第十二話 もう日常は戻らない……?
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「ちょっと待て、それはウチの持ち分じゃねぇだろ。運河の浄化は調整区の方に付けとけよ。……少し金を出せだ? 無理だそんなもん、テメェで片付けろタコ」
任務の事後処理を巡り王都議会とギルドの間で揉め事が繰り返される最中にあっても、ガルクスト城下の民衆はいつもに増して賑わいをみせていた。
話題の中心は突如現れた謎のヒーローに関わるものばかりで、肝心のヒーローが人々の前に姿を表さないことから、噂ばかりがひとり歩きし、脚色され、勝手にキャラクター化される事態にまで発展していた。
ただ人々にとって残念な部分があるとすれば、その噂がいよいよファブリックの耳にまで届いており、西の平原から出てこなくなってしまった点であろうか。
「議会のジジイどもめ。こっちはまだ北のダンジョンのことで手一杯だっつーの。なのに奴らは金金金、金の話ばっかりだ。そんなに金が重要カネ?!」
「王都を運営する上でお金は重要ですよ。もちろん、それは我がギルドにも言えることです。今回の駆除作戦も、どれだけの追加予算が組まれているとお思いですか。マスターのどんぶり勘定のせいで、我がギルドはいつだって火の車。死ねばいいのに」
「うぅっ、ば、バカ言え。今回のことだって、誰のおかげでこうしてピーチクパーチク文句言ってられると思ってる。奴らは口を挟むだけで、ひとっつも働きやしねぇ。誰が率先して動いてるんだ?!」
「誰、といえば、例の人物についてご報告が……」
「お、どうだった、くるって言ったか?!」
「丁重にお断りするそうです。《面倒事に巻き込まれたくない。今はほっといてくれ》とのことです」
「なーにを言ってるんだアイツは。物語のヒーローがいなくちゃ話が進まんだろうが。首に鎖くくってでも連れてこい。俺が許す!」
―― こうして頑なな拒否を示し顔見せを断り続けてきたファブリックだったが、クルフによる強権的な催促の結果、再び王都を訪れることとなっていた。
しかし街に現れたファブリックの風貌は、頭までをスッポリとフードで隠し、目立つどころか全身暗色づくしで限界まで存在を隠しており、ヒーローどころかタチの悪い厨二病患者のようだった。
「……いつもながらなんなんだ、この喧しい通りは(ブツブツ)」
「これくらいは普通だ、普通」
「俺にとっちゃうるさいんだよ。ったく、強引に呼び出しやがって……」
歩き慣れない中央通りの真ん中をウェインに連れられるまま歩くファブリックは、周囲の視線を避けるように顔を伏せた。
「民衆が見ているぞ、手でも振ってやればよかろう。お前は今や街のヒーロー。悪い気はしないんじゃないのか、ファブリック」
「うるせぇ、勝手なことばかり言いやがって。な~にが直接ギルドにこなければ報酬は払わんだ、足元見やがって」
「それくらい良かろう。それに議会には、まだお前の存在を信じていない者もいる。こちらとしても、一度顔をみせてもらわねば困るのだよ」
「ふん」と憤るファブリックは、いつもの薄暗い通りとは正反対の、ギルド本部が置かれた王都中心部に位置する中央区に入った。
以前から存在だけは知っていたものの、初めて中に入ったファブリックは、その華やかさと重厚さに目を奪われ、またため息をついた。
「凄いものだろう。ここは我らを始めとする王都の民が作り上げた歴史そのものだ。魔物を排除し、厄災を逃れ、死物狂いで発展を続けてきた努力の結晶とも言えよう」
「ふーん」と適当に返事したファブリックは、歴史を語るウェインを無視し、様々な名を持つギルド本部の様子を眺めていた。
クルフやウェインが属する《バラウル》の他にもギルドは多数存在し、戦闘系、補助系、雑用系、ダンジョン探索専門など様々点在していた。
中でも《バラウル》と《パルチザン》の二つは、いわゆる王都直属のギルドとして主要な任務を受け持つ最大手の集団として知られていた。
「我がバラウルはダンジョン探索など一般的な任務の他にも、王国の運営に関わる問題解決や雑務なども請け負っている。以前ファブリックを取り締まった鉱石の管理を行っているのも我らだ。ギルドはGからAランクまで存在し、功績やクリアダンジョンのレベル等によりランク付けされている。大昔にはSランクという格付けもあったらしいが、今は王都が管理する区域に該当するダンジョンやモンスターが発生しないため廃番となっている」
尋ねてもいないギルドの説明を一頻り聞き飛ばし、ファブリックは大きなあくびをした。
堅苦しい説明に興味はない。目的はスフィアのエネルギー代替品と、要求したアイテムのみである。
俗世の賑わいなど、ファブリックにしてみれば迷惑以外の何物でもないのだから――
「そういえば、お前は王都の民として登録されているが、特定のギルドには入っていなかったな。よければ我々のギルドに所属してはどうだ?」
