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次期伯爵の出会い

ラズベール帝国に来て、半年経った。


クリストファーと双子は、帝国の最高学府で学びつつ、宮中伯であるモンドール伯爵について実地で学んでいる。

この国独特の制度である宮廷伯は、領地を持たない代わりに国の中枢を担う文官や武官を輩出するための家だ。モンドール伯爵家の現当主はその中で、公共事業に関する仕事を担っている。



本来なら、外国からの留学生は身辺警護の関係もあり、最高学府直轄の寮に入るのだが、優秀さと熱心さをモンドール伯爵に見込まれたクリストファーは、例外として伯爵から実務を学び、必要ならば寮以外での宿泊を認められた。伯爵はもともと教育者肌だったようなので、様々な新しい理論を打ち立て、それを後進に教授する喜びに目覚めたらしい。そもそも宮中伯は領地の収入に左右されないため、富と権力が集まりやすいが、代々の当主にはそういったことよりも仕事や軍人としての仕事に誇りを持つタイプの人間が選ばれるようで、この国ではうまく機能している制度のようだ。例にもれず、モンドール伯も仕事に対する膨大な知識と誇りを持っていた。





「クリス、午後の授業開始時間にモンドール伯から門で待っているように伝言が来ているぞ」




濃い金髪の髪を短く刈り込んだ精悍な顔つきのコンラッドがクリストファーに声をかけた。彼は自国にいるときからの友人で、子爵家の出身だ。




「わかった。ありがとう、コンラッド。君はどうする?」




「俺は午後の講義に出る。剣技と銃技の実技だからな。シリルが一緒にいくし、伯がいるなら警備に問題もないだろう。」




コンラッドはいつものように怒ったような顔のままぶっきらぼうに言った。



「君は相変わらず体を動かすことが好きだね。」




「コンラッドの場合、学問ではなく格闘技術を学びにきたっていう感じだねぇ。」





コンラッドと同じ濃い金髪を伸ばし、いつも一つに結わえて整えているシリルがふわりとした笑顔で言った。二人は双子で顔の造形はそっくりなのに、表情と口調一つでここまで違うのかというほどに違っている。同じ濃い金髪に明るい茶色の瞳、同じ顔のパーツ。なのに性格も印象も全く違っている。





「ラズベール帝国には外部にほとんど出てこない格技が数多くあるからな。俺は頭を使うより体を使うほうが性に合っているんだ。」




「なんだか脳みそまで筋肉が詰まってそうな発言だけど、頭だって悪くないのにほんとに興味の方向が体にかたよってるんだよね、コンラッドは。」




「そういうシリルは腹の中が真っ黒だけどな。なんだか今も何か探っているだろう。」




これはいつもの二人の会話だ。何もかも違っているのに二人はとても仲がいいと思う。お互いがお互いを補い合っているかのようなのだ。




自国にいるときから2人とは友人だったが、さすがに留学の2年間は二人から離れることになるだろうと思っていたのだが、あの魔王のような義兄とどう取引したのかそろって留学先についてくることになっていた。どうやら将来的にクリストファーの側近として伯爵家に仕えたいと交渉したようだ。確かにシリルの裏表の情報収集能力と、コンラッドの身体能力や脳筋集団…もとい体を動かすことのほうが好きな後輩たちをまとめ上げるカリスマ性は、国の中枢に招聘される可能性の高いクリストファーにとってほしいものであるが、友人としては少々複雑だった。(本人たちは「友達のところに就職なんて最高じゃないか。どうせ子爵家の次男以下なんて婿入り以外、自分で身を立てるか穀潰しになるしかないんだから」といっていた)







「シリルは一緒にくるだろう?」




「そうだね。ちょっと仕入れたい情報もあるし、君の補佐として”赤毛の天才”程じゃないにしても、しっかり学んでおかないとね。」




クリストファーは眉をひそめるが、友人は全く堪えない。赤毛の天才と呼ばれることを嫌がっているのは分かっている上でからかってくるのだ。






コンラッドと別れて伯爵家の馬車を待っていると、そこに一人の少女が現れた。




「ごきげんよう。」





そういうと少女は2人に向かって腰を折って頭を下げるラズベール帝国式の礼をした。




「失礼ですが、アルヴィ伯爵ご子息様とレーヴェンス子爵ご子息様でいらっしゃいますか。」




頭を下げたまま少女は彼らに聞いた。



「ええ。あなたは?」


「申し遅れました。わたしはモンドール伯爵家次女、ルナリエラでございます。本日は父の指示により同行させていただきたく存じます。」






そこまで言ってようやく彼女は顔を上げた。

真っ黒い髪がさらりと動く。一重だがアーモンド形に整った紫の眼を見た瞬間、クリストファーは息が止まるかと思った。それはあまりにもまっすぐで強い視線だった。睨まれているわけではない。だが意志のこもった強い瞳だった。







時が止まったように感じた。いや、実際にしばらく硬直していたらしく、シリルに背を押されてようやく体が自由に動いた。





「あ、失礼しました。同行者のことは聞いていなかったもので、少々驚いてしまいました。」




「いえ、こちらこそ父から急に連絡がきたものですから。驚かせてしまったようで申し訳ございません。」



そう言い、ルナリエラが頭を下げたところで、モンドール伯爵家の馬車が来て、改めて伯爵からルナリエラを紹介された。






「急に決まったことで申し訳ない。今日は娘にも用がありまして。こちらは娘のルナリエラです。」





ルナリエラは先ほどとは違い伏し目がちに紹介を受けていた。




そのあと、話があるからと伯爵親子で一台、クリストファーとシリルで一台の馬車に乗り込んだ。











馬車が動き出してしばらくしたところで、おもむろにシリルが口を開いた。




「こんなところでルナリエラ・モンドールにお目にかかるなんて。」




「知っているのか?」




「ああ。彼女は君と違った意味で天才なんだ。知ってのとおりこの国では女子の学問は極端に制限される。それこそ、貴族の女性は一般的な歴史と言語、詩を読むくらいしか許されない。そんな中、彼女は数学に特化しているんだ。ここで特別に学べるくらいにね。


