第十一話 たまにはこんな日があってもいいか
ウェインのすぐ真後ろ。
炎の壁の一部を破壊して現れた誰かの声で、ウェインが正気を取り戻す。
「どいてろ」という声の主は、ウェインを壁の裏側へと押し出してから、腰に備えた剣を掴んだ。
「諦めたらそこで終いなんだよ。最後の一瞬まで足掻け。いつも言ってるよなぁ、ミミズ野郎ども」
眩い光に覆われ放たれた一撃は、目前まで迫っていたフォーマーを含む数百匹のワームを、一瞬にして真横に斬り裂いた。
風船が破裂したように押し掛けていた空間がガバっと開け、壁の前にポッカリと血塗られたスペースが現れた。
「これで10秒は耐えられる。テメェら、気ぃ抜くんじゃねぇぞ、しっかりケツの穴締めて、ミミズを誘導しろ!」
クルフの鬨にギルドの面々の士気が一気に高まった。
まだやれる、という気力が蘇り、一気にワームの列が絞られていった。
「ま、マスター……?」
「弱音は後だ、こっから先は俺が指揮を取る。お前は今のうちに壁を修復しろ」
一本の筋が通ったように、再び勢いを取り戻した全員が、奥底に残っていた力を振り絞り動き始めた。
「でぇ、坊っちゃんよ。確か少しの空間があれば、ミミズを止めてみせると言ったよな?」
不意にクルフが独り言を呟いた。
頭に はてなマークの浮いたウェインのさらに後方から、また別の声が聞こえてきた。
「メチャクチャだな。おっさん、あんたなにもんだ。ギルドってのはバケモノの巣窟かよ?」
壁を乗り越えて現れたのはファブリックだった。
迫りくる大量のワームにドン引きしながら、持参したリュックから大量のαを取り出し起動させた。
「……そんな玩具で奴らを止められんのか?」
「まさかこんなに多いと思ってなかったけど、時間稼ぎくらいにはなるでしょ。よしッ、準備完了!」
ありったけのαを撒いたファブリックは、宙に浮かぶイグニスの上でグッと中指を立て、「ミミズ野郎どもを血祭りにしろ!」と叫んだ。
俊敏に駆け出したαの集合体は、迫りくるワームを一瞬で殲滅していく。
そのスピードは凄まじく、迫るワームと同じ速度で前線を削っていった。
「うぉぉ、おいおい見ろよウェイン。なんだよあれ、インチキだろ!」
落ち込むウェインの肩を叩いたクルフは、「まだヘタってる場合じゃねぇ」と発破をかけた。しかしどうにかうなずくウェインを一瞥し、ファブリックが忠告した。
「悪いけど、オーバースペックで動き続けられる時間はたったの二分だから。そいつを過ぎたら、多分圧力に負けて押し戻されるよ。それまでに勝負を決めなきゃお終いだな」
「二分ね」とクルフが不敵に笑った。
しかし戦況に余裕がないことは百も承知だった。
追い込まれたら笑う癖のついているクルフにとっても、切羽詰まっていることに変わりはなかった。
「で、時に坊っちゃんよ。お前、まだ必殺技みたいの隠してんだろ。教えろよ」
「……悪いけど、コイツはちと高いぜ。ちゃんと払ってくれるんだろうな?」
「固いこと言うなよぉ、俺はもうお前のファンなんだ。次はどんなことが起こるのかなぁ~、ワクワクするぜ」
「ちなみに聞くが、これは最終的にどうなれば成功なんだよ。実のところ、俺は"今どうなってて、何をどうすれば良いのか"すらわかっちゃいない」
「一度しか言わねぇからよく聞けよ。奴らは北からまっすぐ王都を目指して走り続けてる。俺たちはこの炎の壁と東側の川を利用し、奴らの進行方向を西の砂漠へ向けるのが目標だ。奴らを分断させず、砂漠まで送り届けられればなんでもいい。方法は構わん。好きにやれ!」
「ちっ、好きにってなんだよ。そもそもなんで俺に託すんだ、俺はいつだって無責任に生きるのが好きなの!」
舌打ちしながら炎の壁と川の境界線まで歩いたファブリックは、「まずは……」と指を立て、壁の前の空間を指さした。
「炎の壁の前に巨大な穴を掘る。姉ちゃんには後で仕事してもらうから、今のうちに気合い入れとけよ」
壁周辺からみんなを退避させてくれと指示したファブリックは、リュックからアクアを取り出し、燃え盛る壁前の空間を目標に定めた。
「おおッ!」と嬉しそうに声を上げたクルフを尻で弾き、「アクア、エネルギー充填」と命じた。
「危ないから少しどいてろよー。よし、アクア、準備はいいか?」
血に染まる空間をどうにか保ち続けるギルドの面々が見つめる中、右手前でアクアを構えたファブリックは、充填完了を知らせる音を鳴らすアクアに命じた。
