思いやりを忘れなかった男
むかしむかしあるところに、娘を亡くした父親がおりました。
男の悲しみは深く、苦しみが癒えることはありませんでした。彼は、早春に咲く花のように優しい娘を、心から愛しておりました。かつて病気で妻を亡くした男にとって、娘は全てだったのです。
彼の娘は、心清らかな下位貴族の美しい少女をいじめたと、まことしやかに噂されておりました。嫉妬にかられた己を恥じて、命をたったというのです。
何日も何日も、男は泣きました。霊廟に横たわる可憐な骸にすがり、涙をこぼして問いかけます。
「お前は何故、これほど追い詰められてしまったのだ? 美醜など、こだわっていなかったではないか。お前ほど清らかな心の持ち主など、どこにもいない。私が聞かされた事情は、真実なのか?」
男は、娘の悪い噂について念入りに調べました。結果の報告を受けた彼は、じっと黙り込み、何かを考えている様子です。
男はもう、泣いてはおりませんでした。
男は魔導工学の技術者たちに、特別な自動人形を作らせました。所有者の魔力が動力源で、定期的にわけてやれば問題なく動きます。生身の人間との違いは、専門家がよく観察しないと分からないほど精巧な代物でした。
数年がかりで完成した自動人形は、彼の娘と同じ顔をしており、同じ名が与えられました。
男はしばらく、その人形と暮らしていましたが、彼はそれを王様へ献上しました。
「この自動人形は私の宝です。忠誠の証しとして、苦境にあられる陛下へお譲り致しましょう。彼女は聞き上手で、誰かを批判することはありません。ただし、必ず大切にし、動力を絶やさず、傷ひとつつけぬよう約束してください」
この王様は、身分の低い女性と結婚し、彼女の無能さに苦しめられておりました。
王妃様は素養が足りないばかりではなく、心の冷たい女性でした。妬心が強く執念深い気質で、何年も前に敵視した相手のことを、毒アザミ、棘花などと、いつまでも嘲る始末です。美人と名高い御方でしたが、ひとを罵る歪んだ顔は、たいそう醜く見えるのでございました。
王様は、若い情熱にまかせて愚かな結婚をしたことを、とても後悔しておりました。夫婦仲は険悪で、喧嘩ばかりしています。まともに話さえできません。王様には心の慰めが必要でした。
家来たちが自動人形を調べましたが、暴力的な機能は搭載されておりません。会話を楽しむためにつくられた、安全でおとなしい人形です。
孤独な王様は、この贈り物をとても喜びました。ほとんど毎日、自動人形へ語りかけます。
「シスル、シスル、最愛の人。私の話を聞いておくれ……」
何年か後、王様と王妃様が亡くなると、新しい女王様はねぎらいの言葉とともに、自動人形を元の所有者へお返しになりました。王国へ示した男の忠義を、大変お褒めになられたのです。
こうして、娘を亡くした父親は、再び人形と暮らし始めました。年月が、心の痛みを和らげたのでしょうか。男はもう、自動人形を、亡き娘の名では呼びませんでした。人形には新しく、美しい名前が与えられたそうです。
神様は、悲しい状況でも思いやりを決して忘れない、この男を祝福したに違いありません。彼の余生は穏やかなものでした。
男が老いて、安らかに息をひきとると、この自動人形は親戚に譲られたと言い伝えられています。今も王国のどこかで、家来はいても友達がいない悲しい貴人を、支えているのかもしれませんね。