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とある伯爵令嬢の決断

「ルーナ…?」




ふと呼びかけられ、ルナリエラは意識を戻した。今日はクリストファーと庭を見て回っていた。



「ごめんなさい、考え事をしてしましいました。せっかくクリスが来てくださっているのに。」



「いいんだよ。気にしないで。少し疲れた?休もうか。」



謝ると、クリストファーはいつもほかの人に向けるのとは少し違う、とろけるような甘さをにじませた笑みを向ける。そのまま四阿(あずまや)にエスコートされ、彼の隣に座った。




婚約撤回の後ルナリエラが屋敷に閉じこもっている間も、クリストファーは定期的に彼女のもとを訪れていた。むしろ屋敷にこもっていた分、頻度は前より多かったかもしれない。クリストファーは留学生だから社交界に出ることもないので、今回の婚約撤回のことも詳しくしらないし、夜会での彼女の立ち位置も知らない。ルナリエラにとってそれは救いだった。




ルナリエラのもとを訪れる彼は、今までとおなじように学問や研究、街の様子などを話している。それでも、時折ルナリエラを見る目に甘さが含まれるように感じるようになったのは婚約撤回をしてからなのか、それともルナリエラがそれに気付いたのが最近なのかはわからない。

自分の勘違いかもしれないと思いつつ、婚約撤回から急激に彼との間が近くなったように感じていた。お互いに愛称で呼び合うようになったからかもしれない。




(ずっとクリスがいてくれたらいいのに…)




クリストファーの留学期限はあとひと月というところまで来ていた。あれから夜会には出ていない。フリードリヒたちと会うのが怖くて夜会だけでなく、茶会の招待も断っていた。明らかにルナリエラを見世物にする目的であろう、つながりの薄い貴族からの招待が多いからだ。

その代わり、クリストファーやアメリア、エルローザがよく来てくれている。4人で茶会をしたこともあった。


だが、それもそろそろ終わりになるだろう。クリストファーは国に帰るし、先日はアメリアも結婚が決まったと言っていた。




「ルーナ、ルーナ」



またぼうっとしていたらしい。



「あ、ごめんなさい…」



「ねえ、ルーナ。聞いてほしい。知ってのとおり僕はもうすぐ自分の国に帰る。」



「そうね…さみしくなるわ…」



ルナリエラが悲しげに目を伏せる。すると、クリストファーの手がルナリエラの手を握る。




「そんな顔をしないで。もしルーナが望んでくれるなら、僕といっしょに僕の国に来てくれないか?」


「えっ?」


驚いたルナリエラはまじまじとクリストファーの顔を見てしまう。今までにない、笑顔の抜けたクリストファーの真剣な目と目が合った。出会ったころはまだ子供らしさを残した顔だったのに、いつの間にか青年のそれになり、ルナリエラにそっと触れる手は大きい。唐突に恥ずかしくなった。



「僕は君が好きだ。知性的なところも、より学びたいと望む向上心も、穏やかさも。できれば、婚約者として国に連れて帰りたいと思ってる。」



「で、でも、私一人の意見では…それに、私はあなたより年も上だし…」



「実は伯爵様からは『ルナリエラが望むなら許可する』と言われているんだ。年だって一つ違うだけ。わざわざ言いふらさなければわからないよ。だから何も心配せず、ルーナの気持ちを教えてほしい」



「私の…」



「僕は国に戻れば伯爵家を継ぐことになる。僕は伯爵領をもっと豊かにしたいし、この国で学んだ知識を持って国全体が水害で困ることのないようにしたいと思っている。そのためには君が必要だ。



この国では女性の教養はいい顔をされないが、僕の国では違う。義兄(あに)は、君が希望するなら僕の国でより学ぶ環境を用意するといっているんだ。それに、僕なら君を絶対に蔑ろになんてしない。好きなだけ勉強していいし、領地経営や仕事に意見してくれたっていいし、ルーナを我慢させるようなことはしない。ちょっとは僕にもかまってほしいけど、君が幸せだと思えるように努力する。」



