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第十三話 ちょっとαだけ回収させてくださいな、という冗談


   ◆◆◆◆◆


『 なんでじゃー、予定と違ーう! 』


 あれからたったの三日後。

 ファブリックはひとり作業小屋で叫んでいた。


 沢山溢れていたはずの鉱石はいつの間にやら消えてなくなり、目の前には材料不足で未完成の球体だけが転がっていた。


 想定していた分量では材料がまるで足りず、スフィア充填とα補修だけで使ってしまった石カスを斜に眺めながら、ファブリックは自身のどんぶり勘定っぷりにとことん震えていた。


「これではあのゴリラ男(クルフ)といい勝負ではないか。あのいい加減そうな男と同レベルなど、決してあってはならん!」


 しかし悔やんだところで材料が増えることはない。

 どれだけ悩んでも、無いものは無いのである。


「まさかあれほどの石がたったの三日で消えるとは……。《アクア》と《イグニス》、我ながら恐るべきものを作ってしまったものだ、ふふふ」


 補修を終えた二つのスフィアを眺めながら自画自賛するしかなかった。

 しかしこれでは本末転倒と気付き、ファブリックは決意した。


「こうなれば、久々に狩るしかない。面倒ではあるが、もうそれ以外方法がない。それにしても、とにかく青色鉱石が圧倒的に足りん。一体どんな計算を弾けば200個で足りると思ったんだ、過去の俺」


 数日前の自分を悔いながら、ファブリックは自宅周辺のダンジョン発生状況を見定めることにした。


 一般的な冒険者であれば、ギルドから発注されるモンスター駆除の依頼や、王都が提供するモンスター発生状況をもとにダンジョンを行うのだろうが、彼にそんな常識はない。

 あるのは《ダンジョンの位置を()()()()()()()()()道具》だけだった。


「俺はこの世界の常識を知らんし興味もない。誰とも関わらず生きてきたせいで、どれだけ不用意に出歩き魔物に襲われたかもわからん。しかしどうだ、今やこんな便利道具すら作れるまでになった。俺って凄い!」


 独り言に虚しさを感じなくなってからが孤独の本質よと胸を張り、ファブリックはダンジョンのおおよその位置にあたりをつけ、手製の地図上に×印を付けた。


 しかし一つとても大きな課題が残っていた。

 得られる石やアイテムの種類は、ダンジョンのレベルやモンスターの種類によって異なる。そのため都合よく狙いのアイテムが採れるダンジョンに当たるとは限らない。

 必要となるアイテムを手に入れるには、とにかく数をこなし、欲しい物が得られる場所に行き当たるまで闇雲に繰り返すしかない。


()()()()()()()は、そんなことならギルド行けよって思うんだろうが、そいつぁ違う。塾長(いわ)く、その程度の甘えきった覚悟しか持たぬ者に、自由は巡ってこんのである!」


 再計算した必要な石の個数をきっちりメモしたファブリックは、備品を詰め込んだリュックを背負い、またひとりダンジョンへと向かうのだった。



   ◆◆◆◆◆



 ダンジョンというものは、ある日突然にして現れ、以後大小様々なモンスターを排出し続けるという。

 モンスターの排出を止めたければ、誰かがダンジョンの最下層まで潜り、核となるモンスター、もしくはアイテムを手に入れない限り、ダンジョンは永遠に存続し続けるという寸法である。


 またダンジョンは意図的に継続させることも可能で、レア鉱石やレアアイテムを排出するモンスターが出現する場所は重宝され、ギルドが意図的に運営・管理していることもある。そのため、勝手な攻略や討伐は注意が必要となる。

