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第百四十四話 全て全部ツイてないだけ



 仰向けに倒れたまま目を見開いたギルダは、ポイと手を放したファブリックに「なんの真似だ」と呟いた。小難しい顔をしたファブリックは、「もうこれでいいだろ」と停戦を申し出た。



「俺の首を……、取らんと言うのか」


「お前の首とかいらんし。そんなもん取ってどーすんだよ」


「ここで我らを壊滅させなければ、また再び貴様を狙うぞ。それでもいいのか?!」


「え、そうなの? だったらトドメさそうかな……」



 ファブリックが拳を固めてギルダの顔めがけ振り下ろした。ギルダは覚悟して目を瞑るが、ファブリックは当てることなく寸止めし、「冗談だっつーの」と鼻面をデコピンで弾いた。



「殴り合いはこれでお終い。同盟を追っかけるのも、ブリストを襲撃するのも、しばらく休戦にしろ。戦争はもうこりごりだ。面倒すぎて付き合ってられん」



 よいしょとギルダの腹の上に座ったファブリックは、どこかで様子を見ているであろうマリーナを、わざとらしい怒りの表情を浮かべながら、これでもかと大袈裟に呼びつけた。ファブリックの目論見通り、イルナ側に加担しシエン同盟を叩こうと企んでいたマリーナらシルマヴの面々は、遠く離れた場所から勝負の行方を窺っていた。


 たった一人で旧イルナの戦士を全滅させてしまったファブリックに怯えたシルマヴの兵は、こんな男を敵に回せば間違いなく国が滅びてしまうと、協議をするまでもなく、全面降伏の白旗を掲げながら砦の前に雁首揃えて現れるしかなかった――




お前ら(イルナ)も、お前ら(ブリスト)も、とにかくドンチャンドンチャン騒ぎすぎだ。いちいち殴り合うから、こんな風に面倒なことになる。わかるか?!」



 お前が一番殴ってるじゃねぇかと横並びで不服そうなギルダとマリーナの額にファブリックがデコピンをした。



「とにかく、現時刻をもってしばらく休戦にしろ。お前らの崇高な目的は知らんが、どれもこれも俺には無関係だ。俺はただただ自由に、静かに暮らしたいだけなんだよ。決して戦争をしたいわけじゃない。わかったら、残りは俺が国から出てってからにしろ。いいな?!」


「し、しかし、まだ我らが主君(デン)は同盟にさらわれたままだ。このまま奴らを野放しにするわけにはいかぬ!」


「ああ、言い忘れてたが、デンはさっきもう助けた。今頃は馬鹿共がお前らの国に送りつけてることだろう」


「な、それは本当か?! 本当に本当か?!」



 肩の力が抜けたようにペタンと崩れたマリーナに変わって、カルザイがファブリックに軽く会釈をした。完全に脱力して泣き出してしまったマリーナをシルマヴの兵が連れ出す代わりに、代表として残ったカルザイが話しかけた。



「すまなかった。きっかけはどうあれ、何から何まで君らには世話になってしまった。この礼はいつか必ず」


「いらねぇよそんなもん。それに俺は、お前らのために何もしちゃいない。馬鹿みたいに癇癪起こして暴れただけだ」



「確かにそれはそうかもな」とカルザイが周辺の惨状を眺めながら言った。山は崩れ、砦は完全に崩壊。森は無残に焼け爛れ、地殻はものの見事にズレて地崩れを起こしていた。これだけ見事に破壊した男を称えるのは違うなと笑ったカルザイは、これ以上の戦闘は行わないと約束した。



「で、あんたはどうすんだ?」



 ファブリックがギルダに尋ねた。



「どうもこうも、もうここには俺以外誰もいない。戦闘を続けたくとも、我らにはもう戦う力が残っていない」


「戦う力といえば、あんたらのボスはどこにいんだよ。噂じゃあ、ボスはあんたじゃないって話だし。まさかまだどっかで悪巧みしてんじゃないだろうな?」


「……であれば良いのだがな」



 ギルダの言葉にカルザイが反応した。



「やはりヂギは悪いのか?」


「ふん、ヂギ様に限ってそんなことがあるものか。あの御方に病や寿命などという常識は無縁だ。今もどこかで我らのために動いておられるはず。私はそう信じている」


「どこかで?」


「……あの御方には昔から放浪癖があってな。ここ十数年、我らの前にすら姿を見せていない。今回ばかりは姿を拝めるかと思ったが、我々も当てが外れた。あの御方がいてくれさえすれば、ここまで無様に敗れることはなかったかもしれん」