モンドール伯の娘としてでなく彼女個人に特別に許可が下りたらしい。その代わり、隠されるようにしていて、ほかの生徒と交流はほとんど持たせてもらっていない。国としてもあまり女性が学問に熱心なのは好ましくないようだしね。」




「ずっと気になっているんだが、その情報はどこから仕入れてくるんだい?しかも異国で。」




「それは僕の秘密だよ。そのほうがミステリアスな感じがしていいだろう?」




ぱちりとウィンクしながらシリルが答える。女性なら恋に落ちるところだろうが、クリストファーはあいにく女性ではないので半目で友人を見た。




「それより、クリスのほうこそ、珍しく見とれていたじゃないか。」




「別に見とれていたわけじゃない」




「ふうん?」




そういうと、シリルは意味ありげにほほ笑んだ。













目的地に着いた一行は、丸太が組まれ、屋根があるだけの簡素な小屋に案内された。




ここには次期皇帝の即位を記念する講堂が作られることになっている。モンドール伯は、働いている人々に声をかけながら歩いていく。




モンドール伯は貴族だからといって、横柄な態度を取る人ではない。特に現場で働く人たちには声をかけ、その様子をつぶさに観察しているのだ。




「我々は平民から搾取してはいけない。管理する立場である以上、彼らを一人一人きちんと人間として見ていかないといけないんだ。職場の環境にも目を向けないと。」




彼はよくそう言っている。

これは領地の運営などにも通じるだろう。こう考えることのできる伯爵を、クリストファーは尊敬していた。



「おう、伯爵さん待ってたぜ。嬢ちゃんも。ん?後ろの2人は?」




よく日に焼けた監督者の男に声をかけられる。彼は机の上に何かたくさんの紙を広げていた。


「学生なんだが、私のもとで実務を勉強している2人だよ。ところで、相談された件なんだがね、ルナリエラ、こちらへ。」



「はい。」



ルナリエラと伯爵が机に近づく。




クリストファーとシリルは話には入らず彼らの後ろから机を覗き込んだ。



どうやら、デザインと材質などが勝手に変更されていたらしく構造計算が必要になったらしい。





石造りの大きな建造物はこういった緻密な計算が必要になるということをクリストファーたちはこの国に来て学んだ。





「これ、いつも通りいらない紙を集めておいたぜ。嬢ちゃん好きに使ってくれ。」





そう言って監督者の男は乱雑に重ねられた紙の束を差し出した。この国の製紙技術は素晴らしく、白く薄い紙が庶民でも使えるという。是非とも自国に持ち帰りたい技術の1つだ。クリストファーは領内の山に手を入れ、紙の生成に必要な木材を生産したいとも考えていた。



クリストファーが考えている間にルナリエラは受け取った紙にどこからか取り出したペンで何かを書き出した。




後ろから覗き込み、クリストファーは自分の目を疑った。そこにはびっしりと数式が展開されていたのだ。その速度も半端ではない。考える時間など全くなく、すらすらと紙の上に数字と記号が増えていく。クリストファーでも、理解しながら追いかけるのが間に合わない。





1時間ほどで大まかな目処が立ったらしい。ルナリエラは伯爵と監督の男に声をかける。





ルナリエラの周りに人が集まり、真剣に話を聞いている。しばらく男達と話をした後、伯爵一行は仕切りの隣にあるテーブルに案内され、お茶が出てきた。監督の男は指示を出しに行ったようだった。




ルナリエラはまたもどこからか出したクッキーを並べてクリストファー達に勧めた。





「集中すると甘いものが欲しくなるものですから。たくさんありますので、みなさんどうぞ。」




「先程は余りの速さに驚きました。ルナリエラ嬢は素晴らしい才能をお持ちですね。」





「手前味噌ではありますが、娘の能力は素晴らしいのです。先程の件も娘でなければ数人がかりでもっと時間がかかるでしょう。」





ルナリエラは相変わらず伏し目がちにおとなしく聞いている。




「結婚するまで自由にさせておりますが、この子が男であったなら…いや、せんのないことです。」





「そうですか。これほどの才能、もったいない。我が領地にスカウトしたいくらいです。」






にこやかにクリストファーが言うと、わずかにルナリエラが肩を揺らした。




「ははは。それはもったいないことをしましたな。」




それから話はアルヴィ伯爵領地内でクリストファーが考えている工事の話になった。

相変わらずルナリエラは目を伏せて口を開かない。さっきのように自分をまっすぐ見て欲しくて、クリストファーはルナリエラに話を振った。





「ルナリエラ嬢はどう思われますか。」





予想していなかったであろうルナリエラが目を丸くして彼を見た。この国では淑女は男性の会話には口を挟まないことが良いこととされているのだ。突然声をかけられて驚いていた。クリストファーは彼女が真っ直ぐに彼を見たことに満足した。




「え、あ、はい…」




かなり戸惑っている。



「数学者としての意見をお願いできますか?」




クリストファーが笑みを浮かべて言えば、ルナリエラは「すうがくしゃ…」と口の中で反芻(はんすう)した後、頬を染めた。伯爵はその様子を驚きを浮かべて見ていた。




「それでは…実際の土地を見て見ないとわかりませんが必要な測量がいくつかあります。計算に必要なのは…」





一度話し出すと、ルナリエラは生き生きと必要なものや数値について語った。クリストファーはその様子に満足しながら話を聞いていた。

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