第十四話 《バラウル》か《パルチザン》
「ほう……、まさかのオークファイター(上級)ですか。αが手こずるはずだ」
フシュルと口を鳴らし、オークがギラリと睨みつけた。
惨劇はコイツの仕業かとアクアを構えたファブリックは、有無を言わさず飛びかかってきたオークに語りかけた。
「まさかとは思うが、ここの主じゃあないよな。こんなザコダンジョンに、お前みたいのがいるはずないもんな。……だったら、ぶっ飛ばしても平気だよな?」
当然オークが返事をするわけもない。
力任せに斬りかかってきたオークを軽くいなし、「もうどうなっても知らん」と怒りを滲ませる。募らせた苛立ちを噴出させるように、背中から取り出したイグニスまでもを起動させた。
「テメェみたいな ザコ 、アクアちゃんだけでも楽勝なんだけどさぁ、今の俺は超絶気が立ってんだよね。二兆回謝ったって許してやんねぇ!」
まるでヤ○ザのようである。
容赦なくオークの手足をアクアの一閃でねじ切ったかと思えば、続けざまに頭を一発で焼き払った。そして痛みで暴れまわる本体を、二体同時のショットで粉々に弾き飛ばした。
「俺様に時間を使わせた報いだ。地獄の底で侘びなタコ助、ガーッハッハ!」
背後の壁ごと力任せにぶち抜いたためか、ダンジョンが激しく揺れた。
しかしどうやらオークは主ではなかったようで、ダンジョン自体に変わった様子はなかった。
「どうやらセーフだな。……うん?」
ファブリックが何かに気付いた。
αの背後で誰かがモゾリと動いた。
「誰かいるのか?」
問いを無視した何者かは、傍らに倒れていた別の誰かの元へと駆け寄った。
「ネル、……ネル、死んじゃイヤ、死なないで!」
慌てて回復を連発するも手遅れだった。
ネルと呼ばれた男は、全身をオークに斬り刻まれ、既に事切れていた。
女が必死に呼びかける中、ファブリックはようやく現状を理解した。なぜαがここに留まっていたのか、その訳にもおおよそ想像がついた。
αの自動制御システムには、いわゆる防衛機能が備わっている。
一つは《自己防衛機能》。文字通り、自らを攻撃する者から身を守る機能である。
二つ目が《自動的にファブリックを守る機能》。不意にファブリックが襲われたとしても、自動的に防御態勢を整え、対処する機能である。
そして最後、三つ目が《近くの対象物を守る機能》だった。
これはαが敵ではないと判断した対象物に対し、無条件で防御機能を発揮するというものだが、どうやらそれが女に作動したようだった。
「嘘ッ、嘘よネル、死んじゃダメ、死な、ない……で……」
今度は女が気を失い、前のめりになって倒れた。
全ての魔力を使い切り、助けようとした男を抱えたまま倒れていた。
シンと静まり返ったダンジョンは、また何もなかったように、ただの低レベルダンジョンへと姿を変えていく。
確認のため、ファブリックがダンジョン内を雑に見回ったが、どうやら生き残っているのは女ひとりだけだった。オークにやられたのは確実だったが、なぜ低レベルダンジョンにあれほどのモンスターがいたかはわからないままだった。
「どっちにしても、もう留まる理由はない。死んだ奴らのことは知らないが、俺には無関係だ」
適当に女の頬を叩くも、どうやら起きる素振りはなかった。
そしてファブリックは、改めて周囲を見回した。
気を失っている女と自分のほかには、雑魚モンスターしかいない。
しかし雑魚といえども、モンスターにとって女は食欲や性欲の対象でしかない。
ゆえに、そのまま放置するのは人道的に問題だった。
そうなれば、目の前の現実が何を意味するかは明白だった。
単純な結論を求めるならば、《ファブリックが女を背負ってダンジョンを出る》ほかない。
「おい起きろ、頼むから起きてくれ。……マジか、マジで今日はなんなんだ。俺が一体なにしたっつーんだよ!」
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朝を知らせる小型の魔物が鳴いている。
うなされた女は、まだ夢の中で残酷な一瞬の出来事を繰り返していた。
巨大なモンスターが振り下ろす斧にやられ、仲間たちが一人、また一人とやられていく。
こんなはずではなかった。
仲間の一人が懺悔のように叫んだ。
しかし手心のない一撃は、仲間の身体をいとも容易く切り刻んだ。
絶対に安全な仕事だから。