 また稀ではあるが、至極危険なモンスターを排出するダンジョンも存在する。低レベル冒険者は注意を怠らず、十分な準備の上、討伐に出かけるように。


 などという初歩の初歩が書かれた駆け出し冒険者用のパンフレットを改めて読み込みながら、ファブリックは見つけたダンジョンの入口で立ち尽くす。

 今度は倒したオークの残骸を重ねて作った手製の椅子に腰掛け、考えているふりをしながら「うーむ」と呟いた。


 どうやら目の前にあるダンジョンは、面白みの欠片もなさそうな初歩の初歩、いわゆる駆け出し冒険者御用達のダンジョンのようだった。

 周囲にはファブリックが素手で倒せてしまうほど情けないモンスターが闊歩しており、目当てとなるダンジョンのレベルとかけ離れているのは明らかだった。


 当然だが、手に入るアイテムはモンスターのレベルによって大きく異なる。

 ということは、低レベルのダンジョンで得られるアイテムの価値は下の下である。

 使用するエネルギー量に対し、目の前のダンジョンでは、相応の対価が得られるかどうかすら怪しいことは言うまでもない。


「しかし別の場所へ移動するのも死ぬほど面倒だ。……ひとまずやってみるか、不安だけども」


 ダンジョンの一階に入ったファブリックは、フロアを適当に一周し、モンスターの種類を一頻りメモして回った。

 そして一旦外へ出てから、『各モンスターからドロップするアイテム』と『欲しい物リスト』を見比べ、狩るべき対象のモンスターに目星をつけた。


「ここで対象になりそうなのは《ゴブリン(下級)》と《オーク(下級)》に《ゲジゲジの奴(名前不明)》くらいか。それなりの数をドロップしてくれないとアレだが……、ま、いっか」


 リュックから取り出したαを目標となるモンスターの設定に切り替え、自動制御のスイッチを押した。ここからが、いわゆるファブリックの《狩り本番》である。


「今どき身体(からだ)を動かしてダンジョン攻略とかダルいダルい。だから俺は自動制御のαをダンジョン内に撒き、自動でアイテムを回収してくるのを外で昼寝しながら待つという画期的アイデアを考えたわけだ。マジ俺って天才!」


 ファブリックは、事あるごとにこの方法を用いて石やアイテムを手に入れていた。

 しかし本来ならば、王都城域においてギルドを通さないダンジョンの攻略は御法度であり、いわゆる違法行為であることは言うまでもない。


「αはダンジョンの(ぬし)や重要アイテムは回収しない設定になってるし~、無限に湧いてくるモンスターをすこーし狩るくらい俺の勝手だも~ん。バレたら逃げればいいだけだし~♪」


 持参した十のαをダンジョンへ放り投げたファブリックは、スキップ混じりで近くの森に入り、鬱蒼(うっそう)とした木々の隙間に持参したハンモックを引っ掛けて居眠りを始めた。

 しかも周辺には射程距離内にモンスターが入った場合を想定し、アクアを常備させておく徹底ぶり。そうしてアイテムが集まるまでの数時間、適当に時間を潰すのがファブリックによる《狩り》の日常風景だった。


 グゥというイビキが森に響き、不気味な音色を立てた。

 結局モンスターの一匹も寄り付かないまま、設定していた時間を告げるアラームが鳴った。


「んんっ、あー、よく寝た。それにしても、なんという平和なダンジョンだ。周囲にもほとんど魔物がいないとは」


 過去最高レベルの手応えのなさに、アクアをリュックに詰めたファブリックは、ダンジョンの入口へと戻った。

 ちょうど帰還したαを一つずつ丁寧に確認しながら、回収したアイテムを覗き込んだ。

 しかしどうにも期待以下なアイテム数に露骨な顔をしたファブリックは地団駄を踏んだ。まるで子供のようである。


「ひでぇ、なんだこのダンジョン。こんなダンジョン、さっさと壊してしまえばいいんだ、そうに決まってる!」


 しかし王都の立場からすれば、ダンジョンの特性として乱立されることがない以上(※ 特定範囲内に発生するダンジョンの数はおおよそ固定され無闇に増えることはない)、低レベルダンジョンの周辺は比較的安全である場合が多く、あえて潰す理由がない。いわゆるWin-Winの関係が成り立っているからである。


「クソぅ、やっぱりエネルギーの無駄遣いだった。さっさと次へ移動だ。ったくよぉ……」


 タイマー制御されたαが一つ、また一つと手元に戻ってくる中、突然背中のアクアが警告音を鳴らした。

 どうやらα回収に関する知らせらしく、()()()()()()()の開始を告げるものだった。


「な、な、なんということだ……。この死ぬほど億劫な気分の中、き、《 帰宅困難αちゃん 》が出てしまっただと?! あー、なんて面倒なんだ」


 アクアに映し出されたαの場所(アクアとイグニスにはαの場所や状況を確認できる機能が付いているよ!)は、どうやらダンジョンの地下10階のようだった。ダンジョンレベルを考慮するに、恐らく最下層に近い場所で、αが一台留まったままだった。