なぜか恥ずかしそうにウェインが聞いた。
しかしファブリックは躊躇なく「やめとく」と返事した。
「なぜだ。我らのギルドでは不服だというのか。ガルクスト王国にはウチ以上のギルドはない。これ以上の待遇はないのだぞ?!」
「何度も言うけど、俺はギルドとか興味ないの。ひとりで好きなことして、適当に生きていたいの。わかる?」
「その力を王都の人々のために使いたいと思わないのか。お前ほどの力があれば、どれだけの民や街が救えると思っている?!」
「買いかぶり過ぎな。それに凄いのは俺じゃなくて俺のスフィアだから。なんなら俺なんかいなくてもいい」
聞く耳を持たないファブリックを従え、ウェインはギルド本部の扉を開けた。
中には彼がくることを聞きつけた数十名の人、獣人、亜人らが並び、二人を遠目に見つめていた。
「お、ヒーローのお出ましか」
誰かの声にギルド内が沸いた。
これだから嫌なんだと顔を隠したファブリックは、ウェインの背中に隠れ、「さっさと行け」と呟いた。
好奇の目に晒されつつ専用通路を抜ければ、今度は簡素な個室に通された。
ここで待っていろと部屋を出たウェインがいなくなり、誰もいない部屋に一人立たされたファブリックは、久々の煩わしさから気疲れし、ポキポキと首を鳴らした。
このまま流されてしまえば、また面倒事を任されるに違いない。
世間というものは、一度甘い顔をしたが最後、便利に使われると相場が決まっている。
ましてやクルフというギルドのマスターは最悪だった。
まともにやりあっていては、再び足元を見られるに違いないと頬を叩いた。
「おー、悪い悪い遅くなった。こっちも色々立て込んでてな。まぁそこ座れ」
突然バンと扉が開き、クルフが現れた。
隣にはウェインもおり、クルフを見張る秘書のように目を光らせていた。
「金の話だったか。と、その前に……。単刀直入で悪いが、忙しついでにお願いがあるんだが、聞いちゃくれんか?」
「お断りだ。糞忙しいので」
「断んの早ぇよ……、少しは悩め」
「嫌だ。死んでも受けん」
「死ぬな! ったく、なんでそこまでギルドと関わるのを嫌がんだよ。そっちにとっても美味い話かもしれないだろ?」
「美味かろうが不味かろうが、受けないものは受けん」
「でもアレだろ。坊っちゃん、結構金に困ってるって聞いてるぜ。裏で鉱石売ってたらしいじゃん。石ぐらい仕事してくれりゃ面倒見るぜ?」
世の中はそれを仕事というのだ、と言いかけて止める。
早い話が、自由な世界にきてまで仕事などという概念にまみれた作業をしたくない、というだけだった。
「金は食えるだけあればいいし、無駄な石もいらん。俺はただ、干渉されず生きていたいだけなんだ、悪いけど」
「哀しい、オジサンは哀しいぞ。君みたいな若者がそんな哀しいことを言ってはダメだ。もっと高い志を持ち、希望に満ちた目をしていなければいけない!」
わざとらしい嘘の涙を流しながら、クルフが滾々と説教を始めた。
どうやら泣き落としでどうにかするつもりらしかったが、事ファブリックに対してはまるで無駄な努力だった。
「いいからさっさと報酬を詰めてくれ。青色200に赤色200、水色黄色300に虹色100。クルド石50に伝熱石15、それに半導石5つに耳軸布が一つ、熱源ロッドも忘れるなよ。ちなみにビタ一文まけないからな」
「おい、まだオジサンの説教の途中でしょうが。なぁ坊っちゃん、もう少し考えてみるつもりはないか。よしわかった、お願い聞いてくれるなら、虹色をもう50個付けちゃう!」
「いらん、いいから早くしろ」
「つれないこと言うなよぉ~。俺とファブの仲じゃ~ん」
今度はベタベタと突っつき始めたクルフをええいと突き放し、ウェインに石を入れろと請求した。
全額払うと約束した請求書に念書したクルフは、「俺は絶対に諦めんからな!」と最後の最後まで嬉しそうに笑っていた。
☆☆☆☆☆
「よし、貰うものも貰ったし俺は帰る。もう二度と金輪際、俺の前に姿をみせるなよ」
「そこまで拒絶することもないだろ……。さすがの私も少し引いているぞ」
街の入口で挨拶したファブリックは、異常に膨らんだリュックを背負い、いーと顔を強張らせた。「また会う気がするな」と軽く手を振ったウェインは、適当な見送りを終え、本部へと戻っていった。
重い荷物を背負い、いつもの道のりを辿れば、また見慣れた小屋が見えてくる。
やっと日常が戻ってきた。そんな喜びにファブリックの心は高ぶっていた。
「さっさとスフィアにエネルギーを充填して、手に入れた石で《開発中のアレ》を完成させねば。くぅぅぅ、今夜からまた忙しくなるぞー!」
―― などと気張っているが、残念ながらそうは問屋が卸さない。
なにせファブリックの人生は、もはや人智の及ばないところで勝手に動き始めてしまったのだから。彼の平穏な日常が戻るのは、まだまだ先の話である。