そう笑っていた幼馴染の笑顔が、無残に血に染まっていく ――
『 ……ネル! 』
女が目を覚ましたのは、薄汚れた作業部屋のベッドの上だった。
傍らでは、体育座りのまま毛布を被り、よだれを垂らす変な男がうつらうつらと頭を振っていた。
「こ、ここは……。ネル?!」
女の声に仰け反ったファブリックは、壁に頭をぶつけて悶絶した。
一瞬で眠気は消え去り、痛みから、一気に怒りが押し寄せた。
「うぐぐ、こ、ここは俺様の家だ。まず聞く、貴様は一体何者だー!」
寝起き早々の最高潮である。
ドーンという効果音が似合うほどの声でファブリックが叫んだ。
しかし女は取り乱したままネルという男の名を呼び、再び気を失った。
どうやら今度は頭が混乱しショートしたに違いない。
それからしばし眠った後、ようやく落ち着きを取り戻した女は、ファブリックの渡した超薄味の肉汁をすすりながら答えた。
「私は《ナギ=クルール》といいます。王都の《アクシピター》というギルドに所属して、……います」
「含みを持った言い回し。……嘘だろ、正直に答えろ!」
「(なんなのこの人、怖い!)厳密に言いますと、い、今は、どこにも所属していません。嘘ついてごめんなさい……」
どうやらナギはファブリックのことをギルド関係者だと思っているようだった。
様子を見る限り、ダンジョンの件をひた隠しにしているのは明らかだった。
「あそこで何をしていた。嘘をつくとタダではおかん!」
「(メチャクチャ怒ってる!)実は私たち、新しいギルドを作って、あ、あそこでキャンプをしていたんです」
「キャンプぅ? なぜダンジョンでキャンプなぞ。目的はなんだ!」
「(疑われてる、どうしよう!)わ、私たち未熟だから、強くならなくちゃって……」
「ならば普通の冒険者ということだな。だとしてもアレはなんだったんだ、あの弱小ダンジョンに似つかわしくないオークは」
「そ、それは」とナギが口ごもった。
「……それは?」
「わかりません。休みをとっていたら突然襲われて。私たちの力ではどうにもできず……、ああ、ネル……」
現実を直視できず、ナギの目が潤んだ。
涙を流す女をいたぶる趣味はないと慌てふためいたファブリックは、どちらにしてもいつか伝えなければならないと頷いた。そして「残念だがお前しか生きている者はいなかった」と簡潔に事実を伝えた。
「何があった。詳しく話せ」
「……今話したことが全てです」
明らかに何かを隠している。それだけは人嫌いなファブリックにもわかった。
しかしナギは頑なに語らず、ずっと黙ったままだった。
これでは埒が明かない。
しかしファブリックとて、ダンジョンにいた理由を話すわけにもいかない。
互いが隠し事を秘めたまま、腹の探り合いをするしかなかった。
「聞くのは酷だが、……これからどうするつもりだ?」
「……どうしましょう、本当に」
ナギが遠い目をした。
しかしファブリックも意を決して話を切り出した。
「俺は王都のギルド関係者でもなければ、お前を糾弾する立場にもない。だから隠していることにも興味がないし、どんな厄介事に巻き込まれていようと無関係だ。……これで満足か?」
「あなた、《パルチザン》の手の者ではないと?」
「パチンカス? ううむ、……どこかで聞いたような」
「そんな嘘が通用するとお思いですか。私、見たんですよ、あなたが一瞬でオークを倒すところを。あのオークをいとも簡単に倒すなんて、《パルチザン》か《バラウル》の手のものに決まってます!」
そういえばそんな名前のギルドがあったとファブリックは思い出した。
ウェイン曰く、バラウルと双璧をなすギルドの名が、確かパチンカス(※パルチザン)という名称だった。
「お前がなんと言おうと俺は無関係だ。お前のことも、仲間のことも、報告するつもりはない」
「……ふん、どうだか」
疑われているのは明らかだったが、どちらにしても話はそこで終わりだった。
語る気がない者にあえて問う理由はなく、体調が戻り次第、小屋を追い出すだけだった。
「お前ヒーラーだな。回復したらさっさと出てけ。俺を面倒事に巻き込むな」
「そんなこと言って、本当はもうギルドに連絡したんじゃありませんか」
ナギの棘ある言葉に糞詰まりのような顔をした直後、どこからか警報音が鳴った。
こんな昼間から何事だと、ファブリックは周辺の探知装置を手に取った。
「また姉ちゃんたちか。……いや赤色、まさかモンスターが?」