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第百七十八話 歪



 振りかぶったヴァイドの剣が、背後の地面諸共斬り裂き、天を貫き、そして振り下ろされる。


 黒く小さな稲妻が(うごめ)きながら剣に巻き付き、周囲の空気を飲み込んで大きくなった闇の渦は、全てを食い尽くさんとファブリックに迫った。量の手のひらにペッペッと唾を付けたファブリックは、イグニス以外を遠くへ放り投げると、その瞬間を見定めながらバスケットボールのように右手でイグニスを掴んだ。



「だーれが大人しくやられてやるかよ。テメェに一発くれてやらねぇで、死んでたまるか馬鹿野郎」



 振り下ろされる剣のスピードと同じ速度で地面にイグニスをぶつけたファブリックは、「すまん!」と叫んだ。直後、ヴァイドの剣が周囲の地形を巻き込むように突き刺さり、大爆発を引き起こした。


 ダンジョンで繰り出したものとは比較にならない威力で地面を抉ったヴァイドの剣は、全ての物を破壊し消滅させていく。へしゃげて壊れたイグニスの欠片が顔横を抜けていくのを見届け、ヴァイドの頬が初めてニヤリと緩んだ。


 この攻撃を生身でくらって生きていられるはずはない。何より、ファブリックが最後の望みの綱として頼ったイグニスは、半分にちぎれて飛んでいった。


 俺の勝ちだ。振り抜いた剣を握ったまま縦に回転しながら、ヴァイドは天を見上げた。そうして土埃で煙る先にあった青すぎる空の彼方を見つめながら、勝ち名乗りを上げるように高らかに笑った。



「勝った、私はついに勝った! 憎きあの男を撃ち倒したのだ!」



 空中で大の字になったまま、この世の全てを手に入れたかのよう上機嫌に笑ったヴァイドは、目に溜まっていた涙が流れるのを感じながら勝利の味に酔いしれた。しかしその時、微かに開いていた視線の先で、攻撃によって空の彼方へ吹き上げられていた石礫に紛れ、ナニカが動いた。


 そのナニカは、器用に上空の岩を蹴りながら落下すると、そのまま固めた右拳に全ての力と全体重をのせ、油断し動けずにいるヴァイドの左頬を思い切り振り抜いた。


 グオングオンと回転しながら地面に叩きつけられたヴァイドは、自身の攻撃で抉れた地面を跳ねて転がった。



「シャーー! 一発くれてやったぜ、畜生め!」



 イグニスの自爆機能を使い、その衝撃を利用しヴァイドの攻撃を躱して上空へ飛び上がったファブリックは、油断し、無防備となっていたヴァイドを全力で殴りつけた。


 その威力もまた凄まじく、ヴァイドがまとっていた左半身の黒く禍々しい魔力の鎧は見事に砕け散り、煙となって消えていく。


 吠えるように喜びを口にしたファブリックは、未だ大小様々な岩が舞い散る会場の中央で、仰け反り両拳を握った。強かに殴りつけた右拳は、皮が避け血が滴っていたが、それすらどこか誇らしく爽快で、叫ぶ声を止められなかった。しかし……



「と、まぁ完璧にヒットしたは良いものの、だよな?」



 瓦礫が崩れるような音が響き、既に落下し終わっていたはずの岩がまた空中へと跳ね上げられた。ファブリックの視線の先には、顔半分が(いびつ)にへこんだ男が、今にも怒りで燃え上がってしまいそうな眼をして睨みつけていた。



「一度ならず二度までも。この屈辱、許してなるものかあぁあァッ!」



 ダメージは確実に与えていた。しかしヴァイドの全身からは、再び溢れるような魔力が満ち満ちていき、剣を拾い上げた全身は、また黒い魔力に飲み込まれ漆黒に染まっていく。


 ならばこちらも何度でも殴りつけてやるまでよと、いよいよ全ての武器を失ったファブリックも半笑いで拳を固めた。



「さて、どうしたもんかね。こちらは生身の肉体一つ。対して野郎は有り余った体力と武器と魔法。圧倒的に不利だな……」



 それどころか、全ての力を乗せて放った右ストレート以上の攻撃など、もはや残されてはいない。しかしヴァイドの勢いは陰ることなく、否応無くファブリックは追い込まれていく。


