、テメェに石を奪えと指示した奴がいるってか。……ゴリラ男もそこまでバカじゃない。お前から回収した石の本体を、みすみす外に出すようなヘマはしないはずだ。なんだか妙だと思ったんだ。お前の持ってた石を壊してしばらくたつのに、全然モンスターが引きやしねぇ。やっぱ何かおかしいぜ」
上空を旋回していた大型のモンスターが王都の北側へと流れ始めていた。
少なからず求心力のあるナギの石に引き寄せられていたモンスターは、さらに大きな力に吸い寄せられているようだった。
「最初っから仕組まれてたのかもな」
「それは、……どういう?」
「お前ら、どうやって石を持ち出したんだ。前にゴリラ男が言ってたんだ。アレは北のダンジョンから封印を解いて持ち去られたって」
「……ネルのスキルを使ったの。ネルは万物の封印を解除できる特殊なスキルを持っていたから」
「やっぱな。さしずめお前らはその誰かの口車に乗って利用され、お前以外はだまされて殺されたと。つくづく間抜けな話だな」
顔を伏せたナギが鼻をすすった。
しかしどうやら真相は見えてきた。
「クルフは石を《魔封庫に入れた》と言ってた。もしそうにも関わらずモンスターが集まってきたのなら、真っ先に別の可能性を疑ったはずだ。なのにアイツらは、ギルド本部と牢屋をほったらかしに姿を消した。要はお前より重要な、石本体に何かあったと考えるのが妥当!」
「え、だとしたら……?」
「ゴリラ男め、石を盗られやがったな。おい間抜け、テメェに石を盗ってくるよう命令したのは誰だ?」
「ごめんなさい、……わかりません」
「んなバカな話があるか。今さら隠すなよ」
「本当なんです! その人とはずっと実態のない疑似体を使って話していたから……」
「これだからバカは嫌だ。……どっちみち、アイツを出し抜けるってことは、ギルドの関係者ってことだろ」
『 …………気付いちゃったみたいだね 』