 遠い目をしたギルダに冷めきった顔で「へー」と返事したファブリックは、ではそろそろ良いでしょうかと、早いところ飲み会を抜けたいサラリーマンのように顔の前に手を掲げ、この場を去ろうとした。



「ファブリック殿、これから何処へ?」


「え゛? いや、まぁ、適当にどっかふらつこうかと……」


「そういえば皆の姿がないが。レックス殿らは皆ブリストへ?」



 へへぇどうでしょうと話を誤魔化したファブリックの様子を不審に思ったカルザイは、まさか本当はデンを救出したのも嘘ではないかと疑った。仕方なく事の成り行きを適当に説明したファブリックに対して、カルザイの視線は、それはそれは蔑むように冷たいものだった。



「自らのために立ち上がろうとする仲間をほっぽらかして、ファブリック殿だけは全部なかったことにしてどこか適当にふらつくと。ファブリック殿、…………本気で言っているのか?」



 第三者の刺すような視線に耐えきれず、「俺の勝手だろ!」と反論するが、カルザイの表情は変わらなかった。近くにいたシルマヴの兵も、常人とは思えぬ最低すぎる男の思考にドン引きし、こんな男が上司でなくて本当に良かったとコソコソ噂していた。



「ムグググ、いちいち人様の行動にケチをつけやがって。お前は俺のことなど何も知らんだろ! それに、お前らだけには最低だとか言われたくない!」


「確かに我々は部外者をやすやすと受け入れることはしない。しかしそれは建前だ。我々は小国故、余所者を選別・判定し、我々に危害を加えようとする者ならば排除しなくてはならない。なにも悪意だけでやっているわけではないのだ。むしろ身内と認めた者を後ろから刺すようなことは絶対にしない。()()()だ」



 理路整然と自分たちの正当性を述べたカルザイは、最後に「いくら強くとも最強のクズだな」と追い打ちのように付け足した。



「ウギギギギ、だ、だったらどうしろというんだ。俺は絶対に悪くない!」


「悪い悪くないではなく、自らの行動に責任を持てということです。ファブリック殿は意図的でなくとも、ナギ殿を救い、またレックス殿を救った。しかし相対する第三者には喧嘩を売ったも同然。でしたら最後まで尻を拭くのが大人というものだろう。他人に丸投げし、それでお終いというのは通らない」


「お前に説教される覚えはない! 俺は俺の思うようにするだけだ!」


「ならばそうすればよろしいかと。……しかし本当は気になって仕方ないんじゃありませんかね。そもそも、ファブリック殿くらいの力があれば、さっさとこの場から逃げることなど容易かったはず。それなのに、わざわざレックス殿の敵であるイルナを壊滅させ、その上、我々三つの組織の休戦にまで関わっている。ファブリック殿、……もう少し正直に生きてもバチは当たらないと思いますが?」


「お、俺はそんなことに興味はない! 全て偶然、全部俺がツイてないだけだ!」



「ああ、そうですか」と頷いたカルザイは、部下を呼びつけて何かを指示した。しばらくすると、カルザイの部下数人が見覚えのある四角い枠組みのようなものを運んできた。



「な、なんだよ、これは……」


「移送装置だな。どうやら単純な構造のようだから、ウチの魔術班に頼んで行き先をキングエルに近付い場所に変更しておいてもらった」


「は、はぁ? 何を言っているんだお前は。なんで俺がそんなもん……」


「ま、ゴチャゴチャ言わずにさっさと行け。デン様のことや、残った国のゴタゴタは全てこちらで片付けておく。何から何まで世話になったな」



 カルザイは有無を言わさず落ちていたファブリックのリュックを移送装置に投げ込んだ。「何すんだこのバカ!」と掴みかかるも、いいから早く行けと押し出されたファブリックは、ピョンピョンとよろめき、移送装置に入ってしまった。



「ではまたな。恐らくまたどこかで会うだろう」



「アギャー!」というファブリックの悲鳴が辺りに響く。


 小さく手を振ったカルザイは、ふぅとため息をつき、ひとり残されたギルダを見下ろしながら天を仰いだ――



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