第百七十五話 ヒーラーの顔
「やれるもんならやってみろ。お前程度でできるならな」
『簡単に死ねると思うな。じわじわと時間をかけてゆっくりといたぶってやる。泣き叫び、命乞いをし、四肢、目、鼻、耳、眼球、全てをいびり倒し、家畜の餌にしてくれる』
ブツンと回線が切られ、また新たな兵が登場する。第四陣として現れたのは、様々な種族をミックスしたような集団で、どこか冷静に、遠目でファブリックの姿を窺っていた。
「……なるほどね」
ぞろぞろと歩きながら少しずつ間を詰める兵たちは、慌てることなく、確実に陣形を整えながら、カウンターを仕掛けようと身を固めた。
残っていた砂塵を周囲で爆発させたファブリックは、相手の様子を窺いながら、順を追って小さな爆発を起こしていく。しかし先程まで容易く当たった攻撃も、避けられる場面が増え始め、苦笑いを浮かべるしかない。
「戦力は小出しに。かつ、後半にすすむにつれてレベルアップさせていく、と。いかに力を温存し、後半へ繋げるか、と通常なら考えなきゃならないはずだが、奴の口ぶりから想像すると……」
この数ヶ月、ヴァイドがファブリックを倒すためだけに策を練っていたとするならば、考え得る全てのケースを想定しているに違いない。
どの世界でも、無から有を作り出すことはできない。一部の術者が用いる武器のように無から有を生み出すことができたとしても、そこには対価となる魔力やスキルが存在し、必ずそれを使うエネルギーが必要となる。
よって導き出せる《対ファブリック》における最も効果のある戦い方は何なのか。それはファブリック自身が一番わかっていることだった。
「……長期戦。一気に手の内を見せず、永遠に続くと思わせながら、小出しに戦力を追加し続ける。眠る間も与えず、回復する間も与えず、倒されれば追加し、倒されれば追加し、相手の気力を削いでいく。削って、削って骨の髄まで削りぬいて、そうして初めて奴は姿を現す。……ホント、性格が嫌らしすぎるだろ」
ファブリックが考えたとおり、使用可能な技を駆使して兵を削り続けるも、休む間すら与えられず、敵は次々に現れた。
攻撃の手段も、物理、魔法、スキル、遠隔、遠方と種類は様々で、頭を使わず対処できないように計算しつくされていて、執拗な詰将棋のようにファブリックを追い込んでいく。
「うグッ、か、壁がいよいよ使えなくなってきやがった。……野郎、リアルタイムで魔力無効化の精度を上げてやがるな。嫌がらせにもほどがあるだろうが、ほどが!」
アクアやイグニスによる防御の壁が使えないとなれば、ファブリックの行動範囲も必然的に増えていく。腕組みするだけで傍観していた攻撃の数々も、防御壁がなければ、別の方法で防がなければならない。
爆発で相殺するか、それとも自ら動いて躱すのか。次第に強くなっていく相手の動きも見極めながらの行動は、必然的にファブリック自体の体力を奪っていくことになる。
「ちっ、砂塵のストックが切れてきやがった、イグニス、アクア、こっからは物理爆破だ。魔力を水の中に隠して小さな水疱を大量に作れ」
外界に触れていない魔力は封じることができないことを事前に実証していたファブリックは、自ら作り出した水滴の中に込めた魔力を、イグニスの火力で気化し暴発させていく。
その一つ一つの威力は凄まじく、会場の地面や観客席ごと敵を削っていった。しかし倒しては補充し、倒しては補充するという流れは一向に変わらず、体力の低下はどうしても免れなかった。
「はぁ、はぁ、さすがに疲れてくるな。ヒーラーの一人でもいれば、回復の一つもできるのによ」
ファブリックの脳裏に一人の女の顔が浮かんだ。なんであんなヤツのことなんかと首を振ったファブリックは、また気を引き締め、頬をバンバンと叩いた。
「関係ない。これは俺の戦いだ、余計なことを考えるな!」
腫れるほど叩いた頬がジンジン痛み、痛みで思考を誤魔化すように跳ね回った。それでも攻撃の手を止めないグラベルの兵は、執拗にファブリックを攻撃し続けた。
「埒が明かねぇ、これならまだゾンビの集団のほうがマシだぜ」
ただ闇雲に襲いかかってくるのではなく、統制が取られた集団を抑え込むのは難しく、それに加え、時間ごとに使用するファブリックのエネルギー量も、またそれを封じるヴァイドの手数も増していく。
ヴェントスで空中を飛び回り、アクアとイグニスで爆発を起こし、トニートラで相手の動きを封じる。それぞれのスフィアが持ち得る能力も、時間とともに相手方に知れ渡り、対策される。
より効率的に、そしてより確実に――
ファブリックを追い込む包囲網は、一秒、また一秒と、確実に狭まっていく。
五陣、十陣、三十陣、五十陣と、何百何千という敵を葬り、倒した。しかしバリエーション豊富な相手の手駒は増していくばかりで、レアスキルを組み合わせたコンビネーションや、一撃必中の魔法攻撃に至るまで、確実にダメージを受けてしまうものも現れた。
「ぐッ、また腕にかすった。だんだん躱すのすら億劫になってきた。かといって、もう壁は一ミリも出ねぇし、クソッ!」
身体のあちこちが擦り傷や切り傷、打撲や火傷で痛み、足を踏ん張るだけでも歯を食いしばる場面が増えていく。そして戦闘開始から三十六時間後、第百三十八陣を迎えた頃、いよいよファブリックが恐れていた事態が起こり始める――