第十話 目の前に迫る絶望
岩を砕き、林を蹂躙してもなお止まることのないパレードは、まるで引き寄せられるように王都へと突き進んでいた。
周囲を取り囲むウェインらの抵抗により、どうにか分散せずに済んでいたが、やはり勢いは衰えぬままだった。
「まだだ、最後まで諦めるな。必ず勝機は生まれる、それまで決して士気を下げるな!」
隊を鼓舞するウェインの声が森の木々に反響していた。
しかしそれ以上に轟く重低音は、大地を揺らし、既に王都にまで届いていた。
街では敷地外への避難活動が開始され、城下も混乱に陥っていた。
最終防衛ラインを突破されれば、もはやワームの侵攻を止める術はない。
ただ指をくわえ、街が壊されていく様を見守るほかなくなってしまう。
「B班、後列の者は態勢を整え前へ。直に有事防衛拠点に到達する。これが最後のチャンスだ、気を引き締めろ!」
「ハッ!」と返事をした面々が一斉に散っていく。
しかし誰もが疲弊し、速度が落ちているのは明らかだった。
それなのにワームの数は途切れる素振りすら見えず、ムーカンの湿地帯まで続く異常な曲線は、今もなお伸び続けていた。
「何が20万だ、これほどの畝りを私は見たことがない」
想定外と口にするのは安直だったが、それ以上の言葉が見つからなかった。
倒れても倒れても増え続ける茶褐色の道は、全ての物をなぎ倒し、一直線に伸び続けた。
流れたワームの血で川が染まり、美しいユドラ側沿岸の景色を浅黒く変えていた。
「ウェイン様、一キロ先、有事防衛ラインとなります。我らB班が並走できるのはここまでです。……ご武運を!」
「お前たちも」とウェインが叫んだ。
いよいよ追い込まれ、有事防衛拠点へまで後退を余儀なくされているものの、歴戦の勇士たちの気概に揺るぎはない。疲弊した馬を捨て、自ら森を駆けたウェインは、一足先に拠点へと飛び込んだ。
「C班、諸々の準備はできているか!」
「こちらは大丈夫です。皆さんは?」
「B班は一キロ手前にて待機、我らA班はこれより最後の方向転換を試みる。が、結果は私にもわからん。常に最悪の事態を想定しておけ。何かあった場合は、……頼む」
「こ、心得ました」
「マスターには連絡したのか。反応がないが、こちらの状況は届いているんだろうな?!」
「伝令は飛んでいるはずです、……が、あのお方は自由人ゆえ、確実とは」
「こんな時に限って。どうにかして呼び寄せろ。アレでも世界で三本の指に入る《《剣聖》》だ。私に何かあれば指示を仰げ。わかったな!」
返答を待たず飛び出したウェインは、いよいよ目前まで迫るワームの群れを目視した。
この場所を突破されたが最後、もう後はない。
全身全霊をかけ、必ず止めなければならなかった。
態勢を整えたA班とC班が有事防衛拠点の最前線に並び、最後の号令を待っていた。
美しく並ぶ面々の顔を前に敬礼したウェインは、猛るように声を上げた。
「いよいよ正念場だ、ここで絶対に奴らを止める。王都に住む家族や友のためにも、我々は最後まで絶対に諦めてはならない。たとえこの身が朽ち果てようと、最後まで足掻き続ける。良いな」
怒号に近い声が開けた空間を抜けていく。
よしと小さく呟き、「各自配置に付け」と手を振った。
「泣いても笑ってもこれで最後だ。やってやろうじゃないか。C班、準備はいいな?」
「おう!」という鬨の声とともに、最後の資材が投入された。
どれだけ作を練ろうが、フォーマーの方向を変える以外に王都を救う方法はない。
天高く飛び上がったウェインは、迫りくるワームの重圧との距離を測りながら、再び炎の壁を作り上げていった。
「寸分の隙間も作るな。より強固に、より頑丈な壁を築くのだ」
炎の渦が吹き上がり、急激に温度を上げていく。
経路を示すように連なった炎の道は、成功へと続く最後に残された糸のようにも思えた。
いよいよ目前に迫ったワームの流れが壁の熱さに気付き、鈍化した。
炎と水に進路を塞がれ、混乱した先団のフォーマーが足踏みを始めた。
しかし後続は一切の躊躇なく圧力をかけ続ける。早くしろ、早くしろという無言の圧に飲まれ、隊全員の額にも自然と汗が滲んだ。
「フォーマーの尻を叩け、壁を突破される前に方向を変えるんだ!」
しかしフォーマーの動きは慎重だった。
後続に迫る圧力にも負けず(気付かず)、未だウロウロと炎の壁を前にして躊躇していた。
後続の圧は否応なく強まり、列が膨らまぬように制御するB班にも限界が迫っていた。
これまでのアタックに加え、後続待機していた者も全て動員し抑え込んでいたが、それでも圧倒的な数の力の前ではあまりにも非力だった。次第に列は広がり、川側いっぱいまでワームの群れは溢れ始めていた。
「東側警戒! 奴らに川を越えさせるな、どうにか全員の力で西へと押し戻せ!」
全ての魔力を込め、ワームの群れを押していく。
ウェインも煽るように炎柱を放つが、フォーマーの動きは未だ鈍いままだった。
例年ならば、軽く数分は持ち堪えられるはずだった。
しかし今回は明らかに異常で、これまでに培ってきた常識は一切通じなかった。
これほどの数が王都を襲えば、避難した者たちすら危うく、王都全滅が目前にまで迫っていた。
「まだか、フォーマーはまだ動かんのか。このままでは、このままでは!」
いよいよ口数が減り、それに応えるようにワームの勢いが増していく。
フォーマーをグイグイと押し始めた後列が、いよいよ壁に迫っていた。
「どうする。私は、私はどうすれば……?」
壁の前に立ち尽くすウェインの目の前に、団子のように折り重なったワームが迫っていた。
圧力で破裂したワームの肉片が飛び散り、彼女の顔を黒く染めていく。
なす術なく一歩後ずさった髪先を、自らの生み出した炎がチリチリと焦がした。
いよいよ打つ手がなくなった。
「逃げてください!」と叫ぶ部下の声も聞こえず、ウェインは一人、「なぜだ!」と叫んだ。
壁が軋み、炎のカスが弾け飛ぶ。
目の前五センチまで迫ったワームの口が、女の顔を食おうと開かれた。
しかし放心状態のウェインは、ただ漆黒に抜けるワームの喉奥を見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた――
『 おいおい、隊のトップが最初に諦めてどうする。それでも《バラウル》の副長か 』