「地下10階……? めんどい、めんどすぎる……、まさか俺自らが、こんな糞ダンジョンに入り、αちゃんをサルベージしろと言うのか。神よ、なんと無慈悲な!」


 声に気付いて飛び出してきたゴブリンを右ストレートで殴り倒したファブリックは、残りのαをリュックにしまい、涙を流しながらアクアの準備をした。

 αが戻ってこないことなど滅多になく、しかもレベルの低いダンジョンで事故など起こるはずもない。恐らくはエネルギー関連のバグだろうと想定し、ファブリックは嫌々ダンジョンに踏み入った。


 薄暗いダンジョン内をアクアで照らしながら、「うひゃあ虫!」だの、「ジメジメして気持ち悪い」だの、子供のような声を響かせエネルギーを使わぬように進んでいくが、やはりそこは低レベルダンジョンだった。とにかく現れるモンスターたちは弱く、スフィアを使うまでもなかった。


「完全なる貧乏くじだ。今後はモンスターレベルも考慮したダンジョンアタックを心がけねばなるまい!」


 現れたボーンスカル(※骨モンスター)を怒りに震える鉄拳が襲う。

 狼の遠吠えにも似たファブリックの無駄口だけがダンジョンの奥深くへと浸透し、消えていった。


 αの行路を辿り、ほんの一時間で地下10階に降りたファブリックは、今一度αの場所を確認した。しかしそこで、初めて異変を感じ取った。


「うん? まだ動いてる。おかしいな、エネルギー切れで帰れなくなったんじゃないのか。どっちにしろ、そろそろ動けなくなるはずなんだが……」


 ファブリックがダンジョンに入ってからも動き続けていたとなれば、どうやら話が変わる。

 地下10階までの行路に異変がなかった部分を考慮すれば、αが帰還できない理由が見当たらない。となれば――


「この先に()()()()ってことか。……ますます面倒だな」


 αは未だフロアの端で小刻みな動きを未だ繰り返していた。

 仕方ないと暗い通路を導かれるまま進んだファブリックは、目的地まですぐのところで、確実な異変に遭遇する。


「……これは」


 血の匂い。しかも一つや二つではなかった。


 戦闘があったのか、周囲におびただしい血液が飛び散っていた。

 アクアで奥を照らせば、理由もすぐ明らかになった。

 人や魔物の切れ端とでも言うのか、生々しい戦闘の痕跡がどこそこに転がっていた。


「また揉め事か……、俺はどんだけツイてないんだよ」


 転がっていた人の腕らしきものをしゃがんで見ていると、さらに奥から悲鳴のようなものが聞こえた。

 どうやら人や亜人に相当する者がいるようだった。

 αの場所を示す先も、声の聞こえる方角からだった。


「まさか(ぬし)じゃねぇだろうな。だとしたら大問題だぞ。また姉ちゃんに怒られる」


 モンスターに「αだけ回収させてくださいな」などという冗談は通じない。

 もし遭遇してしまえば、どうやっても倒す以外に方法はない。


 しかしダンジョンの主を倒してしまえば、ダンジョン自体が消えてなくなってしまう。

 それがお(かみ)に知れた日には、またギルドによる質問攻めの憂き目に合うに決まっていた。


「そんなことになれば、最悪ギルドに入れなんてことにもなりかねん。エライコッチャヤデ!」


 しかし迷っている暇はなかった。

 再び聞こえてきた声は女で、今にも消え入りそうなほど薄く脆弱なものだった。

 最大級の嫌々フェイスで奥に進んだファブリックは、そこで《我がα》が、何か大きな影と交戦していることを知った。


 しかもそれが普通でないことにもすぐに気付いた。


 なにせこのダンジョンは()()()()()()

 ゆえに、たとえ()()()()()()()()()()だったとしても、α()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「どうやら似つかわしくないのがいるみたいだな」


 ファブリックがダンジョンの奥を照らした。

 低レベルダンジョンには絶対にいるはずもない、筋骨隆々としたモンスターがそこにいた。


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