 斬られ、殴られ、魔法を撃ち込まれてもなお、容易くやられてなるものかと必死の抵抗を続けるが、いよいよ迎えつつある限界を前に、ファブリックは不敵に笑うしかない。


 割れた頭から流れた血が目に入り、頭を振って弾いた。しかしそれだけで襲われる目眩(めまい)によろめき、足がもつれた。酸素が足りず揺らいだ視界の先では、未だ立ち昇るような黒の炎を滾らせるヴァイドが立っている。



「ちっ、こりゃいよいよ()()だな。どうしたもんかね」



 万策尽き果てた――


 クルフに大見得切り、勝手気ままに相手方へ乗り込んでおいての返り討ち。どうにも格好悪すぎて、立場はない。粋がってみたものの、やはり特撮ヒーローのように上手くはいかないなと笑うしかなかった。


 そもそもの話をしてしまえば、ここまで追い込まれる前に逃げる方法だってあった。魔力が消されようと、飛んで逃げる方法だって幾らでもあった。しかしその選択肢は、この場に立った時、最初に消していた。



「テメェみてぇなチキンなザコ野郎に負けたと思われるの()()は絶対に嫌だったからな。あえてテメェの策略に全乗っかりして、テメェの土俵で完膚なきまでに叩き潰す。二度と抵抗する気が起きないくらい叩いて、叩いて、叩き潰して、もう金輪際相手にしたくないと思わせるためだ。そのためだけに、俺はここにいる」



 しかしヴァイドはクククと笑いながら言った。



「が、残念ながら立場は逆。もはや貴様は虫の息で、私の前で立っているのがやっとだ。既に勝利は我が手の内。もはや逆転は、……ない!」



 軽く振るった斬撃が直撃し、跳ね飛ばされたファブリックが地面を転がった。殴られ痛む頬を撫でながら近付いたヴァイドは、仰向けで大の字に寝転んだファブリックの頭上で、剣を逆手に持ち直した。



「ただし、貴様の目論見は()()達成された。確かに、もう二度と貴様と相対したくはない。その点だけは褒めてやる。しかし……、勝ったのはこの私。この世界では、最後に立っていた者が勝者。よもや異論はあるまい?」



 心臓の真上に剣を構えたヴァイドがファブリックを見下ろした。ハァと息を吐いたファブリックは、動く気力が湧かず、ヴァイドの憎らしい顔を眺めながら舌打ちした。



「最期だ。言い残したことはあるか?」


「糞でも食ってな、この糞馬鹿野郎」



 もう片方の手のひらで柄頭を握ったヴァイドは、剣先から零れるほどの魔力を開放し、グリップを強く握り込んだ。そして根深く埋もれた根菜でも引き抜くように、力強く、高々と剣を掲げた。



「この瞬間を待ちわびた。最高の気分だ!」



 ヴァイドが満面の笑みを浮かべた。

 しかしゆっくりと剣先が動き出し、ファブリックの胸元に突き刺さる直前、突然ヴァイドの真後ろで巨大な爆発が起こり、会場の一角が爆発炎上した。



「……なんだ? 一体何が起こった。……ま、まさか貴様が?!」



 ヴァイドが足元のファブリックを一瞥した。しかし疲れ切ったように横たわったファブリックは、ぼんやりと目を開け、「んだよ」と か細い声で呟くだけだった。


「コイツの仕業じゃない?」とヴァイドが漏らした直後、今度は正面と左右両側から爆発が起こり、激しい炎が立ち昇った。一体何の騒ぎだとヴァイドが激しく周囲を窺った。その時だった――



『 抜け駆けはいかんなぁ。ソイツは()()()()だ 』



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