一度言葉を切ると、短く息を吐き出し、もう一度口を開いた。



「だから、僕を選んでほしい。僕と並び立てる伴侶として、ルーナがほしい。」












結局その日、ルナリエラは即答できず、クリストファーは「僕が帰るまでに返事をくれればいいから」と言い残して帰っていった。




















「…ふぅ…」



「かわいいルーナは、最近はため息だらけだなぁ」



「ごめんなさい、お兄様。せっかく時間をとってもらったのに。」



「いいや。クリストファーのことだろう?」


あれから5日ほど経っていた。ルナリエラはまだクリストファーに返事をしていなかった。今日は珍しく兄からお茶に誘われ、温室でお茶を飲んでいた。




「知ってるの?」



「まぁな。彼は父上のところに話をもってきたとき、ルーナのためにできることや、これからの設計を企画書にして持ってきたんだよ。」



自分の知らないことを明かされて、ルナリエラは顔を赤くした。



「ルーナを嫁に望むなんて腹立たしいが、いい女を見抜く目を持っているところは褒めてやろう。」



「お兄様ったら」



おどけたような兄の言葉に、つい笑いが漏れる。




「何をそんなに迷うんだ?」



ふと兄が真剣な眼差しで訊いてきた。



「自分でもよくわからないの。婚約撤回から、いろいろなことがありすぎて…それに、クリスと国を出るのは、逃げることなんじゃないかって。」




「母上は、反対していた。噂も数年すれば落ち着く。それからまた新しい婚約者を探してその家に仕えればいいと。年下に嫁がせるのも、親として助けてやれない外国に行かせるのも反対だそうだ。」



結婚至上主義の母ならそういうだろう。だが、それが何年先かわからないし、そもそも自分は傷物扱いだ。まともな申し込みがあるとは思えない。



「父上は乗り気だ。クリストファーのこともよく知っているし、何よりルーナがその才能を生かしていけるならそれが1番いいと。誰よりルーナの才能を惜しんでいた人だから。」



「お兄様はどう思う?」



兄は少し考えるそぶりをした。




「うーん。私ははっきり言ってどちらでも構わない。ルーナは家を継がなければいけないわけではないし、自分で選ぶ自由が今ある。クリストファーもいい男だと思う。逃げる、と君は言ったけれど、心機一転いちから頑張れる場所に行く、と思えば前向きだろ?もしどうしてもダメだったら、戻ってくればいい。帝都から近くてわりと自由のきく修道院を探しておくから。」



兄は優しい目でルナリエラをみた。



「でも、人生の先輩として言うなら、『やらない後悔よりやった後悔の方がいい』ということかな。」





「そうね…やったことなら悔いは残らない…」




「それと、ルーナがクリストファーの国に行くのなら、アメリア嬢が寂しい思いをしなくてすむな。」



突然アメリアの名前が出たことに驚いた。



「アメリア?」




「ああ、アメリア嬢の嫁ぎ先はクリストファーの国の侯爵家だそうだ。彼の国と縁を結び、主に新しく紙の輸出をはじめる。そのための彼女の縁談だ。クリストファーから義兄の宰相殿に連絡をつけて、誠実で堅実な相手を選んだそうだ。」




「知らなかったわ…」




「そうだろう。ルーナの選択の邪魔にならないように伏せておいて欲しいといわれていたからな。」




「それ、今言ってしまったらダメだったのではないの?」




「どうやらルーナは彼の国に行きたいようだったからね。少し背中を押そうかなと。母上のことは気にするな。ルーナの人生だ。ルーナが決めたらいい。私は君が幸せならそれでいい。どこにいても。」








兄の笑顔に、ルナリエラは泣きそうな笑みで返した。

そんな彼女の顔を見て、兄はほんの小さい頃のように頭を撫でてくれた。

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