とある伯爵令嬢の返事
兄と話した後、早速クリストファーに面会の希望を伝えると、彼は早々に都合をつけて屋敷を訪れた。
「ようこそいらっしゃいました。突然呼び出したりしてごめんなさい。」
紅茶が給仕されたところで、ルナリエラが口を開いた。
「いや。君が僕に会いたいと言ってくれるならいつだって飛んでくるよ。」
クリストファーはいつものようににこりと微笑んだ。緊張していたルナリエラもつられて微笑む。2人の間にいつものような気やすい雰囲気がおりた。
ルナリエラは居住まいをただす。
「あの…クリス…私…私を、貴方の国に…連れていってくれませんか…?」
「っもちろん!」
ぱっとクリストファーが笑顔になった。テーブル越しにクリストファーがルナリエラの手を握った。
「ありがとう。大切にするよ。」
そのあとクリストファーとルナリエラは伯爵の元へと向かい、改めて許可をもらった。
クリストファーが国に帰った一月後、ルナリエラも彼の国へと旅立った。母はギリギリまで反対していたが、最後には定期的に手紙を遣すようにと言って送り出してくれた。
ルナリエラの旅立ちの日はよく晴れた暖かい日だった。
「出発するにはとてもいい日ね、お兄様。」
「ああ、船旅の安全を祈るよ。元気でな。辛かったらすぐにクリストファーなんて置いて戻ってこい。」
そういうと、兄はルナリエラの頭を撫でた。
他の家族とも別れを済ませ、船に乗り込む。ここから船旅ののち陸路に切り替えて彼の国まで2週間ほどの旅になる。
「さよなら、私の故郷」
未練がないといえば嘘にはなるが、ルナリエラの心は思ったよりも晴れていた。
彼の国の王都でクリストファーと合流し、いったん彼の義兄のタウンハウスに滞在したのちに、新学期に合わせて学園の寮に移ることになっている。学園を飛び級で卒業したクリストファーは、アルヴィ伯爵家への滞在を勧めたのだが、1年だけ勉強に打ち込みたいという彼女の希望を尊重してくれた。
(胸が躍るってこういうことをいうのね。)
遠くなる陸地を瞳に焼き付けるようにして、彼女は旅立った。
旅は順調で、予定通りルナリエラは2週間で王都に着いた。公爵家のタウンハウスに着くと、丁重に迎え入れられた。応接間に案内されると、クリストファーがいて強く抱きしめられた。
「ようこそ、ルーナ」
思った以上に強く抱きしめられ、息が苦しくなる。
「クリストファー、だめよ?離してあげなきゃ。」
後ろから女性の声がかかった。
クリストファーによく似た目の色で、クリストファーよりもやや茶色味がかった髪の女性だ。
おそらく彼の姉だろう。慌ててクリストファーと離れ、身なりを整えると挨拶をした。
「お初にお目にかかります。ラズデール帝国モンドール伯爵家が娘、ルナリエラでございます。公爵夫人におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。」
「こちらこそ、ご機嫌麗しゅうございます。ロヴウェル公爵夫人アレクサンドラです。お目にかかれて光栄ですわ。」
アレクサンドラも優美に礼を返した。
「さあ、立ち話もなんですから、お座りください。クリストファー」
「はい、ルーナこちらへ。」
ルナリエラはエスコートされ、重厚感のあるソファに座らせられた。すぐさま飲み物が運ばれてくる。
よくみて気がついたが、ふんわりとお腹が膨らんでいた。ルナリエラの視線に気付いたようで、アレクサンドラがお腹を愛おしげになでる。
「少し目立ってきていますね。最近大きくなり出して。夫ももう少ししたら戻ってきますから、しばらくお待ちになって。」
「ただいま、アリー」
ちょうどその時、応接間に男性が入ってきて、アレクサンドラの頬に口付けた。
アレクサンドラにしたのと同じようにルナリエラが挨拶をした。
「あぁ、義弟から聞いている。我が国は君のような才気あふれる女性を歓迎する。我が屋敷でゆっくりしていってくれ」
こちらを向いた公爵は、それはそれは美しい顔だった。かつて帝国教会で見た天使の像のようだ。ただし、アレクサンドラに対しての滴るような笑顔はルナリエラを見た瞬間になくなった。事前にクリストファーから聞いていた通りのようだ。
「義弟とアルヴィ伯爵家を頼む」
そう付け加えると、クリストファーをチラリと見た。
その後、公爵はすぐに城に戻ったが、ルナリエラはアレクサンドラに問われるまま自国の話を披露した。