「最初っからフルパワーでいくぞ。 アクア、……ショット!」
周囲の光を吸収するように空気が凝縮し、ピタリと音が止んだ。
そして次の瞬間、ほんの数ミリにも思える細い水色の線が、壁前の地面に突き刺さった。
ドンッという轟音とともに、レーザー光線のような水流が一直線に地面を抉っていく。
直後、吹き上がるように飛び散った砂が熱で溶け、弾け飛んだ。水色のスジが通り過ぎた後には、深く直線形に並んだ巨大な穴が生み出されていた。
「ハァア?! なんじゃそりゃー!」
数百メートルに及ぶ穴を作り上げ、次はコッチとイグニスの準備を開始する。
目を丸くして驚いているクルフを無視したファブリックは、ウェインを指で呼びつけ耳打ちした。
「残念ながら、イグニスは一瞬燃やすのは得意でも、燃やし続けるのは苦手なんだ。だからこそ、無から有を作りだせるアンタの力が必要だ」
飛行にエネルギーを使ったため、エネルギーの充填に時間がかかるとクルフに伝えたファブリックは、ウェインに「アンタの力にかかってるからな」とダメ押ししてから背中を押した。
いよいよ押し戻され始めたαのエネルギーが切れるまで残り数秒となり、タイムリミットは目の前に迫っていた。
「B班のエネルギーが尽きた。これ以上、もう抑えられない!」
断末魔のような声が響く。
しかし「いいから粘れ!」というクルフの怒号が声を上書きする。
「坊っちゃん、まだなのか。もう本当に限界だぞ」
「うるせぇな、こっちも必死にやってるの。そもそもアンタが重すぎるのが原因なんだぞ、物を乗せて飛ぶのは結構エネルギーを使うんだよ」
エネルギーの充填を知らせる音がようやく鳴った。
よーしとイグニスを構えたファブリックは、「準備はいいか?」とウェインに目で合図をした。
「じゃあいこうか。イグニスの閃光は、いわば導火線。激しく燃え上がらせるためには燃料が必要だ。心もとない炎の壁じゃやっぱり不安だ。だったら地の底から燃え盛るような、紅蓮の壁を作ってやればいい」
ワクワクが止まらないクルフがグッと身構えた。
「邪魔」と尻で押したファブリックは、紅く輝くイグニスを正面に構えた。
「いくぞイグニス。少し無理させるが、フルパワーだ!」
凝縮されたマグマのような熱線が穴の底を辿って伸びていく。
ウェインと目を合わせたファブリックは、「吹き飛ばせ!」と吠えた。
「なんだかよくわからんがやってやる。私の魔力、全部持っていけ」
ウェインが穴の底で光る熱線に自らの魔力を流し込んだ。すると炎をまとった熱線から赤黒い炎が吹き上がり、これまでの炎の壁を遥かに越えた、紅蓮の壁が誕生した。
「おいおい、なんだこりゃあ?!」
熱に押された前方のワームが完全に足を止めた。
その光景は、赤黒く輝くの壁に皆が見惚れ、立ち竦んでいるかのようにも見えた。
「おっさん、楽しそうに見てるところ悪いんだが、そろそろ仕事しな」
ファブリックがクルフの尻を蹴った。
アクアは既にエネルギーが切れ、イグニスは熱源を出力中。
αは完全に機能停止し、ウェインは最後に振り絞った魔力を壁に込めている。
そしてギルドの面々は全ての力を使い果たし、唯一動ける人間といえば……
「あそこで尻込みしてるミミズを動かすのはどいつの仕事だろうな。もしかすると、一番美味しいとこなんじゃねぇの?」
しばし難しい顔をしたクルフが、「しゃーねぇなぁ」と頭を掻いた。
そして高笑いしながらフォーマーの先頭へと走っていった。
☆☆☆☆☆
西へ流れ始めたワームの圧力が少しずつ分散していく。
弧を描くようにカーブした茶色の列が、炎の道に導かれるように畝り始めた。
どこからか小さく歓声のような声が上がった。
そして歓声の渦は次第に連なり、次々と連鎖していった。
王都から上がる声に応え、クルフが勝鬨を上げた。
エネルギーを使い果たしたイグニスがプスンと音を立て落下した。
少しずつ消えていく炎の矢印を目で追いながら、皆々がクルフの言の葉に応え、声の限り叫んだ。
ただ一人、何かを危惧したファブリックは、西へと続く壮大なワームのパレードを眺めながら、大きく息を吐いた。
ああ、これはマズい。
もしかして、目立ちすぎたのではないか、と。
しかし弾けんばかりの皆の笑顔に、たまにはこんな日があってもいいかと思い直した。
ただそのたった一度の行動が、これからの生活を変えていくとはつゆ知らず――
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